No, I'm not. 17
渋谷さんにはベースに連れていかれ、ギターのお葬式もできずに聞き取り調査が行われた。
滝川さんと松崎さんも戻ってきて、リンさんも元からいるので、つまるところ全員集合だ。
俺が多分子供を見たと思ってたエピソードを披露すると、滝川さんがしたり顔でうなずく。
「麻衣のギターに混ざって聞こえた異音も、もしかしたらもしかするかもなあ」
「まさか!たまたまでしょう?麻衣だってどうせ音楽に夢中になって勘違いしただけよ」
一方俺は、松崎さんの厚い信頼に応えたい。
「麻衣が礼美ちゃんの言動に引っ張られている可能性もある」
「おチビちゃんの言動なんて、子供ならよくやる言い訳じゃないのよ。悪いことをしたのは自分以外の子だって」
渋谷さんの考えからいくと、俺が礼美ちゃんの『嘘』をまっとうに信じているかにみえるので、松崎さんは俺の精神年齢の低さに呆れた。
「いやさすがに……でもミニーがしゃべるとかは信じてないし」
「ミニーが、なんだって?」
「しゃべるって。お母さんが魔女で、お父さんを家来にしていて、礼美ちゃんを追い出そうとしてるって言うんだって……そう思い込んで、身を守ろうとしてるのかなって思ったんだけど」
滝川さんに聞き返されたので、ついでのように礼美ちゃんの精神的に不安定な一面を共有する。
「ミニーがそんなこと?」
「そう。なんか不安なんだろうなあ、人形にずいぶん入れ込んでるみたい」
渋谷さんがぱっと俺を見てから、てミニーが気になると言って典子さんに聞きに行った。行動が早いな。
しかし渋谷さんが戻ってくるのも早かった。それも、手ぶらで。
なんでも礼美ちゃんが貸してくれなかったらしい。信頼度薄いな……と思ったけど、言わないどく。
結局、礼美ちゃんが寝ている隙に典子さんを経由してミニーを借りた。
誰もいない部屋に置いてカメラやマイクを設置し、しばらく様子を見ていると俺たちをあざ笑うかのように、奇妙な動きを見せた。
そのうえ、実際に部屋に行ってみるとピクリともしてないっていうんだから、かなり悪質だ。
───礼美ちゃんが危険、というのも頷ける。
翌日、真昼間に通りかかった部屋の前で立ち止まった。
ドアが完全に閉まっておらず隙間があって、そこから話声が聞こえた。一人は礼美ちゃんで、もう一人は知らない声だろう。
典子さんや香奈さんとは何となく違う気がしたし、落ち着いて何をしゃべっているのか聞き取ったら、内容も奇妙だった。
そっと部屋の中を窺うと、おしゃべりは止んだ。
礼美ちゃんは俺が部屋に入ってきたことにきょとんとしていたけど、誰とお話していたのか聞けばミニーと答えた。確かにそこにはミニーが鎮座していて、他には誰もいない。
「……、ミニーだけ?」
「べつのこもいるよ」
俺は少し自分の感覚が信じられなくなってて、礼美ちゃんに聞いてみる。
期待通りにほかにも誰かがいるって言われたけど、今現在いたのだとしたら、俺は誰とも遭遇してない。つまり、礼美ちゃんにしか見えない複数の子がいたということになる。
ええん……。やっぱりいたんだ。
しょぼしょぼした顔でベースに帰り、釣り上げた情報を渋谷さんに報告した。
さすがに俺だけがおかしいわけじゃないんだと思う。
礼美ちゃんがミニーとか、その他の子を見ているのを、俺がたまたま認識しちゃったに違いない。
「これはつまり、音楽で通じ合ったの……か?」
「おチビちゃんとお前の精神年齢が近いだけって線もあるぜ?」
滝川さんには頭をわしゃわしゃされ、松崎さんはその線で間違いないと大笑いしていた。
夜はまた礼美ちゃんが寝ている隙にミニーを持ってきて、滝川さんが除霊をしてみることにした。松崎さんがその間、礼美ちゃんを見ていることになったので俺は特にやることがない。
