I am.


No, I'm not. 23


都内にある女子高───湯浅高校へ早速行くことになった翌日。
泊りがけじゃないと聞いたのでギターも持たず、普通の格好で待ち合わせ場所に行くと滝川さんと渋谷さんが先に来ていた。
「あれーリンさんこないの?」
「明日、必要な機材を持って合流してもらう」
「そうなんだ。滝川さん運転お願いしまぁす」
「はいよー」
いつもの大きな黒いバンではなくて、乗用車と滝川さんがいたので、そういうこったろうと挨拶する。
渋谷さんはするっと後部座席に入り込んだので、俺は助手席にした。


学校に着くと校長先生からは生活指導の吉野先生を紹介された。
案内を任せられたようで、校内を歩き回るときの注意事項やらなんやらを説明され、小会議室に連れてこられた。そこをベースにして調査をするらしい。
学校関係者による相談も、この部屋に出向くようにと取り計らわれているのだとか。

第一相談者は案内してくれた吉野先生で、家で寝ようとしていると窓ガラスをコンコンと叩く音が聞こえるという内容のものから始まった。
その後もやってくる相談者はひっきりなしで、教員から生徒まで選り取り見取り。
中には、渋谷さんに追い返された子たちも改めて来ていた。
たった一時間程度で、結構な怖い話というものが集まってしまい、怪談なんて好きでも何でもない俺は既に疲れ始めている。霊能者の滝川さんですら、やんなってきた……とぼやくのだから相当な量だろう。
「しつれーしまーす」
そこで、またしてもやってくる生徒にちょっと身構える。
「きゃーっ!ほんとに来てくれたんだー!」
今まで神妙な面持ちで相談に来た人たちとは違い、その生徒は入ってくるなり滝川さんを見つけて声をあげた。どうやら、この子が滝川さんに相談した追っかけの子なんだろう。
「紹介するわ。この顔のいいのが渋谷サイキックリサーチの所長で渋谷。そっちの嬢ちゃんが助手の谷山」
「あたし高橋優子っての。よろしくね」
「谷山です、よろしく」
俺は笑顔で名乗り直したけど、渋谷さんは『顔のいい』とご紹介にあずかり、その顔を尊大に見せびらかすだけで挨拶を終えた。


「……さっそくですが、問題の席に座って事故に遭った人はいますか?」
高橋さんは二人ほど友達を連れてきていて、渋谷さんに促されるとその中の一人が手を挙げた。
滝川さんが追っかけの高橋さんからされた相談っていうのが、ある特定の席に座った人が同じ状況で事故に遭うというもの。
電車を降りて歩き出したところで腕を引っ張られてドアに挟まれる。そして電車が走りだすのに引き摺られて、怪我を負ったらしいのだ。
それが席替え三回で、現在四人の被害が出ている。
「……問題の席を見てみたいな」
「あ、じゃ、あたし案内したげる!」
渋谷さんが被害にあった生徒にいくつか質問をしたけどそれも切り上げて立つ。
俺はどうしよっかなーと思いながら腰を上げたけど、ぞろぞろ校内を移動しなくてもいいか……と留守番を申し出た。
あっさり許可されたんでワーイとパイプ椅子に座り直す。

しかし、今まで聞いた話を報告書にまとめておけと言われてしまたので、休んでいる暇はない。それに相談者は続々と部屋にやってくるので、結局渋谷さんから言われた報告書を一つも完成させられず、最後の相談者を見送った。
「一緒に行けばよかったー」
帰ってきた渋谷さんたちに、えんえんと泣きまねをしながら、相談者のメモを見せびらかす。
「何人くらい来た?」
「四~五人かな、休む間もなくですよ」
「そうか」
そうやって俺たちが話をしている間にも、新たな相談者は来る。
コンコン、とノックをされると、反射的に身体が固まって、夜魘されそうだなと思った。


