No, I'm not. 28
渋谷さん曰くヒトガタに見立てた人のところに悪霊が出る『厭魅』という呪法があるらしい。
確実に人と人とが関わってくる案件だな、というのが俺の印象。
それにしたって、よくこんだけの人数を呪ったものだ。
「神経質なお人やったら、影響を受けてしまいますね……自分にもなんぞあるんやないかって」
「そう……極端な例があのキツネ憑きの女の子だ」
解説を聞きながら感心してた俺は、ジョンと渋谷さんの会話から、全部が全部本当に呪いってわけではないのかと胸をなでおろす。いや、でもやっぱり、呪っている数は相当だと思うけど。
それに、渋谷さんのこともだ。
皆は呪っているのは笠井さんだろうと口々に言うけど、渋谷さんは一番怪しいのは彼女だといいながらも断定はせず、ヒトガタ探しをすると言い出した。
犯人である笠井さんを問い詰めればいい話かもしれないが、渋谷さんがまだ決定してないのだから仕方がない。かといって呪いをそのままにしていればいずれ死者が出かねないって話だ。
「おいおいおいっどんだけの広さがあると思ってんのよ!ぜんぶ掘り返せって!?」
滝川さんは途方もない探し物に声をあげる。
学生会館建設予定地という空地まであるので、相当な敷地となるらしい。
そういえばフェンスで囲われた場所があったなーと思い出す。
「少なくとも犯人が僕のヒトガタを埋めたのは、この二、三日のはずだ。まだ埋めた跡がわかるだろう」
「そーでなくて!」
「やりたくなければ帰るか?」
「……ヤリマス」
ぎろり、と美形に睨まれて怯む二十五歳の姿がそこにはあった。
すごすごと会議室を後にする滝川さんに続き、皆も出ていく。
出遅れた俺は渋谷さんとリンさんについてくことにした。
高橋さんのクラスは本来授業中の時間だけど、移動時間みたいで誰もいなかった。
一応緊急ということで、たとえ授業をしてたとしても席を運び出すくらいのことはしそうだけど。
「───あった」
「……よくできています。間違いなく厭魅ですね。ただこれは、特定の個人ではなくこの先の所有者を呪うためのもののようです」
「だろうな」
机の中を漁り何かをはがすような仕草をした渋谷さんの手にあったものは、リンさんに渡された。
野次馬よろしく覗き込み、セロハンテープで十字に引っ付けられていたみたいなヒトガタを見る。
「なんで所有者?はた迷惑な……席に恨みがあるってこと?」
「席に座る人の名前が解らなかったのかもしれません」
「この分だと、陸上部の部室にもあるだろう。あれは部全体を狙ったものだ」
リンさんの考えに渋谷さんが頷き、俺たちは次に向かったのは陸上部の部室だ。
たしかおかしな悪戯があるって言ってたよな。
幸いこちらも授業中ということで無人だった。借りてきた鍵で開けて中に入り、床下か天井か、と考えている二人に倣って俺も周囲を見回す。
部室の床はコンクリートだったので、天井だろうか。それともロッカーの上とか、と思ったら部屋の隅の床に亀裂が入っていた。
「そこ割れてる」
「どうした?」
報告したはいいけど自分で向かって、床の隙間に手を入れる。
厚いコンクリートが持ち上がり、地面が現れた。
手で撫でてみるとそこまで固くはなさそうだ。そのまま軽く力を込めて土をどかしてみると案外簡単に掘り起こせる。
やがて指先には固い板みたいな感触がぶつかり、念のため傷つけないように周囲を掘って取り出すと、さっき渋谷さんが見つけたものと同じようなヒトガタが見つかった。
「よくやった。やはり、厭魅に間違いないな」
渋谷さんは席と陸上部の延長線に犯人がいるに違いないとあたりを付けた。
リンさんはそのままヒトガタ探しに回され、俺は高橋さんに話を聞きに行けと言われてそれぞれ大人しく指示に従う。
高橋さんのクラスに戻ってみれば丁度休み時間だったのでクラスにいた。
「会議室から出てるの珍しいじゃん、どうしたのー」
俺の姿を見ると、にこにこ笑って近づいてきてくれる。
他の子たちも、俺を調査員だと思って興味深そうに見ていた。
「席について聞きたいことあってー。一番最初に座って事故にあったのって誰だったかわかる?」
「たしか……村山さんだよね」
「そうそう。今日は休みだけど」
