No, I'm not. 26
翌日俺は、とうとうベースにギターを持ち込んだ。
そしたら会うなり松崎さんに頬をひっぱられた。
「あんたあたしたちが身を粉にして除霊をして回ってるっていうのに、ここで遊んでようってわけね!?」
「いあい~~~!」
「このサボり魔め……」
「隙あらばギターか……どうしようもないなお前は」
滝川さんと渋谷さんからも大顰蹙である。
ジョンと原さんとリンさんはほぼノーコメントだけど、まあ大賛成という訳ではないだろう。
「ちがうも……今日は夕方からバンドの集まりいくんだも……」
いつもより心なし幼く、可愛い子ぶって松崎さんや滝川さんに訴える。渋谷さんにそういうのは効かないので無駄だ。
「じゃあここで弾かないって誓えるわけ!?」
「え……えへ……イタァァーッ!!!」
もっかいしこたま頬をつねくられた。
「ま、麻衣さんは、することがあんまりあらしまへんさかい、きっと退屈なんとちゃいますか……?」
「うん退屈だった」
「いけしゃあしゃあと……」
なんとかフォローを絞り出したジョンに対してハキハキ感想を言うと、滝川さんが途端に呆れた。
「昨日は作曲をしようと思ったけど、どうにも変なインスピレーションが降ってきて……」
「ここまでアホだと思わなかったわーおじさん」
「今日は作詞でもしてなさいよもう……」
滝川さんと松崎さんが、頭痛が痛いなーみたいな顔をする。
原さんや渋谷さんとリンさんはすっかり俺を無いものとして、校舎の図面をホワイトボードに張り、今日行くところは……なんて話を始めていた。
朝のHRが終わったくらいの時間に、一人ベースを訪ねてきた人が居る。
返事をするとドアを開け、さらりと長い髪をなびかせてひっそりと顔を出したのは笠井さんだった。
「どうぞー」
入ってもいいか、とおずおず聞いてくるので笑って出迎えた。
俺は退屈してたので。
「笠井さんって学校まで自転車?電車?」
「え、ああ、バスと徒歩」
「そなんだー。どのくらいかかる?」
「家を出てから三十分くらいかな……じゃなくて!」
「はひ」
通学中音楽とか聴く?とかいう話に持ち込みたかった俺はしゅんとして笠井さんを見る。
「───あ、ごめん、せっかく色々話しかけてくれたのに……」
「いや、なんか聞きたいことあったんだよね?」
俺はわーい退屈しのぎだーって思ってたけど、笠井さんには気になることがあるに決まっていた。
ちょっと反省して冷静に笠井さんの話を聞く姿勢をとる。
「……除霊すすんでる?」
「全然かな?霊媒の人いわく、ここに霊なんかいないってさ」
「まさか!こんなに事件がおこってるのに」
「他に霊が見える人いないらしいんだよね」
滝川さんばりのリアクションにちょっと圧倒されて後ずさったので、パイプ椅子の背もたれにぎしりと体重をかけた。
「霊能者って全員ちょっと見えるんだと思ってたけど」
「ああ、普段から当たり前に見えるってことは少ないと思うよ。あんたとか、渋谷さんも霊能者じゃないの?」
「いやただのバイト。渋谷さんはどうなんだろね、ゴーストハンターとか本人は言ってるけど、陰陽師だとかなんとか、みんなが言ってたかも」
「陰陽師?へえ……すごい」
以前の森下邸で、女の霊の娘を認識させるためとかいってヒトガタを作った時、滝川さんたちが陰陽師だどうだって言ってたのを思い出す。
霊能者のなかでも、陰陽師はすごいのかな?と、笠井さんの反応を見て俺は改めて認識した。
「笠井さんは?霊は見えないの?」
「あたし?だめだめ、ESPの能力ないもん」
わあ、専門用語出てきた……。
バイト始めてそろそろ五カ月くらいになるけど、単なる事務員兼肉体労働としか考えてなかったので、あんまり知識ないんだよね。現場にいるときの注意とか、起こる現象への対処や推測とかはだんだん身についてきたけど。
産砂先生からの受け売りという超心理学についての解説を、笠井さんからちょびっと聞きつつも、俺これ覚えてられっかな……と頭を掻く。まあその都度渋谷さんに馬鹿にされながら指導される運命なのかも。
笠井さんは産砂先生のことを話すときだけ柔らかく笑った。
俺はその花の綻ぶ瞬間にほっとして、もうちょっとなんかできないかなとギターを取り出して弾いて歌を聴いてもらったところ、楽しんでもらえたみたいなのでちょっと嬉しくなった。
とはいえ、ベースに戻ってきた渋谷さんとリンさんの冷たいまなざしに笠井さんも凍り付いていたけれど。
いやこの顔は本当、ないわ。
俺に向けてだろうけど、せっかく笠井さんに元気出してもらえたのに……。
「笠井さん……?」
渋谷さんはドアを開けてすぐに笠井さんがいることに気づいたようだけど、笠井さんは急いで立ち上がる。
