I am.


No, I'm not. 29


渋谷さんはまだ少し調べることがあるから、俺にヒトガタ探しに回るように言って席を立つ。またソロ活動か。いいんだけどさ。

やっぱりヒトガタを埋めるといったら外だろうと決めつけて外に出た。
リンさんは天井裏もあり得るとか言ってたけど、そこを探すのは後回しでいいだろう。
昇降口のそばの花壇から、校門の脇の植え込み、校庭のまわりをぐるりと一周し、校舎の隅に目を走らせて……ああ、目が回ってきた。
校舎に出入りできる掃き出し窓のところに、コンクリートでできた三段ほどの階段がある。
休憩とばかりに、どちっと座って膝に腕を乗せて頬杖をついた。
視界に入るフェンスの向こうには、学生会館建設予定地となる空地が広がっていた。ぼうぼうに草の生えたあたりなので、埋め放題かもしれないけど、やがて工事が入ると考えたら下手に手出しはできないかな。
「んーんーん……?」
一人で暇になって何も考えることがないと、つい鼻歌が混じってしまう。
歩み寄ったフェンスに顔をくちゃっとくっつけて、中をのぞく。
一部コンクリートになった場所があり、ぽっかり穴みたいなものが見えた。
多分マンホールだろう───ヒトガタ、投げ入れやすそうだな。

フェンスに覆われて立ち入り禁止と書かれていようと俺を阻む理由にはならない。
堂々中に立ち入り、草を踏みしめて近づく。
「あ、怪しい……」
マンホールのフタは、少しだけずれていた。
隙間に詰まっていた土が外に散らかっている。
カメラで撮って、皆にここ探したかって聞こうとしてしゃがみこんだ。
渋谷さん以外、誰の連絡先も知らないな……って。こういう時のためのインカムだったのに、今日に限ってつけてないしよー。
「あ、もしもぉし」
『なんだ』
「どこにいる?学校にいる?」
『まだ学校にいるが、なに?』
仕方なく渋谷さんに連絡を取ってみることにした。
そして、これ見よがしにフタがちょっと開いたマンホールがあることと、一人じゃ見に行きたくないことを至極まっとうな理由をつけて語る。
「誰の連絡先も知らないしさー、渋谷さん連絡とって誰かよこしてくんないかな」
『わかった。リンを行かせる』
即決で売りに出されるリンさんだけど、この上なく頼もしい人選であった。

その後待っていたら、十分もせずにリンさんがハシゴやらロープやらライトやらをもって現れた。
「おつかれさまでーす」
「ここですか。……たしかに、ヒトガタを投げ入れるだけで事足りますね」
まじまじと俺の足元にあるマンホールを見る。
「最初からこのくらい開いてたの。怪しいでしょ」
「そうですね。どかしてみます」
非力な俺一人では蓋をどかせなかった───というよりはすぐ諦めたので、リンさんと一緒にどかすことにする。
ライトを当てて中を見るリンさんの後ろから俺も覗き込んだ。
そこまで深さはないようだけど、下に瓦礫がありそうだというので、下手に一人で降りていかなくてよかったと安堵する。
「中にもハシゴあるみたいだけどー」
「劣化している可能性も考えて、こちらを使います」
「長さ足りそ?」
「ええ」
持ってきたハシゴを組み立てたあと、手伝いながらマンホールの中に下ろしていく。
障害物のなさそうな平らな場所に下ろして、滑らないかを確認した後、リンさんがゆっくり下に行くのを上で見守った。
地面に辿り着いたらしいリンさんが、周囲を照らしながら確認に行き、視界から消えた。
そして五分ほどで下から俺に声をかけてくる。
「谷山さん、上ります」
「りょうかーい」
気休め程度だがハシゴの上を支えて、慎重に上がってくるリンさんを待つ。
光が当たる場所までくると、リンさんの腰に袋をぶら下がっているのが見えた。
ライトを入れてた程度だったはずのそこは、明らかに膨れている。俺が言わずともリンさんはその中を開けたので、覗き込む。
中にはさっき二件見たヒトガタと同じようなものがこんもり入っていた。
「わあ……こんなにたくさん」
袋を預かりながらリンさんが渋谷さんに連絡を入れてるのを眺める。
ありました、とか、わかりました、という言葉少なに電話を終えると、今度は俺を見た。
「相談者に該当するかどうかを確かめるので、ベースに戻りましょう」
「はーい。そうだ、リンさん今日みたいなこともあるだろうから、連絡先、教えて、クダサイ」
提案しているうちにだんだん自信がなくなってきて、とってつけたような敬語になる。
初対面からバチバチに嫌われてた自覚はあるし、その後もなるべく関わりたくなさそうにしてたけど、こうやって現場に来ればそうも言ってられないわけで。
頭でいろいろと並べ立てているうちに、リンさんはスマートフォンを操作しだす。
「谷山さんの番号は?」
「あ、×××───」
「何かある場合はこちらにかけてください」
「了解」
すぐに俺のスマホに着信があり、切られた。きっとこれがリンさんの電話番号なんだな。
ここで拒否されるほど感じ悪かったらどうしてくれようかと思ってた。
他の霊能者は……うーん、まあいっか。渋谷さんかリンさんに連絡取れれば。


