I am.


No, I'm not. 30


ずっと不思議だった。
笠井さんが呪いの犯人ではないなら、産砂先生なんじゃないかって思うのに、理由も、出来る根拠も見当たらない。
けれど渋谷さんが調べた、かつてゲラリーニと呼ばれた人たちがペテンを使う様子を暴かれた雑誌の記事に、産砂先生がいたことで判明する。
彼女はかつて超能力を持っていた。次第に力は弱まり、雑誌の記者の圧から逃れられず、仕方なく使ったトリックをまんまとすっぱ抜かれたみたいだ。
産砂先生はその悔しさと、恨みをずっと心のどこかに抱えていた。
笠井さんがスプーンを曲げたこと、一躍有名になってしまったこと、そして力が弱まってきてしまったことを、あたかも自分のことのように感じたんじゃないだろうか。
だから笠井さんを守ってあげたいと思っていたし、───自分の力を信じない、理解しようとしない、身勝手な人間たちへの憎悪を膨らませた。
人に嫌なことをされたから、自分も嫌なことをし返すというのは、本来イコールでは繋がらないのに。
結局、守ろうとしていたつもりの生徒に罪を擦りつけるようにして自身を正当化させ、関係ない人間まで呪うようになってしまった彼女は、まともな思考力を失っていたんだと思う。


「───あ、まだいた!」
学校から去る日、ベースには笠井さんが駆け込むようにしてやってきた。
「や。どしたの」
「もう帰っちゃうって聞いて……調査、終わったんだって?」
「うん。万事解決だから、心配しなさんな」
ブイサインをして笑うと、笠井さんはくすりと笑う。
後ろでは片付けに精を出す連中がいるけど、お客さんの対応は俺の仕事だからサボりじゃないもんね。この隙に撤収準備を済ませてくれるとありがたい。まあ、今回は片づけるほど荷物はないけどさ。
「あんたがさ、勘でもあたしのせいじゃないって言ってくれたの……すごく嬉しかった」
「そ?大当たりだったろ」
得意げに笑うと、笠井さんはこくりと頷く。
事件の様相はきっと秘匿され、産砂先生は自己都合か何かで休職となっているだろう。
それを笠井さんがどう捉えたかはわからない。
「今まで辛かったね」
「え……、」
「でも、これから何でもない日が一日ずつ続いてくから……!!?な、泣くなよう~~~!!ごめえん」
やっぱり俺言葉で励ますの向いてないのかも。
泣き出した笠井さんに慌てて謝る。
「……ぅ……、ちがうの……でも」
「うんうん?」
「ここに来ても、もうあんたの歌聴けないんだなって思ったら、さびし」
涙を拭いながら笑った笠井さんに、俺は一瞬驚いたけど理解して嬉しくなってくる。
そうだ、と思ってギターケースを引っ張り出して、中のポケットにしまい込んでる今度のライブチケットを取り出した。ちょっと皺ついてたのでのばしのばし。
「これ、よかったらあげる」
「え?」
「おすすめのバンド」
自分のバンドだけどおすすめなので嘘ではない。
俺は歌を披露しないけれど、それでも生のバンド演奏ってすごい気分上がるから。
「───は!?それ、Rainのライブのチケットじゃねーかよ!?!?」
「うわうるさ……」
「麻衣ぃ!なんでお前がそれ持ってるんだ!?」
俺が女の子を泣かしているって覗きに来ていた面々の中でも、特に滝川さんが声をあげる。
腕が肩に回ってきて、即完でもう買えないんだぞ、と耳元で騒いでくる。
本当は滝川さんにあげようと思っていたことはナイショだ。多分泣くし、言わなくてももう半分泣いてた。
「……えっと、レアなやつ?」
「そ。もう、ちょー人気バンドだよ」
滝川さんのそれは誇大表現な気がするけど、悪い気分はしない。
「麻衣も会場にいるの?」
「うん、いくー。人多いかもだけど、探して会いに行くよ」
あ、予定大丈夫そう?と恐る恐る聞いてみる。
もし予定があって駄目だったら、こちらのオジサンがチケット流れてこないか見てるけど。
「絶対行く」
滝川さんは崩れ落ちた。松崎さんからは意地汚いと言われているが、わんわん泣きまねをしている。
わかったわかった今度ね、と心の中で言い訳しながら、笠井さんにこっそり耳打ちする。
「笠井さんが歌聴いてくれたの嬉しかった。だから、お揃い」
やっぱり歌って、音楽って、不思議な力があるんだなあ。
俺は今度のライブがんばるぞーっと意気込み、笑顔になった笠井さんに見送られて学校を後にした。


