I am.


No, I'm not. 13


礼美ちゃんとのおやつ───食べてないけど───を終えてギターを背負ってベースに戻ると、渋谷さんはいなかった。
「お前んとこのボスなら香奈さんに話聞きに行くってよ」
「へー」
リンさんにどこ行ったか聞こうかと目線をやったところで、滝川さんが察して教えてくれた。
ところであんたらいつまでここにいるの……?
一方リンさんは、外の世界を遮断するように、しゃんとした後姿をこちらに向けてモニターを注視してる。
「ていうかなにバイトに関係ないもの持ち込んでるのよ」
「しかもさっき弾いてただろ」
「あはっ……部屋のドア開けたままだったしな~」
俺は二人の指摘を誤魔化すように、礼美ちゃんに会って聴かせてたと答えた。
ほら、心を開いてもらいたくて。
「前も思ってたんだけどそれ、ガットギターだろ」
「なに?ギターはギターでしょ?」
「弦が鉄じゃなくてナイロンなの。クラシックギターとも呼ばれてるかな」
滝川さんの指摘に首を傾げる松崎さん。俺は軽く説明しつつ、ギターを指さす。
「音が柔らかくて好きなんだよね」
「鉄弦もってねーの?バンドやってんだっけ」
「バンドの時はエレアコ使ってる。そっち持ち歩いても良いんだけど……」
松崎さんは、俺と滝川さんの音楽の話にはついて行けないとばかりに興味を失った。
バイト代貯まったらギター買うんだーとかなんとか、くだらない話を広げていたので当然だろう。


夜、森下家の三人に対して以前俺たちがされたように、暗示をかけた。
鍵のかかる部屋に置いたものを指定して、それが今晩動くように意識を植え付ける。そうすることによって、これまで家で起こっていたおかしな現象が人間の仕業かそうでないかがわかるってことだ。
俺は部屋に、渋谷さんが指示をしたものを置いて、周囲に線を引いた。
前みたいに窓やドアを完全に封鎖しなくても、この部屋なら外から開けられないように戸締りすることは可能だから助かった。
全員部屋から出て待機する。松崎さんは別室でくつろいでるけど、滝川さんはすっかりSPRの一員になりつつあった。とかいって仕事もしてないで大あくびこいてるけど。
うわ……俺もあくびうつった。
「ちょっときて!!」
このまま、静かに夜が更けていくと思っていたのも束の間、バタバタと足早にかけてきた音の後に、ベースのドアが開き香奈さんが顔面蒼白に声をあげた。
ただ事ではない、と渋谷さんと滝川さんが向かうのに俺もついていき、途中で異変に気付いてやってきた松崎さんも合流する。
「礼美ちゃんを寝かしつけようと思って部屋にいったらこうなっていたのよ!」
香奈さんに連れられて礼美ちゃんの部屋へいくと、家具がすべて、ナナメに置かれた状態になっていた。
うっわー……と声をあげてしまうほどに、奇妙な光景だ。嫌がらせとしか思えない。
部屋の真ん中にいる礼美ちゃんは、ミニーを抱いたまま部屋の真ん中に立ってきょとんとしている。言わないけど、その光景すら怖いわ。
「礼美ちゃん怖くなかった?大丈夫?」
しゃがんで、礼美ちゃんに目を合わせて、肩をとんとんと叩く。
「その子がやったんじゃないでしょうね?」
「家具が乗ったままだし、俺でも無理だ。それともおまえできんのか?」
カーペットをいじくってた滝川さんの冷静な判断に、松崎さんはうっと言葉に詰まる。
香奈さんは「こういうことが起こらないように来てもらったのに!」と怒っていて、渋谷さんに宥められていた。
「……礼美じゃないよ」
「うん、わかってる。今日は違うお部屋で寝よっか」
「私たちは下にいますから」
しょんぼりした礼美ちゃんの背中を押しながら、香奈さんの方へ連れていく。
二人は部屋を出て、階段を降りていった───と思ったら下から香奈さんの叫び声が響いた。
慌ててかけつけると、今度は下の部屋で家具がすべてひっくり返っていた。
松崎さんも滝川さんもこの出来事で霊がいることは間違いないと踏んで、特に松崎さんは地霊だろうから明日祈祷するといって一足先に寝にいった。自信すごいな……。

一方渋谷さんは考え込んでいて、その様子を見た滝川さんが気にしている。
「反応が早いと思わないか」
「はー?」
「心霊現象というのは部外者を嫌う。無関係な人間が入ってくると一時的にナリをひそめるはずだ」
「そうなんだ」
「まーな」
滝川さんと渋谷さんがわりと真面目に分析した結果、この家に霊が居るとしたら、それらは俺たちに対して強い反発を見せているってこと。
渋谷さんの「手こずるかもしれないな……」のつぶやきに俺は、今月中におわりますように……と他力本願な祈りをした。


翌朝、渋谷さんが暗示をかけた結果は出なかった。失敗かとも思えたけど、渋谷さんとしては全員に暗示がかかってたと確認できていて、今までで当たらなかったことはないという。
それにこんだけおかしなことが起こってちゃあ、霊が居る可能性の方がでかいよな。
怖いけど、生まれてこのかた幽霊なんて見たことがないので、ああいうのって夜が活発になるらしいから昼間のうちは平気だろう。
フンフン鼻歌交じりに各部屋の温度をとりにいって、たまたま出会った典子さんと雑談してると、礼美ちゃんがどこからか現れた。
「ポーレットちゃんは?」
一瞬なんのことだかわからなくなりつつ、瞬時にギターのことだと思い出す。
「ああ!ポーちゃん今お部屋でねんねしてる」
「そっかぁ」
「またギター聴きたい?」
「うん!」
「じゃ、とってこようかな」
典子さんはお仕事の邪魔にならないかと心配されたけど、俺はむしろサボる口実を見つけたなとばかりに礼美ちゃんとおててを繋いでギターを取りに行った。
「礼美ちゃんはお歌とかすき?」
「すきだよ」
その後、ギターを手に礼美ちゃんの部屋に行き、温度の計測のふりして胡坐をかいて座る。
「ミニーも好きだって」
「そうなんだ~」
俺のギターをそんなに気に入ってくれてるとは思わず、ンフフと笑ってしまう。
「じゃあ今度好きなお歌教えてもらおうかな」

ギターを弾いきながら歌っていると、礼美ちゃんは楽しそうにした。
それに歌声や音に惹かれたのか、興味津々でこっちを見ている子供があちこちにうかがえる。
とはいえ、ずっとは歌ってやれない。
そろそろ渋谷さんのところへ戻らないと、とキリの良いところで曲を終わらせた。
「ごめんねえ、そろそろ行かないとなんだ」
温度計を取りに行って数字を見る。そして記録用紙に書き入れると、他の部屋よりずいぶん低かった。
ここ、日当たり悪いっけ?確かに涼しいかもしれないけど……。
一人娘の部屋だから、夏は涼しく冬は温かく、みたいな良い部屋なんだろか。
「もういっちゃうの?」
「あ。うん───あれ?」
温度計を仕舞ってバインダーを脇に挟み、最後ギターを取ろうと振り返れば、そこにはもう礼美ちゃんしかいない。
さっきまで他に子供がいて、俺のギターを覗き込んでたり、オモチャをだして揺らしてたはず。
それに、オモチャは箱に片付けられていないから、ギターを聴くだけ聴いて、帰っちゃったのかな。
まったくもう、片付けてけよなー。



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主人公は特になんにもかんがえてない。
Oct.2022

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