日が暮れて空が暗くなるまで延々と話を聞いた。
耳を塞ぐことは許されてないし、俺はメモと録音した音声をもとに記録に起こさなきゃならないのでどっちにしろ無駄である。
「はあ……パーっとカラオケいきたいなー」
「ああ……行く……?」
遠い目をして俺と滝川さんが項垂れていると、渋谷さんが窓の外を見ていて、俺たちの現実逃避を華麗に無視していた。どうせ誘ったって来ないだろうけど。
「どうなってんだろ、この学校……」
「こんだけの量、誰が除霊するってんだよ……俺か?俺なのか?」
わっと顔を覆ってしまった滝川さんを心から憐み、インスタントのコーヒーを入れてあげる。
相変わらず渋谷さんは窓の外を見ているけど、もしかして、ガラスに映る自分の美貌を見ていたり……する?
「───尋常じゃない」
「あー?」
「一つ一つの事件じたいはそう大したものじゃないと思う。でもこの数は普通じゃないと思わないか」
「思います……」
ようやく振り返った渋谷さんは、これまで聞いた話が事実だとしたら、絶対に何か原因があるはずだと結論付けた。
俺は、この紙の束がお札だったらどんなにいいか……とまとめたメモの紙を渋谷さんに見せる。
「今度はこの内容を精査していくわけ?カメラ足りないんじゃない?」
「そうだな……今回は悠長に記録をとっていられないだろう。明日からはリンと……他にも霊能者を呼ぶ」
考え込むようなそぶりでメモを見て、それからちょっと嫌そうに言葉をこぼした。
俺の知る霊能者と言ったら、まあ、滝川さんの他には過去二度の調査でもお会いしたあの面々だろう。
渋谷さんはまずジョンに電話をかけ始めたので、おおっと驚く。滝川さんもそれにつられて、松崎さんに連絡を取ってみるらしい。
えー、そこらへん繋がってたんだー。
まあ霊能者同士でコミュニティもあるのかなっと納得する。
俺も滝川さんとなら音楽仲間で連絡先交換してもいいかもと思ったけど、麻衣の状態ではなくての時に連絡先交換したほうがよくないか……?と思ったのでその場で申し出るのはやめておいた。


翌日、朝から集まった面々はもはや『いつものメンバー』と括っても良い顔ぶれが勢ぞろい。
リンさんはもちろんのこと、松崎さんとジョン、それから原さんもいる。
「原さん、校内を見てみてください。とりあえず霊が出るという机と美術準備室……」
「真砂子と呼び捨てにしてくださって構いませんのよ?」
渋谷さんの指示を聞いた原さんは、口元を隠してニッコリ笑う。
なんとなく初対面からそうだった気がするが、原さんって渋谷さんに気があるのか?
「……松崎さんもついて行ってください。霊がいるようなら除霊を」
「ああーら、真砂子には何も言い返さないわけー?いつもならずいぶんなコトいってやりこめちゃうくせに」
まさか松崎さんまで渋谷さんに気があるのか?
俺は神妙な顔で、三角関係を想像したけれど、まったく明るい未来が浮かびません。
どことなく原さんには甘い……というより、言い返せない感じはあるけど、それが好意とは思えないし。
渋谷さんが一番優しくして敬意を払っているのって多分ジョンだと思う。リンさんはそもそも最初から自分の部下なので別として。
「余計なことをい言う暇があったら除霊の才能を発揮していただきたいものですね。そろそろ松崎さんの活躍を拝見したいんですが?」
松崎さんの期待に応えて『ずいぶんなコト』言ってやりこめた渋谷さんは、涼しい顔して指示出しを続ける。
滝川さんは呆れて松崎さんを見ていた。
「麻衣はここで連絡を待て」
「ラジャ~。リンさんと渋谷さんは出ちゃうの?」
「僕たちは調査を続ける」
機材が足りないんで霊能者たちの霊感が頼りって言ってるけど、渋谷さんとリンさんに霊感があるなんて知らなかったなー。
まあ多少ないとこんなことやってないか。



next.

所長の顔が良いことをナチュラルにいじってくる滝川そして谷山。
Oct.2022

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