No, I'm not. 07
日曜にかけて泊まり込むつもりで来ていたけど、ジョンのいる教室で天井が崩れ落ちてきたことから、危険だと判断されて中止になった。
四人それぞれ、帰ると言って校舎をどやどやと出ていくのに、渋谷さんは車に戻っていこうとする。
「あれ、戸締り?手伝う?」
「いや。僕は調べものがあるから残る」
「え~……帰っていい、んだよね?」
「そんなに僕のことが気がかりなら」
「オヤスミ、良い夢見ろよ!」
聞かなかったことにして顔で別れを告げる。渋谷さんもわかっていてフってきたんだろう。
少し離れたところで滝川さんたちが待っていてくれたので駆け寄った。
黒田さんは送ろうかときいたら断って先に帰ったらしい。
「ボウヤは?」
「ソロキャンするって」
俺の言い草に、滝川さんは腹を抱えて捩れ、松崎さんは俺の背中をバシバシ叩いて笑った。
おおかた、焚火でマシュマロ焼いてる渋谷さんの光景でも目に浮かんだんだろう。
「おひとりで、大丈夫ですやろか」
「大丈夫でしょー」
特に根拠はないけど、渋谷さんに限って迂闊に中に入って何かやらかすなんてことはないと思う。
皆もこの二日間で彼の冷静沈着な態度は身に染みてるので、そう不安になることもなく校舎を後にした。
昨日はたくさん夜遊びしたし、ギターも家だし、明日は朝から来いって言われちゃったので大人しく家に帰るか……と駅にのろのろと向かう。
ジョンも滝川さんも松崎さんも、なんだかんだ俺の帰る方向を気にしてくるので、途中まで一緒にいてやろうという気概が見え隠れする。
過保護になられても面倒なので、さらっと別れて足早に帰り、その日はおとなしく家で作曲の続きをした。
翌日、久しぶりに健康的な時間に目が覚めた。怠けた心が反射的に拒否反応を起こして二度寝しようとするのを、なんとか堪えるて起き上がる。
小鳥がのどかに啼く声がなんとも健全な朝を醸し出していて、それだけで漠然と世界平和を甘受するくらいには頭が寝ぼけてた。
のろのろと身支度をして、ギターを背負って学校へ行く。
渋谷さんはバンの中で腰掛けて機材をいじくってるだろうと覗いてみたら、壁に寄りかかって寝ているみたいだった。
「おはようございまぁす」
寝起きドッキリみたいなヒソヒソ声で挨拶しても、声が意識に届いている様子はない。
来る途中にコンビニでコーヒー買ってきたから顔の近くで一周回してみたけど、身じろぎ一つない。
本気で寝てるのか、無視を決め込んでいるのか。どっちでもいいけど、これで起きないなら帰っちゃおうっとギターのケースを開けた。
脇に座り込んで、ギターを膝に乗せる。
柔らかく弦を撫でると耳触りの良い音がした。
歌っていると、渋谷さんは腕を顔の近くに持ってきて、眠気を払うようなしぐさをした。
さすがに近くで音を鳴らされ歌まで歌われりゃ、目が覚めるのだろう。
「……なんの嫌がらせだ?」
「心地よい目覚めを演出……」
この仏頂面は渋谷さんだな、と内心安堵して、ちょっとがっかりもする。
「さっき寝たばかりなんだが」
「そりゃお疲れ~、コーヒー飲む?」
「……気が利くな」
俺の分として買ってきたけど、飲むってんならあげよう。
素直にコーヒーを受け取った渋谷さんをにこにこと眺める。
「仮眠とるんならそれでもいいけど、なんかやっとくことある?」
シュガーとミルクをばらばらと渡したが、すでにカップに口をつけてた渋谷さんはそれを横目に見ながら返してきた。要らないってことだろうと自分のポケットに逆戻りだ。
「ああ、実験室の機材をすべて引き上げる」
「すべて?いいの?」
「うん」
一度カップを置いてるのを見ながら、ギターを仕舞う。
俺たちのいぬ間に解決したのか、と拍子抜けしながら説明を聞こうとしたその時、昨日の霊能者三人組が揃って顔を出した。
渋谷さんの出した結論は、地盤沈下しているためこの旧校舎に歪みがあり、遠からず倒壊するってことだ。
ここはかつて湿地だったのを埋め立ててできていて、地盤がもともと弱かった。そのうえ枯れかけた地下水脈のせいで地盤沈下が進んだという。
