I am.


No, I'm not. 20


松崎さんは怖い思いをしたわりに、俺が一緒にいかなかったこと、助けに行かなかったことは責めなかった。俺が行ったところでお荷物が増えるだけなので。
とはいえ、すっかりビビってしまった松崎さんは手の出しようがないと頭を抱えている。
「つぎ、ジョンにやってみてもらう?」
「同じことだと思うわよ」
俺は打てる手などないし、滝川さんにでも報告すべきかな、と首を傾げた。連絡先知らないけど。
「じゃあ渋谷さんが帰ってくるまで様子見るか~」
ぶつぶつ、と松崎さんが懲りずに不満を垂れているが、結局そうする他ないのだろう。


なんだかすっかり、普段いない世界に入り込んでしまった気分だ。
霊なんてテレビでたまに特集やってたり、ご先祖様がどうとか、そんなもんでしかなかったのに。
───人が死んで、その感情だか魂だかが、この世に遺る。
こびりついた滓みたいなそれが、これほど目に見えて、人に害を成すなんて、思ってもみなかった。
「ギター、残念だったね」
ソファ片方の膝を立てて頭を乗せて、ぼんやりしている俺の隣で声がした。
覗き込むように近づいてきた渋谷さんの肩が触れる。
「……まあ、いいよ」
「また聴きたかった」
「あの音色、いいだろ」
俺はつい得意げに笑った。
そうすると、とろけるように微笑むとわかってたから。

───ふいに、現実の物音が俺の耳に入ってきた。
ベースで転寝してたんだっけ、と、片足を抱きしめる手を意識して、ぴくりと動かす。
顔を上げると片頬を膝に乗せてたから、じわじわと痺れた。
「良かった……!寝てた……!」
「なーにが良かっただ、居眠りバイトちゃん」
身体をひしっと抱きしめて、ソファの肘起きによりかかると、滝川さんにおでこを弾かれた。
「だってやることないんだもーん……って、なんで滝川さんが?」
「やれることならあるはずだが?」
「ひっ……」
俺を見下ろす、美少年の冷徹な顔に素で怯えた声が出た。
リンさんが基本的に機材を見てるので、あんまりやることないのは事実だけど、確かにそれで居眠りしてていいわけじゃないかもしんない。
「……人が駆けずり回っている間にバイトは居眠り、霊能者はこれだけいてもこのザマとはね」
「なによ!見てもないクセに。あいつハンパじゃないわよ!」
よく見たら滝川さんの他にもジョンと原さんまで戻ってきていた。
渋谷さんには、俺がネチネチ叱られるよりも前に松崎さんが噛みついてくれたので、近くにいたジョンに典子さんと礼美ちゃんの様子を聞く。どうやら渋谷さんの指示で、ホテルにのこしてきたそうだ。一応お守りを持たせてお札も貼ってるそうだけど。
「原さん、奴らの様子は?」
「……居間にいますわ。まだ、ホテルのほうにはいってない……」
近くにいた原さんに渋谷さんからの声がかかったので、ヒソヒソ話していたのを止める。
滝川さんと松崎さんはこれ以上の手出しを反対してたみたいだけど、渋谷さんのあまりの態度に触発されてひとまずもう少しこの家にいることにしたようだ。




女の名前は大島ひろ───。この家が建つ前にここに住んでいた。
娘が居て、その子の名前は富子。あの女がしきりに呟いていた名前だ。
富子はある日消えて、半年後、池に死体が浮かんだ。

渋谷さんからその話を聞いたときに、俺は目を見開く。
あ、安直な俺の想像が、当たってしまった。
驚きをよそに渋谷さんは滝川さんたちに促されるまま、女が『浄化』されていった理由を語る。
娘を喪ったことに耐えらないまま、死後も娘を求め続けたのに、娘に見立てた木の板一枚にころっと騙されて光になった。なんともあっけないクダリだ。
原さんは、霊を無理やり『除霊』することにならなくてよかった、と安堵していたけど。

