No, I'm not. 18
礼美ちゃんの次にお風呂を借りて、着替えてベースに戻ってきたら原さんとジョンがきていた。おお、いつぞやの、と驚いているとにこにこしたジョンと目が合って挨拶をされた。
原さんはなにやら目が合わなくて、どうしたんだろうと思っていたら顔色が悪い。
するとふらついた足取りのまま、渋谷さんめがけて縋りつき、ひどい家だと呻くように囁いた。
「まるで霊の巣ですわ……子供の霊がいたるところにいます」
俺はその言葉にちょっと背筋がぞっとした。
さっき渋谷さんに、この家でかつて不慮の事故などで死んだ子供たちのプロフィールも聞いたしな。
原さん曰く、みんなとても苦しんでいて、お母さんのところに帰りたいと泣いてる。この家は子供の霊を集めている、と発言したきり原さんはまたふらふらしだした。
「わ、顔、真っ青じゃないかー……ちょっと休んだほうがいい」
「ええ……」
俺は原さんをひとまず客室に案内して、ベッドに腰掛けさせる。
横になるかどうかは和服と体調次第なので、本人の判断にゆだねてベースに戻ったら渋谷さんとジョンは不在にしていた。
なんでも、礼美ちゃんにお祈りしに行ってるそうだけど。
「あれ、ミニーは?」
「───消えやがった!」
ベースで状況を教えてくれた滝川さんの後ろに目をやると、さっきまでそこにいたミニーがない。
火で焼やしたのに傷一つなく生き残ったイワク付きなだけあって、姿を消すことまで可能ときた。
滝川さんが慌ただしく渋谷さんにそのことを報告に行って、その後みんなで戻ってきた。
逃げたけどじきに現れる、という渋谷さんの予言に従って待っていると、家中にうめき声や壁を叩く音が響き渡る。周辺の部屋に設置したマイクにも音が入っていて、ベースには二重でその音がこだました。
そしてある時、ぷつりと音が止んだ。
なんだかすごく、奇妙だった。
「ねえ!ミニーが礼美ちゃんのところに現れたわよ!!」
しばらくは松崎さんが付きっ切りで礼美ちゃんを見てることになったのだが、どうやら声が止んだ後ベッドで眠る礼美ちゃんの足元が膨らんだように見えて布団をめくり上げたらそこにミニーがいたらしい。
「礼美ちゃんは無事ですか」
「……ええ」
滝川さんは、ジョンが礼美ちゃんにしたお祈りが効いていて、一時的にミニーが礼美ちゃんを見つけられなくなったんだと分析していた。結果、ミニーの執念が勝って礼美ちゃんを見つけたというわけだけど。
原さんのところへお茶をもって様子を見に行くと、少し横になっているみたいだった。
枕をいくつか重ねて寄りかかっている。
「寝てる?」
「……いいえ」
「お茶、のめそう?」
「そこに置いておいてくださる?」
まだ飲めそうにない、ってことか。
俺はベッドの横の台に温かいお茶を置いて、手持ち無沙汰に原さんから視線を逸らす。
「いま、どうなっていらして?」
「あ、ジョンがミニーにお祈りしてる」
「そう……」
声がかかったのではっとして原さんを見る。
俺の言葉たらずな説明でも理解できたのか、原さんはうっすら開けていた目を下に向けた。長い睫毛が上からだとよく見えた。
「谷山さんは子供の姿を見たそうですわね」
「あら誰からきいたのー。……姿見たっていってうか、そう思っただけだけど」
「松崎さんから」
「あのひと、精神年齢が近いからだって言ってなかった?」
「……ふふふ」
俺のは結局、礼美ちゃんの言葉を強く認識してしまってたせいもあると思うので、滝川さんの言ってたことはあながち間違いじゃなさそう。
でもなんだかんだ、俺は霊を見てたっぽいということが、原さんの発言により確定方向へいっている。渋谷さんが調べてきた事実とも相まって。
「霊、みちゃったのかなあ」
「さあ、……どうかしら」
原さんはそれっきり、ぴったりと目を瞑ってしまった。
俺はなんだかこれ以上感覚を共有できないんだろうなと思ったので、ゆっくり休んでと告げて部屋を出る。
ベースに戻ると、ジョンと滝川さんは人形を焼き終えて戻ってきていた。
完全に除霊できたわけではなくて、一時的に人形から落ちただけみたいだ。とはいえ悪用されることもなくなってよかったのかもしれない。
専門家たちのまた小難しいディスカッションが始まったので、音楽界隈の俺は黙って右から左に受け流す。途中で不意打ちで俺に原さんの具合を聞かれたのでびくっとしたけど、なんとか答えられた。
「浄霊をやってみよう……滝川さん」
「俺?」
「最初に死んだ子は立花ゆき。これが生没年と戒名だ。宗派は浄土宗」
原さんが起きられないんじゃ事が進まないかもな、と思ってたら渋谷さんは次の手を打った。
とにかくここに子供の霊がいると原さんが言って、子供の死者が過去出た記録があるんなら、やり方もあるってことみたい。
「直接叩くとなると礼美ちゃんや典子さんへの被害が甚大になるおそれがある───松崎さんは護符を用意できますか?」
「いいけど」
「二人には家を出てもらう。ジョンと松崎さんも同行してください。動けそうなら原さんも一緒に」
こうなってくるとただのバイトにやることはない。
俺はリンさんの横でモニターの観察をするふりをしてメモ帳にフレーズをメモする。今降ってきたのよう。ンーンーと口ずさむと、さすがにリンさんが一瞬何事かと俺に目をやるのがわかったけど、こういう時は互いに不干渉なのですぐに視線は離れた。
