I am.


No, I'm not. 09


放課後になって渋谷さんのいるであろう車のところに顔を出すと、俺がセットしたレコーダーの音を聞いているみたいだった。
ヘッドホンをとって、昨日設置したのは俺かと聞いてくる。
「ああ、全部撤去するか迷ったけど、音くらい録っとくかと」
「お前にしては上出来だな」
なんて言い草だろ。
面白い音が録れたみたいで、にやっと笑った顔は相変わらず綺麗だけど、俺の記憶にあるふんわり優しい顔とはどう考えても違う。
まじまじ、と眺めていると、その視線に気づき不快そうに顔をしかめた。
「なんだ」
「別に。ところで臨時助手ってもうおしまい?」
「……明日の朝の結果次第で僕は切り上げるから、今日で終わりで構わない」
この口ぶりだとこれから何かしら手伝いを言い渡されるのか。
たしか、今日は誰も旧校舎には入らないでって渋谷さんが指示していて、霊能者の人たちも渋々とだけど頷いてたはず。
「えー……中入るんですか」
「……そんなに怖いなら手早く済ませる努力をしろ」
なんだかわからないけど、渋谷さんはいくつかの道具を俺に持たせて中に入るぞと促した。
「あ、ジョンだ」
「ジョン?ああ」
昇降口のところで遠くにジョンの金色頭が見えたので、足を止める。俺の影になっていて見えなかったのか、隣にいた渋谷さんが身体を傾けてそちらに視線をやって納得した。
渋谷さんの声がさほど刺々しくないので、人徳というやつだなとひそかに思う。
「ジョンにも声かけよー」
言いながら腕を振ると、ジョンが小走りに駆け寄ってきた。
渋谷さんが何も言わないってことはオッケーという意味だろう。

流れるように巻き添えにしたジョンを伴い、改めて三人で旧校舎の中に入る。
渋谷監督の指示のもと、月曜から大工仕事に精を出す。窓をベニヤ板ですべて塞いで、サインを入れる。その後教室からでてそこもベニヤ板で塞いでまたサインを入れさせられた。
渋谷さんはその間中で模様替えやらなんやらして、カメラを設置してたので、いったい何をしたいのだかよくわからない。
多分、誰も入れないようにして、その教室の映像を録りたいってことなんだろうけど。
明日の朝結果が出るって言ってたのは、多分このことか。
「谷山さんって、お名前はなんて言わはるんですか?」
「え?」
俺がサインを谷山とだけ書いたからか、自分で名乗らなかったからか、疑問に思ったらしいジョンに聞かれた。
「麻衣。呼びにくかったらこっちでもいいけど」
「ほんなら、お言葉に甘えて」
先にジョンがファーストネームで呼んでくれといったので、何も考えずにそうしていたけど、よく考えたら文化的にも発音的にも下の名前の方が楽なのかなと思って提案した。
とはいえ、今後呼ぶ機会がそうそうあるとは思えないんだが……。
「あちらは一也クンです」
せっかくだから、と勝手に渋谷さんを紹介したけれど、ジョンは苦笑して口を噤んだ。なにせ渋谷さんは俺たちの会話をまるっと無視していたので。
それじゃジョンも呼びづらかろう、ひどく同情した。


「麻衣───ちょっと」
「……はい?」
役目は終了して、ジョンも帰るというから俺もそうしようと思っていたところで、渋谷さんが俺を呼ぶ。
さっきのジョンとのやり取りを完全に無視していたくせに、俺のことは下の名前で呼ぶことにしたらしい。
あっさりジョンのことも呼び捨てにしていたし、意外なような、そうでもないような。
「今回のギャラ───給料を渡すので振込先を教えてくれるか」
「あー、はい。明日もいるんだよね。じゃあもっかいここ来る」
「うん」
給料くれるんだ、ビックリ。でも大っぴらに驚いて気が変わられたら嫌なので大人しくもらっておくことにした。
渋谷さんの言葉は、それと、と続く。
「うちでバイトしないか?前にいた事務の子が辞めたんで、人が足りなくて」
「え」
「忙しいなら無理にとは言わないが」
俺の生活事情はうっすら知ってるようで考慮して、シフトは自由で来られるときだけ来てくれれば給料はホニャララ……。
瞬時に俺の脳裏に浮かぶのは、新しくエレキギター欲しいんだよナという、欲望。
音楽やる時間を減らすこと、所長のキツイ性格、幽霊怖いなっていう純粋な不安、そういうのを色々ひっくるめて、俺は言葉にしていた。
「───やる」
やっぱ、新しいギター欲しいんだよナァ……!
渋谷さんは小さく頷き、その後詳しいことは明日また、と言って俺に背を向けた。