渋谷さんとリンさんがモニターを見てるんでいろんな計測はするだろうし……。
そう思ってたせいかウトウトしていた。
いやなに、滝川さんの祈祷ってさっぱり何言ってるかわからないから、良い感じで子守歌になってしまったのだ。
「きゃああぁ!」
そして叫び声を聞いてぱちっと目が覚める。
祈祷は急遽中断し、声のする方へ行けば典子さんがうずくまっていた。
痛むようで顔をゆがめて、手で押さえるのは足首。そこには小さな手形がくっきりと残されている。
強い力でひっぱられて脱臼しているようで、救急車を呼ぶことにした。
典子さんには香奈さんが付き添って病院に行ったので、念のため礼美ちゃんの様子を見に行くと松崎さんが困ったようにこっちを見た。
「起きちゃいそう」
「あらら……」
まだ頭が覚醒していないのか、ウトウト、ぽやぽや、としてるけど目をこすってから瞬きを複数回すると、目を覚ます。
「あんたなんとか寝かしつけなさい」
「え」
よろしく~、と松崎さんが部屋を出ていき、すっかり起きてしまった礼美ちゃんのために一度電気をつける。
「なぁに……?」
「あ、っと、えー……」
「麻衣、礼美ちゃんはいるか?」
「……うん」
なんと説明したものか、としどろもどろになっていると、渋谷さんが部屋に入ってくる。
そしてベッドに並んで座っている俺たち二人を不遜な態度で見下ろした。
そのまま典子さんが急に何者かに襲われたと説明をしだす。
「───礼美ちゃん、何があったんだい?ミニーがやったのかな?」
「!ミニーはどこ!?」
渋谷さんの問いかけをよそに、礼美ちゃんの頭に一番印象付いたのは、ミニーを勝手に持ち出されたということだった。
ミニーを返しての一点張りの子供に向かって、渋谷さんはミニーが何者なのかを淡々と聞いてくる。これほどかみ合わない会話は初めて……。
次第に、渋谷さんの怜悧な美貌が温度を下げた。
俺も礼美ちゃんも思わずびくっと震えてしまうほどの迫力だ。
「礼美ちゃん、典子さんは怪我をした。ミニーがやったんだろう?みんな困ってるんだ。それでもいいのかい?」
慕っている典子さんのケガを責められているような気分になって、礼美ちゃんは震えて泣き出す。
「待て待て、そんな責めるみたいに聞くな!」
「礼美ちゃんが話してくれないと困るんだ」
「だからってこんな小さい子を泣かすやつがあるか」
さすがに見ていられなくなって制止する。
俺たちの言い合いのさなか、礼美ちゃんの謝罪が聞こえてきた。
「ごめ、……なさい、……ごめんなさい!ミニーが……ほかのひととはなしちゃ……だ、だめって……」
ひくりと噦り上げ、跳ねる背中をおずおずと撫でる。
可哀想に、泣きながら無理やり言わされて。
「なかよくしたら、いじめるって……だから……」
「ミニーが、しゃべり始めたのはいつ?」
渋谷さんは俺のほら泣かしたーという視線に気まずそうにして、少しだけ柔らかい声を出した。
「おうちにきてから」
「最初は何て?」
まだ少し泣き顔だけど、礼美ちゃんはゆっくり渋谷さんの問いに答え始めた。
俺が最初に聞いた通り、ミニーはお母さんを悪い魔女だと言い始めて、お父さんは家来で、礼美ちゃんを殺すんだと脅かした。典子さんも魔女のみかただから、ミニーしか礼美ちゃんを守れるものは居ないと唆す。
そのかわり、誰とも仲良くしてはいけないといい含め、礼美ちゃんを孤立させたってわけ。
「礼美がやくそくをわすれて、おねえちゃんとあそぶと、ミニーがものをかくしたり、おへやをちらかしたりするの」
小さな声で、ギターも……と呟いた。
俺は最初からそうだと思ってたもんね。
渋谷さんが部屋を出ていったあとに、俺は礼美ちゃんを寝かしつけて部屋を出る。
カメラは動いてるし、皆も警戒しているから一人にして大丈夫だろか。
