No, I'm not. 22
ライブ後の控室で後片付けをしている中、この後の打ち上げの話になってメンバーの会話に耳を傾ける。
いつものメンバーでいつもの店に集まるかと思っていたけど、今日出演したバンドに翔くんと慧くんに知り合いがいるとかで、合同で飲みに行かないかって話だった。
他のみんなは別にいいよって感じだったので、俺も特に深く考えずに了承した。
ところがどっこい、その飲み会の席に、滝川さんが現れた。
最初から一緒に飲んでたわけではなくて、それぞれ知り合いを連れ、近くにいたから呼び、と人が増えていったのだ。
滝川さんが音楽やってそうなのは何となく知ってたけど、まさかこんなところで遭遇するとは思わなかった。
「慧くん、麻衣の知り合いきちゃった」
「ガチ?」
念のためキャップを目深にかぶって顔を隠して、飲み食いするために外していたマスクも付け直す。
隣に座ってた慧くんにひっそりと告げると、俺と今しがた来た滝川さんを見比べる。
「こちら、ノリオくんとユウジくんで───」
「どうもお邪魔しまーす。俺たち今日のライブ聞いてたんだよ」
「よろしくー。Rainさんとは会ったことないけど、噂通りですげえ良かったよ」
滝川さんともう一人多分同じバンドのメンバーと思しき人が紹介され、俺たちはバンドメンバー揃ってどうもと会釈する。
へえ、滝川さんって下の名前ノリオくんっていうんだー。
服装も幽霊退治の時とはがらっと印象が変わる。俺もバンドの時はいつもよりキメるけどさ。
「二人はRainさんのライブ初?」
「そうそう、今までもチケットとろうと思ってたけど、中々手に入れられなくてよー」
対バンのベースであるリョウさんが滝川さんと親し気に話し出す。
「あ、ノリオくんはベーシストなんだよ。で、スタジオミュージシャンでもある」
「へえ、すごー」
リョウさんの補足に、慧くんが声をあげる横で、俺も同意するようにこくこく頷いた。
「君らはRainのギターコンビだろ?」
「そうでーす」
ユウジくんはギタリストらしく、俺たちに興味ありげに笑いかけてきた。
そしてコンビ扱いが嬉しいのか、慧くんの腕が俺の肩に回って抱き寄せられる。
「ボクはボーカル兼任なんで、パートは少ないですけどね。最近はにほとんどまかせきり」
「うううう」
うりうり、とキャップの上から頭を混ぜられる。
もう……と思いながら一瞬でかぶり直して中の髪の毛を戻す。まあ、こんくらいじゃあバレないだろう。
滝川さんは丁度、店員に焼き鳥頼んでたみたいだし。
「くんのギター前はエレアコって聞いてたんだけど、今日違ったよね」
「あ~最近変えたんですよ。念願叶って」
「おお」
ユウジくんは近くに座り直して俺とギター談義に入ったので、滝川さんとはあまり話すこともなくいくばくかの時間が過ぎた。
二人が来た途端帰るのは悪いなと思ってたけど、思いのほか安全に交流ができたので、そろそろいいタイミングで抜け出そうと思って、ユウジくんに宣言した。
「俺、そろそろ帰りますね。明日もがっこーだし」
「がっこー……って、あ、大学?」
「高校」
「高校生!??」
ユウジくんはまず俺に明日も学校と言われたことで、はっとして、俺がみんなと比べて少し幼いということに気づいた。
その驚きの声が滝川さんにも通じて、二人して目を丸めている。
「すいませんね。うちはだけ未成年なんです」
滝川さんとユウジくんの反応が面白いのと、申し訳ないのとで、浩ちゃんが苦笑いを浮かべる。
親しい人たちは俺が高校生であることを知りつつも、自主性に任せてオールまでするんだけどな。
「未成年だったならもちっと早く帰った方がよかったんでない?」
「だって、二人が来てくれたから……」
「くん……っ」
向かいの席でちょっと呆れた滝川さんにへらっと笑った。
ユウジくんが感動したみたいにむぎゅっと抱き着いてきたので、ヨシヨシと背中を叩いておく。
「あ!ずりーの。俺だってくんともっと話したかったのによー」
「俺とくんは同じ楽器だから積もる話があんだよ」
なんか仲間割れを始めたので笑いながら遠ざかり、望ちゃんも帰るというので一緒になって店を出た。
「明日学校いくの?」
「起きれたら行くー」
「だと思った……」
夜道で二人歩きながら、望ちゃんの問いかけにけろっとした顔で答えた。
今まで真面目に学校に行ったことなどないからな。
「さっき来てたノリオくん?あの人がさ、麻衣のバイト先で会うんだよな」
「ガチ!?」
「来た時ビビった。慧くんにちょっとフォローしてもらったし、ユウジくんと話してたからよかったけど」
ぶつぶつ、と呟きながら自分の過去の行動を反芻する。
バレそうなことしてないよな、おかしな言動してないよな、と確認するためでもあった。