三日後、ライブでは大盛況のまま終え、ライブ後の打ち上げも欠席して笠井さんを探す。
一枚で二人入れるチケットなので、誰誘ったかと思えば高橋さんが一緒にいた。なんだかんだ調査で関わってたし、笠井さん同様にたまにベースに顔を出していたからそこから交流が生まれたんだと思う。
「あ、麻衣!ライブ中は見つけられなかった……!」
「だろうね~。ライブ、楽しめた?」
「すっごく楽しかった……なんか、すごいね」
「うんうん!ホント、さんきゅーね!あたしも一度はRainのライブ、見てみたかったの」
観客の声うれしーと思いながら二人の、興奮冷めやらぬ雰囲気を存分に浴びる。
打ち上げ欠席した甲斐があったというもんです。
「ねねね、今度はさ、ノリオのライブ三人でいこーよ」
「おお、いいねえ。笠井さんはどう?」
「いいの?あの、滝川さんって人だよね?ちょっと気になるな」
笠井さんを見事にライブの沼に落とし込めた気がして、俺と高橋さんはにたりと笑う。
オキニのバンドが見つかるといいし、なんだったら俺のバンドを気に入ってくれてもオッケーだ。
とはいえずっとハマってくれなくたっていい。こうしてたまたま来てくれた時、周囲の喧騒に浮かれて、身体も心も勝手に動き出すみたいなひと時を一瞬でも感じてもらえれば。
「こういうとこよく知らなかったけど、なんかいいもんだね」
「だろー」
夜道を三人で歩きながら、笠井さんのその一言に心底嬉しくなった。