ハシゴを車に置きに行ってから戻るというリンさんに代わって、俺がヒトガタをもって先にベースに行く。
渋谷さんは当然待ち構えていて、他のみんなも呼び戻したみたいだ。
「マンホールの中ねえ、盲点だったわ」
「褒めてー」
「ヨシャシャシャ」
「えろう助かりました」
滝川さんは俺が見つけてきた場所に驚くので、すごかろうと胸を張る。
よしよしと頭をかき混ぜられて、とってこいに成功した犬のように愛でられる横で、ジョンが優しく労ってくれた。

名前を控えた後は焼くか水に流すかで処理すればいいというので、外に行って処理をする。
「それで?この後どうすんのよ」
「やったお人にきちんとお話せんと、続いてしまいますやろね……」
「ああ。犯人には僕が話をつけるから、今回の調査はこれで終わりだ」
「は?」
夕焼け小焼けーと暢気に紫いろの雲を見ていた俺をよそに、話は進んでいく。
渋谷さんは犯人を誰にも知らせたくないんだろうけど、その配慮をこのメンバーでするのはもはや無理だろうよ。
滝川さんは一応依頼を受けた体でいるし、松崎さんは持ち前の気の強さで突っぱねる。ジョンや原さんだって、はいそうですかと二人だけ辞退することもないだろう。

結局全員でベースに戻ってきて、笠井さんと高橋さんを呼び出した。
「高橋さん、それに笠井さん。二人とも、僕が陰陽師だという話を聞いた?」
「なにそれ?」
「きいたよ」
高橋さんはわからないだろう。笠井さんには俺が言ったので、すぐに答えがある。
「笠井さん、それを誰かに話した?」
「うん、恵先生に……いけなかった?」
きょとん、とした笠井さんは素直に、産砂先生に話したことを認めた。
俺が聞いてた感じと一致する。
「笠井さんは例の席の最初の被害者……村山さんのことを知っているね?」
「あ、うん……二年の時文芸部でちょっとだけ一緒だったから」
「そう、わかった。ありがとうございました、もう結構です」
高橋さんも笠井さんもそれだけ?と驚いている。
俺や滝川さんのことを見ながら、教室を出ていいものか、おずおずと立ち上がった。
ニコニコしながら手を振ると、ためらいがちに振り返して二人は去る。
滝川さんや松崎さんはすっかり笠井さんが犯人だと思っていたみたいで、でも声をあげるにあげられず、ドアが閉まって数秒耐えたのちに渋谷さんに詰め寄った。
「おい、お前ここまできて何も言わないつもりかよ?」
「何よさっきの確認は!」
「……まだ確認が終わっていない───どうぞ」
うんざり、といった様子の渋谷さん。途中でノックが聞こえてきたので返事をすると開けられる。
ここに居なかったリンさんが呼びに行っていたのだろう人物。
「お呼びだとうかがってきたのですが……」
「ええ、どうぞ。おかけください」
渋谷さんの声に従い椅子に座ったのは産砂先生だった。


next.

マンホールのフタを動かすとき指先酷使したくないという一心で早々に諦めた。
主人公が呪われてないのは、勘を発揮していると認知されていないから。
Oct.2022

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