キャップとマスクを外しながら、冷たい風を顔に受ける。
ほんのちょびっと飲んでた酒の余韻はすでに醒めていたけど、熱気の中にいたので体温が高い気がして、風が心地よい。
「まあ別に滝川さんにだってバレたって問題ないけど」
「そりゃ、そうじゃん?」
「反射的に隠れちゃった」
てへっとベロ出して笑うと、望ちゃんも笑った。
思いがけない滝川さんとのエンカウントを終えて数日後のある日、SPRの事務所にノリオくんモードの滝川さんが訪ねてきた。
黒レザーの上下に、インナーはショッキングピンク。黒い帽子とサングラスに、ハードケースに入ったベースを持っている。
やっほーの語尾にハートまで付きそうな軽快さ。
「やー日曜の渋谷なんてくるもんじゃないね。あ、麻衣ちゃんアイスコーヒーね」
「来るとこ間違えてないか……?スタジオじゃないぞ」
「ああこっちはバイト帰りなんだよ」
「へえ~」
俺は所長を呼ぶか呼ばないか決めかねて、言われるがままアイスコーヒーを準備する。
もう寒くなってきたってのに、アイスでいいんだろうか。
「へいおまち~」
「ありがと」
淡々と仕事をこなして客に飲み物を出すアルバイターな俺をよそに、所長室から出てきた渋谷さんがちょっとだけ目を白黒させていた。
見慣れない毛並みの動物だよね……。
「印象ちがうよねー。本業、ミュージシャンなんだとか」
「ミュージシャン……?」
まじまじ、と滝川さんのファッションを見直す渋谷さんをよそに、滝川さんはきょとんとした顔でアイスコーヒーの入ったグラスを手に固まった。
「そういや、麻衣に俺の本業の話したことあったか?」
「ノリオくんのバンド、こないだ知ったー」
「どこ情報よ」
俺は適当にバンドのおっかけしてる子から聞いた、とかなんとか誤魔化した。
打ち上げであったジャン……っていうのは、さすがに今じゃないよな。
滝川さんは渋谷さんに説明するかのように、本業の話と、今日はバックバンドのバイトに駆り出されていた話をして、最終的に俺へアイスコーヒーのお代わりをいいつけた。
「オカワリするだけの用件あるんだろうなー」
「もっちろんよ」
「なら早くしていただけますか」
俺は空になったグラスを手にひきつった営業スマイルを浮かべ、滝川さんを見下ろす。
得意げな滝川さんに対して、渋谷さんがうんざりした様子で話を促したのでちょっとだけ安堵してまたアイスコーヒーを入れに行った。
当然のことながら渋谷さんは、ただ人が遊びに来ただけだと機嫌が悪くなるのである。
衝立の向こうから、滝川さんと渋谷さんが話しているのを半分ほど聞き流す。
滝川さんのバンドの追っかけをしている女子高校生からの相談を、渋谷さんにも話して聞かせているらしい。
話の最中にそっとアイスコーヒーを置くと、最初の一杯みたいにすぐ飲み干すことはなく、一口だけ飲んで一度テーブルに戻した。
「お、サンキュー。で、そこの学校じゃほかにも怪談やら原因不明の病気だ事故だかが山盛りでさ───気味が悪いんでなんとかならないかってその子が言うんだ」
「……なんか聞いたことがあるような、ないような」
「は?」
「その学校……湯浅高校か?」
俺は滝川さんの話をしっかり来てたわけじゃないけど、ここ最近の出来事と付随するような気がして言葉を濁す。渋谷さんも同じく聞き覚えがあったことからとある学校名をあげる。
「知ってんのか?」
「そだ、そんな学校名だったね」
ぱち、と手を叩いて渋谷さんに笑いかけた。
何度も同じ学校の女子生徒が、色々な怪奇現象の悩みを話しにやってきて、そのたびに渋谷さんに冷たく追い帰されていたのである。
「お前は昨日の出来事も忘れるのか……?」
「だーって渋谷さんが病院行けって帰した人達だろ」
そんなんいちいち覚えてたって仕方がないわい、と思って口を尖らすと、脳の小ささを無言で嗤われた。
渋谷さんは改めて滝川さんに、昨日の依頼内容を答える。すげなく追い帰しておいて、わりと鮮明に覚えている当たりまあ、頭の出来が違うことはわかる。
「……そりゃ、ただごとじゃないぜ。こんな短期間に一つの学校に集中して───」
滝川さんは茫然と渋谷さんの話を聞き、ようやく絞り出すようにして言葉を紡ぐ。
俺も渋谷さんも滝川さん同様のことを考えていたので、神妙に口を閉ざしていた。
───カラン。
その時ふいに、オフィスのドアが開く。あのう、と遠慮がちに声をかけてきた初老の男性はお客様で、俺が職務を全うして案内にいくとタイムリーにも『湯浅高校』の校長先生が依頼に来たのだった。
next.
ノリオくんとニアミス(?)しました。
ノリとかノリくんとか迷ったけど、そんなに親交深めてないのでノリオくんです。
Oct.2022