I am.


No, I'm not. 11


バイトに来るようになって三カ月。俺の学校の旧校舎を調査したみたいなのはなく、事務所の掃除とかお茶出しとか、資料整理がほとんどの業務をしめていた。
度々依頼人がくるのだけど、正式な依頼人となることなく、すべて渋谷さんが追い返している。
今日だって、お金持ちそうなオバサンがやってきたけれど、話も聞かずに断った。
「いいの?どんな依頼だったのかもわかんなかったけど」
俺には素直に帰ろうとしないオバサンを退場させる腕力や迫力がないと思われてたので、渋谷さんはリンさんを呼びつけて追い出させた。無事にオフィスのドアが閉まった後、リンさんは誰とも目を合わさず資料室に入っていった。あそこは大体、リンさんの作業部屋なので。
「興味を持てない以前の問題だな。それより麻衣、お茶」
「はーい」
今までも大概、興味が持てないからといって断ってたのを見たけど、確かに今日来た客人はそもそも礼儀がなってない。
俺の出迎えもほぼ無視して、えらそげにソファに腰掛けて本を読んで一瞥もしてこない渋谷さんに食って掛かったのだから。
オバサンもある意味災難だったな、噛みつく相手を見誤ったんだ。
「そういえば夏休みの予定なんだけど」
「ああ、確か関西の方に行くんだったか」
渋谷さんの前に置かれたローテーブルにお茶を置き、しゃがんで本の影から顔を見る。
視線はこないが、返答があるだけマシな態度だ。
「そそ。8月1日からだから───」
やがて具体的な日付の打ち合わせになったので、渋谷さんもスマホを出してスケジュールの確認を始めた。

───カラン。
ドアに着いたベルが鳴った音に、反射的に顔を上げる。
渋谷さんも同じようにしてドアのところを見ていた。
「あ、いらっしゃいませ」
俺は自分の仕事である接客を優先するべく、スマホをポケットにしまって、ドアから手を離せずに中を覗き込んでいる女性を迎えに行った。
ハタチそこそこくらいだろうか、スーツを着てるけど慣れてない感じがする。
失礼でない程度に観察しながら、お客さんを渋谷さんのそばのソファに案内する。
「あの、こちらは、SPRさんとおっしゃるのでしょうか」
「はい、そうです」
若いお嬢さんといった表現の似合う、上品だけどどこか気弱そうな女性ににこっと笑いかけた。
さっきのお客さんとは大違いで、渋谷さんもまだ興味はなさそうにしてるけど、話を聞きたくないとまでは思っていなさそう。ちょうど、俺と話をしてて読書も中断してたしな。
ちなみにひどい時には話を俺だけに聞かせて、あとで吟味して連絡すると言って所長室から出てこない日もある。

───彼女は森下典子、と名乗った。
兄とその妻子と同居する女性で、家でたびたび変なことが起こるそうだ。
物が無くなっていたり、かと思えば全く見当違いの明らかに置くはずのない場所に置かれていたり。
壁やドアを叩くような音とか、家具が揺れるとか、開けてないはずのドアが開いたりとか。そういう時も地震かと思ったらそんなニュースにはなってないというのだ。
俺なら泣いちゃうなあ、と話を聞きながら渋谷さんの反応を見る。うーん、無表情だからわからない。
でも少なくとも、心霊現象のオソレありといった感じだったので、渋谷さんは明後日から森下さんの家に行くということで話をつけた。
これが初めて依頼を受けるのを見た瞬間である。

森下さんをお見送りした後、渋谷さんはすぐに俺の予定を確認した。
「麻衣、明後日から何日か開けられるか」
「お。ちょうど夏休みになりますね。大丈夫でーす」
「じゃあ朝8時に事務所に」
「あいあいさー」
ライブや急いでやらなきゃいけないことはないので、大丈夫だろうと答える。
ただ、何日かかるのかが見えないのがネックなんだよな。
「……まさか8月1日までかかったりしま、せん?」
「それはなんともいえないな」
え~!そうなったら俺はクビになってでも帰るぞ。
「渋谷さんの頑張りにかかってるな」
「それなら、データの計測をすぐに覚えてこなしていただかないと」
ああいえばこういうー!


一学期最終日、玉のような汗をかいた学生たちはクソ長い校長のステージに、内心くたばれとでも思いながら体育館で起立をし続けた。
「あぁっつぅ~い!」
体育館から出ていくとき、魂の叫びが列の後方から聞こえてくる。
文句を言いながらも、解放感からか清々しい声だ。
「谷山今日の打ち上げくる?」
「あ、カラオケでしょ?いくいく」
「だよな~。お前が来ないでどうすんだって話だよ」
クラスメイトで一学期お疲れ様パーティーと称してカラオケに行く話は聞いてて、そのために最終日学校に来たみたいなもんだ。
いや、課題受け取る為と、一学期の不足分の補習もあるんだけどさ。
「え、麻衣ちゃんも来られるの?やったあ」
「ちょっと先生んとこ行かなきゃだから、遅れて参加だけどね」
「18時からだから大丈夫じゃない?それまでは皆ファミレスかゲーセンで時間潰すし」
男女でワアワア入り乱れて教室に戻りながら、ほとばしる若さを浴びる。
真夜中の都会にいてばかりだと、時々忘れそうになる水飛沫みたいな清涼感。
高校生活ってこういうのが貴重なんだよな、と改めて思った。

