No, I'm not. 10
黒田さんは自分には霊感があって、それを除霊できるということをいつも言っていた。
失礼だけどそのわりに口だけなので、旧校舎には自分だけが見える悪霊がいるといって、注目を浴びたかっただけなんだろう。
地盤沈下によって起きた事故も相まって、旧校舎はずいぶん不穏なものになっていて、それを本人が悪霊だと言ってまわってたから、今度はそれが地盤沈下だと判明して霊なんていないってことになったら立つ瀬が無い。
「彼女のストレスが高まったのは地盤沈下説が出てからってことよね?じゃあアタシが教室に閉じ込められたり、彼女が襲われたり───あ、映像が消えてたのは?」
「……説明しようか?」
すっかり意気消沈した黒田さんに代わって、やっぱり渋谷さんが説明を請け負った。
「松崎さんの件についてはこれが敷居に刺さってた」
「あ、その釘」
「それでドアがひっかかったんだろう」
俺は、いつだったか渋谷さんがそれを手持無沙汰にいじっていたのを思い出す。
ここへきて、松崎さんが閉じ込められた後のことだったとようやく気付いた。
「このことは早くに気づいていたんだが、あえていう必要はないと思ってた」
「誰かがわざとやったってわけ!?───あんたね!?」
「ちょっとした悪戯のつもりだったんだろう。直前、松崎さんにイヤミを言われていたようだし」
「映像は?故障してたじゃない!」
「あれは霊障じゃなくて、故意に消されたものだ」
「それも彼女?」
俺はそのあたり、あとから来て話を聞いてただけなので、ほえーと眺める。
そういえばそんなこともあったな、と。
「実験室に僕が着いた時、すでに黒田さんはいた。───麻衣は最後に来た日のことだ」
「あ???」
なぜそこで俺をちくりと刺した。俺が早く来てればそうはならなかったとでも?
ていうかその日は、午後に来るって約束してた日だろ。
みんなしてあーって俺を見るな。
「今日も最後に来たしな……」
「人で箸休めすな」
滝川さんの呆れた顔が目に入ったので、太々しく見返した。悪いことはしていません。
「───以上で納得できましたか?」
「いちおうね。でもどうするの?校長の依頼は工事をできるようにしてくれ、よ?」
渋谷さんは俺で笑いを一発とったていで、演説を終えた。誰も笑ってないがな。
松崎さんの問いかけに渋谷さんは、黒田さんの意志を尊重して『旧校舎には戦争中に死んだ人々の霊が憑いていて、除霊したので工事をしても大丈夫』と、報告するつもりだと答えた。
いいとこあんじゃん、真っ赤な嘘だが。
霊能者の方々は賛否両論ありつつも、なんだかんだ黒田さんを許すことにしたもよう。
それはさておき、と俺は黒田さんの肩をポンっと叩く。
「そろそろHRに遅れるね、教室いこ」
「あ、……うん」
このことは他言無用と言われたけど、黒田さんにとってはクラスメイトの俺に知られていることが不安だろう。
だからまるで気にしてないよとばかりに、いつもの調子で声をかけて腕を引っ張った。
「じゃーね」
渋谷さんにはあとでね、の意味を込めて片目を瞑り、皆に引き留められる前に教室を出た。
「黒田さん遅刻はじめて?」
「え、あ、……そうかも」
「大丈夫怒られないよ!あはは」
ついでに予鈴が鳴りだしたので、二人できゃあきゃあと言いながら廊下を走る。
思いのほか、黒田さんも楽しそうだった。
HRを始めようとしていた先生は、相変わらずの俺と、黒田さんの登場に半ば呆れた顔で流した。
黒田さんの背中をぽんっと押して席につかせてから、俺は担任の先生にまだ仕事残ってるからと告げて、再び旧校舎に戻る。
とんぼ返りしてきたつもりだったけど、霊能者の皆はもうその場を撤退していた。
そりゃそうか、地盤沈下していて危ない校舎だし、皆は機材なんてものもなく身一つで来た。
ジョンあたりは片づけ手伝うかなとも思ったけど、仏頂面な助手さんがいて、手伝いづらかったのかな。
「ただいまあ」
「どうせ授業に出ないんだろう、片付けも手伝ってくれ」
「はあい」
すぐに戻ってきた俺を渋谷さんは一瞥する。