本人に直接聞く気はなかったけど、休みならこれ幸いと、クラスメイトたちにどんな子だったのかを聞いてみる。
とはいえ皆も当たり障りないことしか知らないようだ。
「うーん、部活とか委員会は?」
「文芸部だけど、委員会とかは入ってなかったかな」
「陸上部じゃないのかー」
「?」
村山さんが恨まれているのだとしたら、どこかに犯人とか陸上部につながりがあるかと思いきや特になさそう。
「ほらこの騒動、笠井さんの騒動があってからみたいな話あったろ?この席と陸上部全体の異常はどうにも接点見えないなあって」
漠然と聞くだけじゃ情報が出ないなあと思ったので、噂になっていることをネタに切り込んでみることにした。
「あ、陸上部なら顧問からして笠井さんに否定的だったよ。部全体に伝染しててさあ」
「!そうなんだ」
「───あ、村山さんも、超能力に否定的だったよね?」
「そうそう、あたしたちが笠井さんを何度か教室に引っ張り込んでスプーン曲げ見せてもらったときも、大声ではっきり笠井さんに文句言ってたしね」
「それだけじゃないよ、産砂先生にも言ってた」
笠井さんをきっかけに、口々に情報を出してくれる人たちに圧倒されながら、俺は必死でその内容を記憶した。
「村山さんも気が強いよね。笠井さんなんて一時期同じ部活の先輩だったわけだし」
「生物部?」
「いや、笠井さんが文芸部に入ってた時期があったの」
「陸上部と言えば、元部員の三年生だって笠井さんのクラスメイトにいっぱいいたから、いじめてたとか聞くしね」
休み時間が終わるまでの数分程度の間に、笠井さんを中心とした話題がたくさん湧いてでた。いいたかないが、やっぱり笠井さんは渦中にいるんだろう。人の意識の中にも、呪いのなかにも。
「笠井さんの周りで起きていることは確かなのに、腑に落ちないな」
「なー」
俺はベースに行って渋谷さんに話をしながら資料をまとめる。
「それにしても、なぜ僕にまで呪詛が?」
「……笠井さんに嫌われてる感じしないのにね。てか渋谷さんが陰陽師なんじゃないかって話したらすごいって喜んでたし」
「……僕が、なんだって?」
「渋谷さんが陰陽師」
俺はへらへら笑って、個人情報の流出を告白した。
「なんでそうなるんだ」
「ちがうの?」
「ちがう」
どうしてそんな勘違いに陥ったのかと聞かれればそりゃ、俺がしたんじゃなくて滝川さんと松崎さんがそう言ってたからとしか言いようがない。
夏の事件の時にヒトガタを使ってたことで、それは陰陽師にしかできない事だとかうんたらかんたら。
「あれを作ったのはリンだ」
「へえ……じゃあ、まったくの勘違いだな。今度訂正しとくよ」
「───そうしてくれ。いや待て、笠井さんが僕を陰陽師だと思っているということか」
「それって恨まれることなの?」
「呪いは返せるものがあるからな」
俺はぽかんとした顔をさらけ出す。え、じゃあ俺は間違った話を鵜呑みにし、人に話し、結果的に関係ない渋谷さんに被害が行ったってこと?
「ご、ごめん……なさい」
「……ますます、笠井さんが犯人の可能性が高くなったな」
「でも笠井さんは犯人じゃないと思うなー……」
俺だけがこうして言ってたって仕方ないけど、悪態をつくように呟く。
「何が気がかりなんだ?ここまで情報が揃っていて」
「気がかり……うーん、そういうわけじゃないんだけど」
俺は行儀悪く膝を抱え込み、パイプ椅子に踵をひっかけて爪先を上下にした。
渋谷さんの観察するような目つきが、ちょっと居心地悪い。
「笠井さんはさ、歌に耳を傾けて楽しんでくれたんだよ」
「……」
「たくさんの人を呪いながら、些細なことに感動ってできるのかな」
最初は張りつめた空気をまとっていたのが、何度か顔を出してくうちに笑うようになったり。
純粋に、自分のせいなんじゃないかと気を揉んでたり。
なにより、俺の歌に聴き入るということは、俺に心を開いてくれたんだと思ってる。
───だから彼女に嘘はないのだと俺には感じられた。
next.
女子高の王子様みたいに囲まれてくれ……。
ちょっと思ったんだけど原作で麻衣ちゃんが絶対に笠井さんじゃないと言い張らなくてもあの段階ではナルだって断定はしないと思ったので、今回はノーコメントにしました。
後から個人の感想としてはいうけど。
Oct.2022