俺は学校にもよくギターを持ち込んでるし、放課後は教室でも音を鳴らすことがあるのでクラスメイト達にはいつもプチライブを披露していた。
そういうわけで、打ち上げのカラオケには参加を期待されていたし、俺自身みんなが歌うところとかも見たかったのでとても楽しみだ。
HRでくれぐれも夏休みの事故には気を付けて、と口をすっぱくして言う大人の注意喚起を聞き流した後、礼をする。そして皆、弾けるみたいな勢いでわっと声をあげた。
夏休みに対する熱意がすご……。わかるけどな。
「谷山ちょっとこーい」
さておき俺は、担任の先生ににっこり手招きをされる。俺はまだ、夏休みじゃないのだ。
「頑張れ麻衣ちゃーん!!」
ギャハハハハと大笑いするひと際声のデカイクラスメイトに中指おったててから教卓へ行く。
わかってたけど、補習についての連絡だった。


「んちゃー!」
「おっせ~よ谷山~!てかお前だけ制服じゃん」
約束の時間をちょっと過ぎて、聞いてたカラオケルームに飛び込むと、すでに盛り上がり始めていた。マイクを持った大野が声をあげるとキーンって音が鳴り、周囲が笑いながら耳を塞いだ。
「帰る時間なかったー」
まあ夜遅くならなきゃ補導されないでしょ。
「麻衣ちゃんなんか歌ってえ」
「や、みんな大野の歌を聞こう、まずは」
「歌いにきぃ~」
両手を挙げてクラスメイトを制し、マイクを持ってた大野を促す。非常に歌いにくい空気にしてやったが、結局イントロが始まれば皆にこにこ盛り上げてたので問題ないだろう。
そして俺はあいた席に引っ張り込まれて、タッチパネルを渡される。
好きな曲を歌ったり、友達の歌を聞いたり、最近人気の歌手を知ったりと、目まぐるしく情報が入ってきて新鮮な気持ちになる。
「最近俺ハマってるバンドあってさ」
「へえ、なんていうの」
「インディーズだけど谷山なら知ってそう、Rainっていう五人組バンドでさ」
「!知ってる知ってる」
「マジ?ドラムが好きなんだよ」
「タケくんもやるの?」
「いや全然。でもやってみてえ~って思った」
武村のタケくんは普段野球部員なので、ドラムを始める踏ん切りがついてないらしい。
それにしてもRainは俺が入ってるバンドで、ドラムは浩ちゃんのことである。今度教えたげよっと。
俺がライブで立つ時は、顔があんまり見えないようになってるから、タケくんやほかのファンの人が今の俺を見て気づいたことはない。あーよかった、と思ったのも束の間、俺たちの話を聞いてた子がなになに、と話にのっかってきて、今度CDを貸すことになった。タケくんが。
これを機に、クラスでRainが流行るのだが、それはまた別の話としよう。


カラオケで声が枯れるほど歌った。
もしかして男ですかと言われそうなくらい変質している。
翌日も若干枯れた声を引きずっていた、渋谷さんは現れた俺の挨拶を聞いて少し目を瞠る。
「……風邪か?」
うつすなよ、と言いたげな顔である。
もちろん違うので「歌いすぎたー」とだけ言っておく。リンさんは今日も俺を半分いないものとして扱ってるけど、荷物を入れるときにしれっとギターも中に入れたら、さすがに小声でえっと口ごもった。
「家に一人にするわけには行かなくて」
「???」
「まだ赤ちゃんなのよー」
困惑したリンさんがギターと俺を二度見してるのが大変面白く、さっさと渋谷さんの隣に乗り込む。
なお渋谷さんにとって俺とギターの結びつきはすっかり強くなっていたのか、特にお咎めはなかった。
もちろん依頼人宅でうるさくするつもりはないし、仕事そっちのけで音を楽しむつもりもない。
さっ安全運転お願いします、とリンさんに挨拶して車は出発。
それから二時間くらいかけて、森下さんの家に辿り着く。

機材が運搬しやすいように車を停めて、いったんそのままにしてインターホンを押す。
森下さんと、もう一人女性が出迎えてくれた。その人が森下さん───典子さんにとっての義姉、加奈さん。
広い応接室みたいなところに行くと、8歳だという姪の礼美ちゃんを紹介される。
お兄さんは仕事で海外出張に行っていて不在で、お手伝いさんが一名と、あとはほかにも呼んでいたらしい霊能者、滝川さんと松崎さんがそこにはいた。



next.

学生生活(?)もちらっと出しました。
バンド名はOasisの前身バンド「The Rain」から。
ギターのことを毎回てきとーに表現するのが現在の主人公のブームです。
Oct.2022

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