スマホもインカムもないので、いったんベースに戻って渋谷さんに聞こうと部屋を出ていくとちょうど典子さんが帰ってきたようで階下で物音がした。
「───谷山さん!……谷山さん、来て!」
しかし慌ただしく呼びつけられて、反射的に階段を駆け下りる。
典子さんと香奈さんが茫然と上を見上げていて、指をさした。
”わるいこにはばつをあたえる”
壁の高いところに、でかでかとラクガキがあった。ペンキだか、クレヨンだかで、無遠慮に書いたみたいな。
「なんだ……こりゃ」
俺たちの騒ぎを聞きつけて、滝川さんや渋谷さんがベースから出てくる。
そして一緒になってその字を見上げた。
「礼美ちゃんのこと言ってる?」
「そうだろうな。……礼美ちゃんは話してはいけないといわれたことを話してしまった。ミニーは礼美ちゃんが裏切ったと思っている」
ぞぞぞ……と背筋が凍っていく。
渋谷さんは俺に、礼美ちゃんのそばから離れるなと言いつけて、ベースに戻った。
翌朝、ラクガキを礼美ちゃんにみせないよう配慮しながら、滝川さんと松崎さんに掃除をさせている。
最初は嫌がって俺にやらせようとしたんだけど、礼美ちゃんが俺に一番懐いているからという理由でこの配置になった。でもさ、俺、幽霊は退治できないんだぜ……。
「おねえちゃん、あしいたい?」
「平気!礼美が仲良くしてくれたから、痛いのどっかいっちゃった」
お庭でにこにこ笑う天使と女神のような二人を眺めて、目の保養にする。
ちなみに、もう一人の女神になるはずだった香奈さんは、気味の悪い家に居られないといって出て行ってしまった。
「礼美お花つんできてあげるね」
「いっしょにいくー」
「うん!」
縁側に典子さんと隣り合って座っていた俺は腰を上げる。
礼美ちゃんはもう誰と仲良くしても良いという安心感からすっかり元気になって、初対面の時よりもずいぶん明るくなった。きっとこれが、典子さんのいう本来の姿なんだろう。
今まで恐ろしい思想を植え付けられて、可哀そうになあ、とお花を摘む小さなつむじを見下ろす。
「いちばんきれいなのがいいなあ」
「そだね」
「!───やっ、手がとれない!」
ところが急に礼美ちゃんの様子がおかしくなる。
花の咲く植木に手を入れたまま、離れようと藻掻いていた。
「ん、ちょっとまってな」
後ろから手を回して腕を辿って指に辿り着いたけど、植物以外の感触はせずにぶつりと手が離れた。
───のも、束の間、礼美ちゃんは何かに怯えるようにして走り出した。
え、と礼美ちゃんの背中と典子さんを交互に見る。
「礼美だめ!……谷山さん!そっちには池があるの!」
典子さんの声を背に、礼美ちゃんを追いかけた。池というワードに、嫌な予感しかない。
子供の足なのですぐに姿が見えるところまで追いつけたけれど、礼美ちゃんはいましも池に落ちてしまいそうなほど水際にいた。
「ごめんなさい、おこらないでっ……意地悪しないで……!」
謝罪を繰り返しながら、池のほとりにある背の低い木の周りをぐるぐる回って、何かから逃げてる。
「あっ!!」
俺が追い付いて礼美ちゃんを掴むよりも、彼女が池に足を滑らせて落ちる方が早かった。
咄嗟にそのままの格好で、落ちた場所めがけて池に入る。
俺でも一度頭まで沈んで浮上したので、背の低い礼美ちゃんはもっと水面が遠い。
池の水はあまり透き通っていないし、俺も見通しが甘くて周囲に手を伸ばしたけど礼美ちゃんの身体を見つけられない。
「───っ!」
一瞬だけ、なんとか自力で顔を水面にだした礼美ちゃんを、やっと捕まえて岸にひっぱりあげる。
礼美ちゃんは意識があり、怪我した足を引きずってきてくれた典子さんに縋りついて泣いていた。
next.
音楽(広義)。
Oct.2022