「はああ……ギターちゃん……」
まあンなことより俺は亡きギターだ。
ジョンが一緒に覗き込んできて、憐れむような視線をくれた。
「あの、残念どすね……あんなに大事にしてはったのに」
「いや全然大事にしてなかったわよ、校舎の窓ガラス割るのに使ってたもの」
「この支配からのそつぎょー」
ジョンには通じないフレーズかもしれないけど、滝川さんと松崎さんには大いにウケてた。
ていうか本当に俺が不良みたいに聞こえるじゃないかよ。サボり常習犯だけどさ。
「ま、これに懲りたら現場に貴重品持ってくるのはやめとけ」
「だって……何日も触れないと下手になりそぉ」
「姿勢は立派だがお前なあ」
わしわし、と頭をかき混ぜられて不貞腐れる。
すっかり二人、いや三人して、俺のことをいじくりながらヨシヨシするのにハマったようだ。
初対面の時からは想像できないけど、案外フレンドリーだったんだな。
「麻衣、さっさと撤収準備しないか」
「はいはーい」
「……」
はいを二回言ったことが不満なのか、じろっと睨まれたけどその程度慣れてるのでふいっと顔を逸らす。見つめ合いたくはないので。
そしてリンさんが黙々と作業をするところの、少し離れた場所で俺も端から片づけていく。
前回旧校舎での撤収も手伝ったし、片づけるのはさほど気を使わなくていいので楽だった。


翌朝には礼美ちゃんと典子さんが家に帰ってきて、もう心配はないだろうと渋谷さんから説明を受けて安堵の笑顔を浮かべた。
「あ、ジョンおにいちゃま!」
そういえば二日ほどジョン達が付きっ切りだったんだものな、と礼美ちゃんが飛びつくジョンを見る。
俺は?と横で待っていると、礼美ちゃんは顔を上げてから今度は俺にも抱き着いてきた。満足。
「今日はあそべる?」
「ちょっとなら」
「せやですね」
渋谷さんが典子さんに説明をするだろうし、と二人の姿を見ると無言の許可をもらえた。
ジョンも一緒に遊んでくれそうなので頷くと、礼美ちゃんは俺たち二人の手を取ってつなぐ。
お庭に回ってプチ探検をしながら、花を摘んだり池の水を汲んで周囲の草木にやったりと、ほのぼのとした遊びに興じた。
「礼美、そろそろ皆さんお帰りになるって」
「あ、お姉ちゃん」
縁側で三人並んで座ってると、典子さんが声をかけにきた。
その後ろには原さんもいて、礼美ちゃんの興味が順に移っていく。
小さな女の子にこんなふうに無邪気に懐いてもらえると、皆悪い気はしないもんだ。



それぞれで森下家を後にして、午後には東京に着いた。
駅前で下ろしてもらえたので、その足で顔見知りのいる楽器店に顔を出し、壊れたギターを見てもらった。
「なんてハードロックなことしたんだお前」
ソバージュのロングヘアーしたオッサン店主が、俺の悲惨なギターを見ておののく。
別にジミヘンをリスペクトしたわけではないです。
「子供に悪戯されちゃって」
「あんだとぅ!?そのクソガキにジャイアントスイングぐれえかけてきたんだろうな!」
「いや……」
浄化されちゃったしな~……と後頭部を掻く。
店主の木下さんは、パフォーマンスやミュージシャンの衝動でギターを壊すならともかく、他人に悪戯をされて壊れたというのが許せないらしい。

ここは修理や買取もしている店だけど、さすがにこれはどちらも出来ないと言われたので、処分引取の方向で話を進めた。お金が少しかかってしまうがしょうがない。
「破片でも持ってくかい、たしかこれ親父さんのギターだったろ」
「……そうしよかな」
ギターを預けると、割れたボディの破片を手渡されたので受け取った。
そしてそれポケットに入れて、心機一転、今度は新しいギターを買う相談に取り掛かる。
元々エレキギターを買いたかったけど、こうなってくると鉄弦のアコギが1本ほしい。
だから木下さんと色々ギターの話に花を咲かせ、試し弾きをさせてもらったけど、結局この日は決められず、カタログをもらって帰ってきた。



next.

浄化シーンカットしました。
主人公が寝てたことに安堵したのは、起きてみる幻覚より、寝てみる夢のがまだマシだと思ったから。
文庫本、礼美ちゃんがジョンをおにいちゃまって呼んでいた気がするんだ……(友人に貸していて手元にない)
楽器屋のオッサン木下は39歳独身。
Oct.2022