I am.


No, I'm not. 08


ギターの音色に変わりはないかなっと弦を弾く。
ポロポロと小さく音楽を奏でながら、ヨシヨシ頷いた。
「にしても、渋谷さんいないのかーどうしよっかなー」
「恥ずかしくて逃げ出したんじゃないの?」
「かもな」
せせら笑う二人の声が耳に入るが、あまりしっくりこなくて首を傾げる。
「恥ずかしい?どうして?」
抱え直したギターを、さらに優しく撫でた。
「さっきの大きな揺れ。どう考えても地盤沈下じゃないわよ」
「あれだけ大口叩いた直後に、立派なポルターガイストがおこっちゃあな」
指先で押さえるコードをとてとて、と変えて、落ち着かせていく。
ギターに異常なしだな。
「うーん??」
だからそれが、どうして恥ずかしいのだかわからない。
俺に揶揄が届かないもんだから、二人はため息を吐いて諦めた。
「ま、いいさ。今度は俺が除霊してやっから。おうち帰ってギターでも弾いてなお嬢ちゃん」
ギターをケースにしまっている俺の頭をリズミカルに叩いて、得意げに笑った滝川さん。
俺は、はてと考えてから、ああと口を開く。
「地盤沈下はしてないってこと?」
「ボウヤのこじつけじゃない?」
「えええ??」
さすがに渋谷さんがそんな大がかりでいい加減なことは言わないはずだけど……。
俺は普段音楽ばかりにしか働かせない頭で熟考した末、旧校舎にある機材をとりあえず校舎の外に出しておくことにした。


ジョンはせっせと手伝ってくれて、そうしている間に滝川さんが祈祷して、その後松崎さんももう一回祈祷した。
しかし完全に機材撤去してしまっていいもんかね、と途中でうじうじした俺は、ちょこっとだけレコーダーなどを残してみることにしてひと段落した。
「手伝わせちゃってごめん」
「かましまへん。ほんならボクもちょこっと中を見てきますよって」
「気を付けてね、校舎が倒壊したらジョンの骨だけは拾いに来るかんなー」
「あ、アハハ……」
不謹慎なことを言って別れて、車のところで待機していると、黒田さんが再びやってきた。
怪我は大丈夫なのかと聞くと平気だと微笑み、校舎の中に入っていこうとする。
「え、待って待って、危なくない?」
「大丈夫よ、私霊感強いもの」
「そうじゃなくて……」
得意げに校舎内に入っていった黒田さんを、俺はすぐには追いかけなかった。
え~……?俺のせいになるのか?
さすがに居心地悪いなあ、と校舎とギターを見比べて、身一つで校舎に入ったその瞬間、下駄箱が浮き上がって倒れていく光景が目に入った。

うっわ、デジャビュ……!とか思いながらも周囲は騒然としている。
俺も慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
「いったぁ~、早く退けてよ!」
「怪我あらしまへんか!?」
「え、ええ……」
どうやら松崎さんと黒田さんが倒れた下駄箱の下敷きになったみたいだけど、俺が経験した時よりは大事にはなっておらず二人は俺たちが下駄箱を支えている間に自力で這い出てきた。
「……ん?」
「谷山さん、どないしはりました?」
「あったかい?きがする」
「は、はあ、……言われてみれば、せやですね……?」
「渋谷さんが言ってたなかったっけ」
「ああ、ポルターガイストで動く物体は温度が上がるってな」
滝川さんも訳知り顔風に言う。手で下駄箱を撫でながら確かに温かい気がする、と首を傾げて吟味しているけど、こういうときのためのサーモグラフィーなんだよなあ……と機材を設置してなかったことを悔やむ。
「あんたたち、さっさとこんなとこ出るわよ!」
「へいへい」
「あ、せやですね……!」
俺たちは松崎さんに叱られながら旧校舎をイソイソと出ていった。
幸い下駄箱は軽いタイプのもので、二人に目立った外傷はなく、外に出て確認すればぴんぴんしていた。
「にしても黒田さんは災難続きだね、立て続けに被害に遭うなんて……悪霊でもついてんじゃないの」
「おまえなあ……不謹慎だぞ」
「あいて」
滝川さんには脳天にチョップを食らった。
当の黒田さんは全然気分を害した風ではなくて、むしろ、得意げにしてたので、よほどこの旧校舎の霊が好きらしい。
「まあ、とりあえず黒田さんは一緒に帰ろ、送ってくよ」
「え、でも……谷山さんが帰るの遅くなっちゃうわ」
「気にしないで」
さすがにこの満身創痍な感じで、一人で帰ってねと放り出すのは心配だった。
「いやいや、男前なのはいいがな、お前もただの女子高生だろうが。オジサンが送っちゃる」
俺の男気もなんのその、滝川さんたちにとっては俺も子供なので、親切心が働いたらしい。
「そ?……でも、いいの?見回りとかしてたんじゃ」
「悔しいが、今夜は手を出さない方がよさそうだな」
「せやですね、ボクも今日のところは帰らしてもらいますよって」
「アタシも身体埃っぽくなったし帰るわ」
どうやら見回り中、ものすごいポルターガイストに見舞われたそうで、除霊失敗を痛感したんだとか。
そういう時の霊はちょっと危険だから、みんな一旦帰るみたい。
ちなみに俺は別に怪我もしてないし、途中までは一緒に帰るけど家までは送ってもらわなくていいと断った。