「バイトするぅ?ライブとかはどうすんだよ」
「そりゃ、バンドを優先するよ」
入ってるバンドのリーダーである翔くんにバイトすることを報告すると、ちょっとだけ驚かれて渋られた。
皆だってほかに仕事してるし、俺がバイトすること自体を反対してるわけじゃないだろう。
「学校は?」
「進級できる程度には行く。じゃないと今の家追い出されるんだよ」
両親のいない俺は、貧乏苦学生に優しい校風のおかげさまで、生活のためのバイトなら出席日数を大幅にカット出来て、なおかつ家賃ほぼ無しの家に住むことが可能。だから地元神奈川からはるばる東京まで来たと言っても過言ではない。
「まあがバンドをおろそかにするとは思えないし、いいんじゃないの」
「慧くん……」
「え、でも高校行くのは楽しいじゃん、だって行ったほうがいいよ」
「でも実際問題、音楽やるなら学校行くよりバイトしたほうが生活は楽なんだよね」
「あー……」
俺に学校行ってほしい派と、行かなくてもいい派が別れ、最終的に音楽と生活優先ってことで納得してくれた。もちろん学校だって行けるときは行く。
「そもそもはさあ、学校で女の子やってんじゃん。だからあんまり行きたくないんじゃないんすか」
「うーん、女の子やりたくないわけでもないよ」
「なんで」
浩ちゃんの疑問に、俺が答えると慧くんは半笑いに尋ねた。
「そのほうがロックじゃん」
まあ、この一言に尽きるな、と思って笑えば皆も理解できたようで笑った。
バンド仲間、馬鹿ばっかりだから。


あの後、望ちゃんと朝までカラオケして、女子の制服に着替えたらピンクのピンで前髪を留められて、化粧までされた。
そのまま登校して教室には行かずに旧校舎に行くと、車のところには誰もいなかった。じゃあ昨日封鎖した教室だろうと行ってみれば、皆が何か話し込んでいたところで、暢気に俺が登場したというわけだ。
あ、助手のお兄さんが復帰してる……松葉杖ついてるけど。
「おはようございまぁす……もう終わった?」
集合時間とか聞いてなかったから仕方なくない?
皆の視線にモジモジして、一応自分の雇い主である渋谷さんを見る。
「麻衣、そこで待って───いや、車で待ってろ」
「ええー」
せっかく来たのに、と反射的に嫌な声をあげた。
「おいおい、嬢ちゃんも関係者だろ?ここにいる権利はあると思うぜ」
「サインだってこの子がしてたじゃない、証人はいいわけ?」
「それはもうジョンで済ませた」
別にそうまでしてここに居たかったわけじゃないけど。
俺がサインを書いたベニヤ板が剝がれているのを見るに、実験結果を確認するときにジョンが自分のサインであると証言したっぽい。来る必要あったなら言っとけよな昨日……と思ったけど渋谷さんはハナから期待してなかったんだろう。逆に早く来すぎちゃった感じかな。
「麻衣は聞かない方が良いと思うが」
「……さすがに気になるのでここ居てもいい?」
「他言無用だ、できるな?」
渋谷さんが意外にも渋るので、なんでだろうと思いつつも黒田さんを一瞥してから俺に言い含めた。
まあ、黒田さんもいることだし良いかってことか。
「はい!」
俺は他言無用も何も、黒田さんほど周囲にここでのことを言いふらしたことはないぞ。

途中参加した俺にもわかるように、滝川さんがつまりあれだろ、と整理した。
昨日、渋谷さんの封鎖した教室の椅子が、ひとりでに動いている。
それは明らかに、地盤沈下ではなく、ポルターガイストだった。
でも渋谷さんは旧校舎の問題は地盤沈下のみで片付くというのだ。
「昨日、皆には暗示をかけました。夜、この教室の椅子が動くと」
「あ、校長室のあれ」
「そうだ」
俺はぽんっと手をついて口を開いた。どんな石買わされるのかと思っちゃったよ、とは言わないでおく。
「てかなに、皆に暗示して、その通りになったってことは、ここにいる誰かがやったってこと?封鎖したのに?」
「ポルターガイストの犯人は、半分が人間なんだ。これは一種の超能力だな」
俺はこてんと首を傾げた。
渋谷さんは皆も俺もぴんと来てない様子から言葉を続ける。
「本人も無意識のうちにやっていることが多い」
抑圧され、ストレスが溜まった人の力が強いらしい。それに、注目してほしいとか、構ってほしいとかの無意識の欲求なんだとか。
そしてそういう人に対して、暗示をかけるとその通りになることが多いという。
「じゃあ、誰が……」
次第にみんなの視線がさまよって、固定されていく───黒田さんに。
びく、と震えた彼女は青ざめた。
ああ、だから俺はここにいない方が、黒田さんのためにもよかったのか。



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27-CLUB.でちょっと出ていたオリキャラをもとにしたバンド仲間です。今後もちらちら出ます。
ナルは人の呼び方を真似しているので、ここではジョンの真似して「麻衣」にした。

Sep.2022

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