ところ変わって、SPRのオフィスでは、霊能者のみんなが集まりお茶をしていた。
森下邸の後もそうだったけど、調査の後に反省会ならぬ慰労会が開かれるみたいになっていた。
まあライブの後って打ち上げするしな。
「なーんか後味の悪い事件だったなー」
「ですね……」
「いーじゃないのよ、もう済んだことなんだからさあ」
「松崎さんて本当にお気楽ですのね」
滝川さんとジョンが少し沈んでいて、その後あっけからんとした松崎さん、松崎さんに呆れる原さんの図。
俺は順繰りに顔を見てから、こてんと首を傾げる。
「……いいよなあ、お前はRainのライブ行って楽しんできちゃってもー」
「麻衣だけ普通にただ友達作っただけだったわよね、本当のお気楽ってこういう奴よ」
「そうかもしれませんわね」
「すぐ人をオチにするー。悪いことしてないし」
「麻衣さんのおかげで、笠井さんは元気にならはったんとちゃいますか」
そうだろう、そうだろう、とジョンの言葉に頷くと滝川さんがじっと俺を見てからため息を吐く。
「お嬢ちゃんが元気になったのだってRainのライブのおかげもあるんだろうなー」
ならやっぱり俺のおかげだろ。口にはださないが。
「たかがバンドのライブでしょ?根に持ちすぎだし、期待しすぎじゃない?」
「はあ~綾子にはわかんないだろうけど!インディーズでもRainは知名度もあってだな。メンバーもそれぞれ腕が立つの!中でもベースとギターは」
「あーウルサイウルサイ、わかんないわよ音楽の話なんて」
「二人とも騒ぐんじゃなーい!」
段々ヒートアップして行ってさらには多分俺が一番デカイ声で注意した。
騒いだら渋谷さんに怒られるんだよ、俺が。
「麻衣」
「……ゥ~ウ……」
渋谷さんが所長室から出てきて一番に俺を呼びつけるので、ひきつった声をあげる。
縮こまった俺に、皆の憐憫の眼差しが刺さった。
「これからちょっとした実験に協力してもらう」
「短い人生だった───」
はあ、とため息を吐きながら渋谷さんに向き合う。
とうとう人体実験に使われるの……か……。
渋谷さんが空いた席に座るので、俺も向かいに座り直す。
テーブルの上に置かれたのは四つのスイッチとライトが並ぶ機械だ。
「死刑のやつ……?」
「馬鹿。サイ能力のテストだ」
「はあ?」
サイってサイキックのサイだよな?俺には動物のサイの方がまだ身近だけど、さすがにこのバイト先の名前は忘れてない。
「この機械が四つのライトのうちどれかを勝手に光らせる。どれが光るかを予想してスイッチを押すんだ。できるな?」
疑問系で投げかけたくせに、間髪入れずに始められたので、俺はもうポチポチ押すしかなくなった。
ほぼ無心で何も考えずに押してるけど、全然当たらない。
「えー、全然ヒットしないんだけど??」
最初のうちは当たらなすぎてみんなが笑いながら野次を飛ばしてきたのに、どんどん呆れや飽きが見えてくる。別に俺は人を楽しませたいというわけではないが、……自分が一番つまんないです。
「ねえこれ何回やるの~」
「まだ」
「きち~」
体感では一時間くらいやってた気がする。
外も心なし、日が暮れてない……?
結局渋谷さんが終わりをコールするまで、俺は一度も当てることができなかった。
「……おー、スッゲー。ぜんっぶスカ。天才だ」
「マークシートのテストを鉛筆転がして受けたらだめってことか……?」
「だな。お勉強がんばんなさい」
滝川さんが拍手のあと、項垂れる俺の頭をぽふぽふ叩いた。
「才能ないな~アハハ」
「才能ならある。───ESPのな」
「は?」
「センシティブだ。潜在的に。つまり、麻衣は超能力者」
「えー……」
俺は頬をべちっと叩いて、それからべろんと下に引っ張る。
滝川さんや松崎さん、ひいてはジョンや原さんまで俺以上に驚いているけれど。
渋谷さんいわく、千回もやれば普通は四分の一である二十五パーセントは当たるのに、それが一切ないということはもうおかしな勘が備わっているということになる。
ていうか何も言わずに千回やらせたのかよ。こいつ鬼だ。
「最近、やけに勘が冴えているなと思ったんだ」
「ええ?でも今回もヒトガタ見つけてきた以外は別に役立たずだったじゃない」
「いや、麻衣には才能あると思うぜ。前回の事件でもチビちゃん以外に子供がいるって感じ取ったりしていたわけだろ?」
火災があったときも子供の影を一人だけ見ている、と滝川さんに指摘されて、俺のたまたま霊を目撃しただけの偶然がここへ来て大きな意味を持つ。
「滝川さん、見ていないようで見ているな」
「まあね」
滝川さんと渋谷さんは賢い男のフリをしてニヒルに笑いあう。
「おそらく麻衣はギターを弾いたり曲を作ろうと物思いに耽り───なにかに没頭した時才能を発揮しているんだと思う」
「だな、校舎内の鬼火を見たときも作曲しようとしてたんだったか」
「だが結局、本人が調査の内容にさして興味がないので僕たちに情報が入ってこない───つまりは音楽バカ」
「えへへ、照れちゃうな」
ナルに褒められちった……と思って後頭部を掻いた。
褒めたつもりはないみたいで、わけわからない顔して見られたけど。



next.

音楽に没頭することでインスピレーションを迎えに行ってる系ESP。
だから最初、寝てもないのに変な夢見てて、自分の中での葛藤みたいなのが麻衣ちゃんより大きいと思う。
Oct.2022

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