翌朝学校へ行くと、黒田さんが昨日の怪我を証拠に壮絶なポルターガイストに遭遇したことを言いふらしているところだった。なんだか楽しそう。
「あ、谷山さんおはよう、昨日はあの後大丈夫だった?」
「うん、家に帰るだけだし」
黒田さんは俺を見るなり小走りに駆け寄ってきて、キラキラした目をしていた。
一緒に過ごしたフェスの後の興奮というやつか。
「ちょっとー、麻衣ちゃんと黒田さんどういうことなの?」
「どういうことってなに」
黒田さんは登校する人それぞれに説明するため行ってしまった。
俺はというと渋谷さんとのことを知っている女子三名に引き留められる。
「昨日大変だったんでしょう?それに、渋谷さんから連絡もきたしさあ」
「え、渋谷さん連絡したんだ皆に」
俺も一応連絡入れたけど、折り返しがなくそのまま朝を迎えたんだぞ。ばか、きらい……。
三人は渋谷さんからの電話の内容はなんのその、俺と黒田さんがいつの間に仲良くなったのだと驚いている。
仲良くなったのかと聞かれるとよくわからない。まあ、ここ数日よく顔を合わせるしなと納得。
ひとまず渋谷さんの情報をもらおうと思ったところで、俺と黒田さんは校長室に呼び出されて教室を出ていくことになった。


部屋に入ると、渋谷さんをはじめ、滝川さんと松崎さん、ジョン、それから救急車で運ばれていったはずの原さんがいた。あとは校長先生と、学年主任の先生がいる。
俺は若干落ち着かない気持ちで、促されたパイプ椅子に座ってただ時間が経つのを待つ。
なにやら部屋を暗くされて、まあるい明りを見ながら渋谷さんの声を聞いた。
何かを言われている気がするのに聞き取れない、これは集中してないのではなくて、没頭しているんだと認識しながら渋谷さんの音に耳を傾けた。
目を瞑っても良い、といわれた気がしてその通りにしたら、眠りにさえ誘われそうな声の浸透力。
ああ、いいなあ、これ。
ふわふわとした頭で体感三分くらい、半分寝ていた。

「───昨日電話くれたが、何だった?」
これが自己啓発セミナーというやつか、とふざけたことを考えながら校長室を出た俺に、渋谷さんが声をかけてきた。
「昨日おこったこと、言っとこうと思って」
「ああ、さっき色々聞いた。黒田さんが下駄箱の下敷きになったんだって?」
「まあ元気そうだったけどね、クラスでも自慢してたくらいだ」
不謹慎にも笑うと、渋谷さんは考え込む。あれ、うけないな。
「……そんなことより、学校に来た日くらい授業に出たらどうだ」
俺は話を短く切り上げた渋谷さんについて行きながら、教室とは反対の方向へ向かっていたので授業に出る気がないと判断されたようだ。まあ、その通りなんだが。
「ああ、もう旧校舎でサボれないのよねー」
「馬鹿」
すたすた、と歩き去っていく渋谷さんの背中にイーッと歯を出す。
さすがに何か手伝おうかと聞く気にはなれず、遅れて教室に戻って授業に参加した。



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サボり精神強いのでポルターガイストの被害は免れました。
温度が上昇するのは動いているときだけかもしれないので、倒れてきた下駄箱に後から触って温かいのかは謎……。
Sep.2022

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