「あ、あたし、もう……いくね!」
「ごめんなんか、あの、またきてね……!」
渋谷さんとリンさんが若干笠井さんに戸惑っているのでほっときつつ、俺は笠井さんをドアのところまで行って見送り、廊下の先の方に声をかける。曲がる直前軽く手を振ってくれたので、次もなんとか慎重に来てほしいところだ。
「あーあ、二人が怖い顔するから」
「リンはともかく僕は怖い顔なんてしてない」
「リンさんはまあいつもと変わらないけど渋谷さんだって怖かった。怒ってただろ」
え、とリンさんが俺たち二人に戸惑ってる珍しい光景があったけど、俺は渋谷さんと言い合いをするのが忙しくて、リンさんの反応はあんまり味わえなかった。
「だいたい麻衣がギターを暢気に鳴らしているから、遊んでいるんだと思って呆れていただけだ」
「相談者が落ち込んでたから緊張をほぐしてたんですー!話を引き出してたんですー!」
「だからって歌う必要は?」
「ある。───音楽は時に言葉より雄弁に語る」
俺があんまりにも力説するもんだから、渋谷さんは音楽馬鹿に圧倒されて言葉を失った。
勝ちました俺の音楽への愛が。
ふん!と息を吐いて、ギターを仕舞う。
まあちょっとおふざけのつもりもあったので、松崎さんが怒りに来るより前に、証拠隠滅っと。
お昼になるよりもずいぶん早い段階で、皆は何も収獲がなさそうだと一度ベースに戻ってきた。
温かいコーヒーをそれぞれ飲みながら、ちょっとだけ休憩だ。
「それで、麻衣は笠井さんから話を引き出したんだろうな?」
「えー……なんだろ、笠井さんが言うには、今までスプーン曲げ反対派だった人たちのところにばっかり、変なことが起こってるっていってたな。それで、産砂先生にこっそり相談しに来る人が居たらしい」
「へえ」
意外といい情報だったのか、渋谷さんの冷たい目線が少しだけ和らいだ。
「あと、産砂先生のほうが、笠井さんよりそういうの詳しいみたい。今日もさ、PKとかESPとかなんか教えてもらったけどよくわかんなかったや……笠井さんはそれも全部産砂先生の受け売りって言ってたし」
「産砂先生はそういった学部にいたのかな……」
「さあ。女の先生って大体ここを出てるんじゃないかな、って笠井さんが言ってたけど、大学まではどうだろ」
滝川さんたちも興味深そうにこっちを見てたけど、そもそも笠井さんって誰?ってところから話がはじまった。
ところが、松崎さんはまずスプーン曲げ自体を信じていないようだった。
ユリ・ゲラーを象徴するスプーン曲げは、ペテンだったという認識が根強く残ってるからみたい。
「先入観?本人にいうなよーそれ、傷つくし」
「あんたすーぐ人の肩持っちゃって……素人はいいわね単純で」
「いや松崎さんが人のこと否定しすぎなんだって。黒田さんに閉じ込められたり、礼美ちゃんになかなか懐かれなかったじゃないかよ」
松崎さんは口を噤み、滝川さんが横で大笑いをした。原さんがこっそり顔を背けて笑っているのもちょっと見える。
「まあ、はっきり自分の意見が言えるところはカッコいいかもね」
「どういうつもりの慰めかしらぁ!?」
「よかったな~綾子、麻衣がわかってくれて」
「うるさい!」
ジョンが苦笑して、少し松崎さんを慰めるかのように、ユリ・ゲラーの話をしてくれた。
彼はやることが派手すぎて、ESPとPKのどちらも持ってるような力の使い方をたくさんしたそうだ。
普通はどちらも持ってるなんてことはなくて、どちらかに分類できて、日本語で言うと念力と超感覚みたいなのに分かれるそうだ。
ついて行けたのはそこまでで、以降の滝川さんとジョンの話は人の名前やアルファベットが多すぎたのでわからなかった。
「お前途中から聞いてなかっただろ」
「音楽はかしこまらず、何も考えずに聞き流すものだ」
「音楽じゃねえし」
「……ともかく───とりあえず重要なのは笠井さんが自分の能力を信じていたということだ」
俺が滝川さんにぷにぷにされてるのを渋谷さんが呆れた顔して受け流し、話の軌道を修正した。
「彼女は教師の攻撃を非常に不当だと感じていた。その結果が───」
「『呪い殺してやる』?」
「実際にできるかね?クラギーナぐらいのPK-LTならともかく」
「それはそうなんだが……───とにかく、今の状況をなんとかするほうが先だ。除霊にかかろう」
霊能者たちは結局真面目に、地道に、除霊をしてみる以外の方法はないと見て席を立ちあがった。
俺は今度こそ、さすがにギターは出さないでおこうと心に誓う。
next.
麻衣ちゃんが才能を発揮し始める回なので、こちらでは音楽馬鹿っぷりを発揮します。
笠井さんへの距離のつめ方が「どこ住み?」みたいな切り口でいくのが普通っぽいんだけど、ここでやると変。
Oct.2022