椅子の動いた教室は校舎の西側にあり、東側と比べると七センチ半くらい低く沈んでた。
───というわけで、俺は臨時労働の終わりが見えてほくほくである。
荷物をイソイソと片づけている間に、すっかり常連みたいになった黒田さんがやってきて、渋谷さんの出した結果に食って掛かる。
悪霊が見えて、襲われたと言う黒田さんにとっては納得がいかないだろう。
「……霊はいると思うけどな」
「いない。調査の結果も完全にシロだと出ている」
「あなたにはわからないだけかもしれないでしょ!?」
「では君が除霊をすればいい。僕は自分の仕事は終わったと判断した。だから帰るだけだ」
黒田さんは不機嫌そうにした口を閉ざした。
ところが間もなく、教室どころか校舎全体に異変が起こる。
教室の黒板や壁に亀裂が入り、ドアが勝手に開閉しだし、何かが走り回るような音が響きわたった。
窓ガラスは一斉に割れて中に吹き込んできて、近くにいた黒田さんがもろに浴びていたように見える。
俺は少し離れていたところにいて、渋谷さんに腕を引かれて廊下の方へ避難させられた。でもそっちもそっちでガタガタと震えていたので、下手に動くわけには行かない。教室の中で、茫然と軋みや揺れが収まるのを待つしかなかった。
「……倒壊する?」
一瞬不安そうに天井を見る渋谷さんの声に、ぞっと恐怖が煽られる。
暢気に荷運びなんてしてたけど、これが地盤沈下して校舎が壊れるっていうなら、危険じゃないかよ。
「とにかく外に出るぞ、校舎は脆いんだ」
少し騒ぎが収まったところで、冷静になった渋谷さんが俺や黒田さんに指示をした。
「どいて!」
「な、」
そして窓に近づいていく。瞬時に校舎から出るためにそこを使うんだと理解してギターをケースごと振りかぶって窓ガラスを割った。
元々割れていたところを、跨ぐのに邪魔だったから。
「破片気をつけて、手とかつかないように」
「……」
俺は窓枠に足をかけて外に飛び出し、黒田さんに手を差し出す。
渋谷さんは後ろから黒田さんを支えていた。
外に出てすぐに、黒田さんの手の出血に気が付いて、腕を掴む。
「怪我してる、保健室行こう」
「……」
傷ついたような顔が不安そうに揺れた。
怪我を指摘されて傷みや恐怖がぶり返すことってあるからな。
俺は肩を引き寄せて、渋谷さんには軽くアイコンタクトだけして、黒田さんを引き連れて本校舎へ向かった。
「谷山さん、ありがとう……」
「べつにお礼言われることじゃない」
学校にいた適当な先生を捕まえて、保健室で黒田さんの手当てをしてもらう。
病院に行くなり、家に帰るなりは、そっちの判断に任せよう。
「じゃあ行くけど、お大事に」
「……明日、学校にくる?」
「うん、また明日」
特に考えずに答えた。どうしても来たくないわけでもないし、黒田さんが俺にそう聞いてきたってことは、来てほしいのかなと思って。
ひらひら手を振ると、黒田さんは安堵したように笑った。
その後旧校舎の方へ戻ると、渋谷さんは忽然と姿を消していた。
実験室にも車のとこにもいない。あ、そういえばギター傷ついてないかな。
校舎の外に置きっぱなしにしていたので拾ってきて、車のところでカバーを開ける。カバーは傷ついていたけど、中はそうでもなさそうだな。
「あらあんた戻って来てたの」
「お、ちょうどいいとこに。渋谷さん見なかった?どこにもいなそう」
「知らないわよ」
「おう、あっちの子はどうしたんだー?」
松崎さんと滝川さんがわらわらとやってきて、その後ろにはジョンがいた。
「黒田さんなら多分帰ったけど」
「ギターどないしはったんどすか?」
「さっき校舎から出るときガラス割るのにギターぶつけたんだ……ああたいして壊れてない。よかったー、父親の形見なんだわこれ」
「うそつけ」
滝川さんはさっきと俺の言ってることも、やってることも違うといって小突いた。
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ソロキャンパー・渋谷一也。
Sep.2022