「───麻衣」
「ん?」
「礼美ちゃんが呼んでる」
「おお」
いつのまにか準備は進んでいたようで、俺は渋谷さんに呼ばれて手を止める。
懐かれている自負はあった。玄関に行くと典子さんと荷物を持った礼美ちゃんが俺を待っているのを見て足早に駆け寄る。
「礼美ちゃん、バイバイしにきたよー」
「いっしょにいかないの……?」
「いっしょにいっていい?」
「麻衣がいってどうする?役に立たないだろう」
礼美ちゃんの問いに対して渋谷さんに許可をとるように見る。
「それは、どっちにいても変わらないんじゃ?」
「モニターを見るくらいできるだろう」
「……礼美ちゃんごめんね~」
「帰ってきたら、またおにいちゃまに会える?」
「ウンウン」
典子さんはたびたび聞くその呼び方に、あ、と苦笑しているのだけど、いまだに訂正されぬ、おにいちゃま。
とうとう渋谷さんたちの前で呼ばれたので視線が痛い。
「ほら、ターッチ」
「タッチ!バイバ~イ」
「バイバイ」
両掌を差し出すと、礼美ちゃんは少し飛び跳ねて両手を伸ばした。ぱちっと弾ける音を合図に、俺たちはお別れすることにした。
口を閉じて必死に笑いをこらえている松崎さんと、着物の袖でそっと口元を抑える原さん、そして顔をぐりっと背けているジョンと、苦笑している典子さんも見送り、タクシーが去っていくのを外までいって見送る。
「それでいいのかえ、麻衣ちゃん」
「いいー」
一緒に見送ってた滝川さんは堪えていた息を吐き出して、平気そうな俺を見た。
笑う俺に、滝川さんはあっそ……と言葉を飲みこむ。渋谷さんなんて完全に無視だし、今はそういう場合でもないしな。
「……さて、取り掛かるか!」
「うい~」
「お前さすがに、俺の祈祷中に作曲とかしてんじゃねーぞ」
「ん?降りてきたら、あるいは……」
すたすたと先にベースに戻っていく黒い後姿を見ながら、滝川さんとヒソヒソ話した。
「馬鹿。オタクのボスにどやされんぞ」
「ああ、怒るとこわいんだよなー、顔」
「なに?般若みてえになんの?」
「ひたすら美しいですー」
滝川さんはがくっと肩を落として俺を見た。
「なんかお前といると緊張感なくなんだよな……」
人のせいにするない。
滝川さんが着替えを終えて礼美ちゃんの部屋にスタンバイをする。
俺たちはベースでモニター越しにその様子を見ることになった。
渋谷さんからは「注意して見ていろ」と言いつけられたので、モニターの乗った机に手をついて、二人体制で監視する。
なお、リンさんはいろんな機材の反応を計測する係なので、定位置でヘッドホンをして待機だ。
「滝川さん、準備は?」
『いつでもおっけー!』
……緊張感ないなあ、俺のせいにされないよな?
滝川さんの返答に若干心配になるが、まあもともとこんな感じの人の気がするし、大丈夫か。
なんだかわかんない呪文が始まると、次第に温度が下がってきた。───そう、リンさんの報告が耳に入ってくる。
マイクにノイズが少ない、ラップ音が始まりノック音がする、とリンさんの声が続く。
俺は、ふと視線をやった先に、異様な光景を見た。
「居間、ここ!」
咄嗟に声をあげて指をさす。それは居間の様子が映るモニターだ。
渋谷さんは俺の声に反応し、はっと息をのむ。
居間には青白いような、灰色のような煙だか靄だかが見える。
「───リン、居間の温度は」
「……現在マイナス二度です」
じっくり目を凝らして見ると、その靄はいくつもの子供の顔がくっついて呻いているみたいだった。
渋谷さんはすぐにマイクを通じて、滝川さんに居間へ行くように言いつける。
指示通りに礼美ちゃんの部屋から居間へいった滝川さんは、あまりの寒さに驚いた。そして、まとわりつくような靄に何か反応している。
「苦しんでる?」
「真言が効いてるんだろう」
子供が苦しむような顔つきがモニターには見えて、あまり気分が良いものではない。
マイクには次第に子供が苦しむようなうめき声が入るようになり───そこから、言葉が聞こえ始める。
『とみ……こ……とみこ……わたし……の……子』
「後ろだ!」
『何!?って、おい、何もいないぞ』
靄なんかじゃなくて、どす黒い影がぬう、と床に立つ。
姿ははっきりとはしないけど、大人で、女だ、と思った。
「ちっ、見えてないのか……!」
渋谷さんにも声が聞こえて姿が見えるみたいで指示をしているけど、現場にいる滝川さんの肉眼には映ってないようだ。そうなると、スイカ割りの要領でナビゲーションするほかなく、結局滝川さんは居間から出ようとドアの方へ逃げ込む。
まあこうも強烈じゃあね……。
「……軋む音があります」
リンさんの声に、俺たちはまたモニターにかじりつく。滝川さんはなんとかドアの敷居を出ていたところで、振り向いた。
『なんだ、ありゃ』
渋谷さんはモニターを指さして、床の部分にふれた。
「床だ、ここ」
「ヒビ?……って───!?」
目を凝らして見てみると、フローリングは確かに割れていて次第に大きく裂けていき、バキバキと音を立てて下に崩れていった。
next.
主人公はちょっと、真砂子にはアーティスト(?)として興味がある。
Oct.2022