No, I'm not. 12
古くて味のある外観をした大きな家だった。庭も広そうだし、聞く話によると池もあるみたいだ。
渋谷さんは家の平面図とか配置図、そのほかにも土地に関する資料を求めていたし、多分後で見てまわることになるんだろう。
ベースと呼ばれる拠点を一部屋用意してもらって、俺はリンさんと共にまずは運搬作業からだ。
滝川さんや松崎さんはおもてなしを受けて応接室でのんびりしてたので、ちょっとだけ憎たらしい。
あらかた車の中の荷物を運び入れたところで、リンさんが黙々と機材の接続を始めた。
「渋谷さんすぐカメラかマイク置く?どの部屋から?」
「まずは部屋の温度の計測からだ」
「やあ、相変わらずすごい機材だ」
「運び込むだけで一苦労ねえ」
そっかーと温度計をひっぱりだして、渡されたバインダーを受け取っていると滝川さんと松崎さんが茶化しに来た。
「計測する部屋の表があるから時間と温度をここに」
「ふむふむ」
バインダーには記入表と平面図が挟まれてる。ゆくゆくはこういう下準備も覚えないとな。
渋谷さんもリンさんもまるっと二人を無視しているものだから、俺もつい渋谷さんの説明に意識を向ける。
松崎さんはむうっとしてるが、俺にじゃなくて渋谷さんに絡みに行ってくれるのでさらっと退室して家の中を歩き回った。
「接続に異常はありません」
戻ってくるとリンさんが機材の調整を終えて渋谷さんに話してるところだった。
それにしたって滝川さんと松崎さんはいつのまにか椅子に座っちゃって、太々しいったらありゃしない。
「計測おわりましたー」
「お、バイトちゃん頑張ってるなあ」
渋谷さんにバインダーを渡してチェックしてもらっていると、滝川さんがからかうように俺に笑いかけた。
もっと渋谷さんに絡んでいって追い出されてると思ってた。
松崎さんはどうせ地霊かなんかのしわざよ、とか以前も聞いたようなセリフを言っているし、なんか気が散るんだよな……。
「じゃあさっさとお祈りでもすれば」
「生意気……。お祈りじゃなくて祈祷っていうの」
「知らなーい」
ネイルを直していたみたいで手は伸びてこなかったけど、今にも頬をつねくられそうな剣幕だった。
「あ、車に忘れ物した。鍵かりてくよ」
そういえばギターおろしてねーやと思いついて、机の上に置いてある鍵を拝借する。
リンさんも渋谷さんも特に気にした風でもなく、一人でベースを出ていくのを咎めなかった。
「あ、谷山さん、だったかしら」
「典子さん。どうもー」
「それってギター……よね?」
俺が玄関から家の中に入ってきたところで、典子さんがトレーにお茶セットを載せた状態で歩いてくる。
絶対仕事に関係なさそうな楽器のケースを背負ってるので、目を白黒させていた。
「あはは、これ毎日触らないと落ち着かなくて。大きい音は出しませんから」
「日中なら大丈夫よ。部屋もドアを閉めていればそんなに響かないしね」
典子さんは昔ピアノをやっていたらしくて、何日も練習をサボると指が動かなくなると言って笑う。
俺が高校生のバイトだってのもあって、見逃してもらえそうだ。
「これから礼美とおやつなんだけど、一緒にどう?」
「いいんですかー」
ついでにおやつにまで誘われたので、あっさり仕事を放棄した。
あまり遅くなったら怒られるかもしれないけど、特に指示を受けてもいないからちょっとくらい依頼人と交流してもいいだろう。
礼美ちゃんの部屋は上の階にあるようで、階段を上がりながら雑談をかわす。
彼女は特に、うちの持ち物である機械の量に驚いたみたいだ。
詳しくは知らないけど、多分渋谷さんのところは特別だと思う。現に滝川さんも松崎さんも記録にこだわってはいないだろうし。
「うちは科学的な調査をモットーにしてるので~」
「そうなんだ」
素人まるだしのフンワリした説明だけど、典子さんは納得してくれたようだった。
渋谷さんの調査の仕方を見てると、たしかに科学的だなーと思う。
霊という科学からほど遠い、なんだったら非科学的と言えるものを、科学という分野で証明しようとしているような……途方もない話。
反骨精神の塊みてえな奴だな。
でもそれが科学で証明できた時、最高に格好良いとは思う。
「礼美、おやつよ。谷山さんも一緒」
可愛い内装のお部屋に入ると、中にはこれまた可愛い女の子がぺたんと座って本を読んでいた。
傍には西洋人形が寝かされていて、上向き睫毛にキラキラした瞳、ふっくらつるんとしたほっぺに、金髪のくるくるした髪の毛が見事だ。
「こんにちは、礼美ちゃん。お邪魔します」
「コンニチハ」
礼美ちゃんは立ち上がって、その人形を手に俺に挨拶をしてくれた。
そっと差し出された人形のおててと握手する。
「はいこんにちは、お名前なんていうの?」
「ミニー」
天使みたいに可愛い笑顔に思わず俺の顔も垂れる。
「この子はポーレット」
「女の子?」
俺も礼美ちゃんに合わせて自分のギターを紹介してみる。
ケースからクラシック・ギターを取り出すと、わあ、と小さな手が伸びてきて指先がギターに触れる。
弦を少しだけ押して離すと、ほんのわずかに震えた。
礼美ちゃんの手の隙間に自分の指を絡めて、小さく音を出す。
「どっちだと思う?」
「女の子だった!」
弾いた位置がたまたま高音だったからか、礼美ちゃんは嬉しそうに笑った。
ポーレットはもともと女の子の名前だしな、と思いながら映画で有名になった曲を短めに弾いて聴かせた。
典子さんも微笑ましく見ているので大丈夫だろう。
膝に抱えてワンフレーズだけど、自己紹介には丁度いいかも。
もの悲しい旋律で、盛り上がりには欠けるけど、なぜだか終わってほしくないと思えるような曲調。
俺が音を鳴らしていたからか何人か部屋の前を通って立ち止まったり、中に入って少しの間音楽を聴いてたみたいだけど、曲が終われば典子さんと礼美ちゃんしかいなかった。
「さ、おやつ食べよ?」
「……礼美、いらない……」
勝手に弾き出した俺のギターを褒めてくれた典子さんは、気を取り直して言ったけど、礼美ちゃんは途端に顔を暗くして断った。
音楽がアンニュイすぎたかな……。
next.
ポーレットは禁じられたあそびの子。
Oct.2022