俺は松葉杖を片方だけ持った背の高い助手さんのところに近づいて、もう一度謝ったけど無視された。ひと睨みされたので無視じゃないのかもしれないけど……どうやら滅茶苦茶嫌われてるみたいです。
「バイト雇っちゃって大丈夫?嫌なんじゃない?助手さん」
「僕が雇うと決めたのをリンが反対する権利はない」
助手さんが席を外したすきに聞くと、渋谷さんは堂々と言い放つ。
見るからに年上で、なんだかすごく気難しい印象を受けるけど、渋谷さんの言うことには逆らえないってことなのかな。
「気になるなら、許してもらえるまで謝るんだな」
「えー、もう許されなくてもいいかなー」
「……」
俺はちょっと居心地が悪くて口を尖らせたけど、渋谷さんに見つめられたのでやめる。
一応、渋谷さんの部下にひどいことをしたので失言だったかしら。
「許したくないなら何度謝られても迷惑だろ?」
二回謝ったことを免罪符にするわけじゃないけど、もう謝ったし。
「……開き直ってるな」
顔も見たくないかもしれないがそこは、人の心の機微をわざわざ察して先に動く必要もないだろう。渋谷さんは俺を雇う気みたいだし。
太々しい俺の言い分に、渋谷さんは少し興味深そうに相槌を打ったけど、その後は黙々と撤収作業に没頭した。
俺は放課後になったら速攻で渋谷さんの事務所がある渋谷にやってきた。
上品な装いのドアをあければ、これまた綺麗な内装のオフィスがあって、美少年が座ってて、一瞬だけ引いた。
とはいえすぐに立て直して、挨拶もそこそこに話題は旧校舎の話になる。
「旧校舎、倒壊したんだって?」
「そうなのー校長先生から連絡きた?」
「ああ、念のため、中に人が居なかったか確認だろう」
渋谷さんがいつ倒れてもおかしくないと言ってた通りである。
あと一日遅れたらどうなってたことか……。
「……ありがとうね」
「なにが?」
「渋谷さんが早く解決してくれたから誰も怪我しなかった」
「麻衣もそこでサボるのをやめたし?」
「そうそう!」
アハハハハと大笑いをしているが、本当にそれなんだよ。
「……こちらこそ、手伝ってくれて助かった。ありがとう」
俺はやや遅れてやってくることも多かったが、渋谷さんとしてはおおむね素直に仕事は手伝っていたことを評価してくれたんだろう。
心なしか優しい声で、俺に礼をいった。こういうところが素直なんだよなあ、憎めない奴だ。
いつか見た、優しい微笑みは、ついぞ渋谷さんからは見受けられなかったけど……。
契約と、渋谷さんとのシフトの相談は驚くほどあっさりと終わった。なぜならどうしても来てほしい時は事前に言うけど、それ以外は来られるときに来てくれたら構わないっていうのだ。
事務所の定休日はなく、リンさんと渋谷さんのどちらか一方が居るそうだし、土日だろうが平日だろうが、来られなかったらそれでもかまわないんだと。
そのうえ、調査に行くとなると少し危険手当や外泊手当などが出るそうだ。
普段の給料もファーストフード店なんてメじゃないし、肉体労働系よりも下手したら高い。まあ、ここも肉体労働あるっちゃあるけど。
「念のためほかにやってるバイト───というか、副業?のことも話しとくね」
俺もあらかじめ自分で予定は言っておいた方がいいかと、今日も背負ってきたギターを指さして、バンドをやっていることを告げた。
「インディーズだからレコード会社と契約してるわけじゃないんだけど、日々活動中です」
「ふうん。活動はどの程度忙しい?」
「夏に関西回ってライブツアーする予定だからそれまでは大きなイベントはないかな。こっちでもたまにライブはあるし、曲作ったり練習したりするんで忙しくないかと聞かれると微妙だけど……お金貯めたいし、なるべくここ来たいと思ってる」
さすがにこの事務所でギターは練習しないけど、事務作業もなく客人も来なくて、静かにできるなら宿題だろうが作詞作曲だろうが、自分のやりたいことをやってて構わないと言われた。
……、学校今すぐ辞めようかな?って思った。
next.
主人公はポルターガイストの被害に全然あってないので全然疑われてなかった。
でも聞いてみても多分、いろんな意味で目立ってるので除外される。
この話は主人公に原作知識も成り代わり意識もないので、自我(?)強め。夢を追ってる。
Sep.2022