No, I'm not. 33
平日の放課後に堂々私服でバイト先に現れても、渋谷さんは気にせずお茶を入れろと命令を飛ばす。学校をサボったのか、家で着替えてきたのか、そんなことはどうでも良いらしい。相変わらず楽な仕事だよなあ、と普段の調査のことはさておき事務員バイトには満足している。
リンさんの姿は見えないけどきっと資料室だろう。わざわざ訪ねてお茶を入れるほどやる気のあるバイトじゃないので基本的にはスルーだ。出てきて目があえば聞くけど。
「───あれ、名刺だ。緑陵高校……?」
「ああ、昨日来た。断ったけど保管」
「はーい」
鞄を置いてお茶を入れてこようとしたところで、事務員用デスクに名詞が置いてあったので尋ねる。
いつも通りの対応でいいだろう、と一度名刺を置いてから上司へのお茶の準備にいそいそと取り掛かった。
「学校関係から依頼を断るの珍しいんじゃない?」
「新聞を読んでないのか?マスコミ沙汰になるような事件はさけたい」
お茶を出しながら聞くと、にべもない回答。
新聞や雑誌の切り抜きをファイリングさせられることもあったけど、内容なんていちいち覚えてたりしないし。渋谷さんの口ぶりからすると紙面をにぎわせてるってことか。
俺は事務所に置いてある新聞をどれどれ、と開いたところで、でかでかと記事になっているのを見つけておっと目を丸める。
「すご」
初めて見たみたいな反応に、呆れすら返ってこない。
その時カランっとドアについてベルがなり、来客を告げる。
「あのー」
「はい、ご依頼ですか?」
同時に人の声がして振り向くと、おずおずと事務所の中に入ってくる青年がいた。
眼鏡に清潔感のある短髪、きっちりボタンを閉めた詰襟。コートを畳んで手に持った、見るからに礼儀正しいスマートな学生だ。面接会場……?
俺は客人を出迎え、コートはコート掛けがあるので預かり、鞄は預かるかを聞いて辞退されたのでそのままにソファへ案内した。
一瞬俺の若さに驚いてたけど、ソファにいる渋谷さんを見てさらに目を瞠る。けど大した動揺も見せず、渋谷さんに促されてソファに座った。
「緑陵高校の生徒会長をしています。安原修といいます」
緑陵って昨日断ったとこじゃないか、と改めてこっそり新聞の紙面を盗み見る。そこには『集団ヒステリーか?また高校で怪事件』という見出しがある。
とはいえ新聞を読むよりも、客人と渋谷さんの会話の方が耳に入ってきてしまって集中できないんだが。
渋谷さんが断ったのだって、事件がどう考えても気のせいとか興味が持てないとかではなくて、こういうメディアに晒された場所に行きたくないからってだけみたいで、生徒からの署名と生徒会長の真摯なお願いによって揺らいでた。
「……麻衣、緑陵高校に電話してくれ。依頼をお引き受けします、と」
案外情に厚いやつだ。
さっきしまおうと思ってた名刺をまだしまっていなかったので、新聞を置いて立ち上がり、目があった客人───安原さんに目くばせをして笑い合った。
渋谷さんは今回初めから知り合いの霊能者全員に声をかけたらしい。原さんとジョンだけはどうしても予定が会わなくて後から合流になるけど、俺と滝川さんと渋谷さんがまず行って予備調査、そのあと機材と松崎さんを積んでリンさんが後からやってくる手はずだ。
緑陵高校はなんの変哲もない街の中の小高い場所にあり、周囲を木々に囲まれていた。
俺は最後のライブにむけての練習がある為通いでの参加となっていて、滝川さんたちとは別でここまでやってきた。
来校者入り口に入り、事務員に聞けばじろじろと見られながら来校章をもらう。
「谷山さん」
どこへ行けばいいんだったかな、と不躾な視線を受けながら校舎内へ入ると呼び止められる。そこには安原さんがいて、どうやら俺を迎えに来てくれたらしい。
「ようこそお越しくださいました。今、渋谷さんたちは校長室に行っていますよ」
「ああ、挨拶してきたほうがいいかな」
「わざわざ顔を合わせなくても大丈夫ですよ、これからいらっしゃる方々についても報告されてますし」
「そっかー」
安原さんがベースとして確保されてる部屋まで案内してくれるので、これ幸いとついていく。
電話の感じも安原さんの口ぶりでも、校長って良い人じゃないっぽいし。
ベースで待っているとわりとすぐに廊下から話声がして、ドアが開く。案内してくれる先生がいて、その後ろに渋谷さんと滝川さんがいた。
「お待ちしてました」
「こんにちはー」
「安原!お前授業は」
「三年はもう短縮授業ですから」
受験は、と口うるさく高圧的に聞いてくる先生に、俺はすぐ苦手意識を持ち安原さんの後ろにちょびっと身体を隠す。しかしすぐに目をつけられた。
「おまえは」
「渋谷サイキックリサーチの事務員です」
「としは?いくつだ」
「?十六」
「学校はどうした?サボりか?どこの高校だ、言ってみろ」
なんだこいつ、と思いつつも依頼人関係者なので無視するのもどうかと思い答えていく。
学校には許可もらっているというと、弛いだのなんだの、いちゃもんつけてきた。
滝川さんがこの先生を無視して渋谷さんに仕事の話をしだすので、俺も次第に追及から逃れる。
安原さんが事件にかかわった生徒を呼んでくる役目を担ってくれたんだけど、この学校本当に職員が非協力的なんだなあと思った。前回湯浅高校に行った時は、学校が配慮して関係者には自主的に相談に行くようにと通達が回っていたってのに。
「手っ取り早くやってくれ、俺も忙しいんでな!」
「先生はお帰りくださって結構です」
「そうはいかん、生徒を管理するのが俺の仕事だ」
進学校って頭が固くて容量が悪いんだな。生徒は違うようだけど。
渋谷さんと先生の会話はどんどん不穏になっていく。
生徒を呼んで話を聞くにしても、この先生の前じゃ言いたくても言えないだろうってことは渋谷さんもわかっている。だからこそプライバシーを尊重して追い出そうと言葉を重ねた。
「俺がいちゃ都合の悪いことでもやらかすつもりか?俺は霊能者なんかを学校に入れた奴の言い分が聞きたいんだ」
生徒の署名でそうなったから、その生徒をあぶりだそうとしているんだろう。
けれど、渋谷さんは冷たく言い放った。
「では校長室へどうぞ」
俺は思わずヒュゥと口笛を吹くし、滝川さんはぷっと笑い出した。
「そりゃそうだ、依頼したのは校長だもんな」
「~~~~っ、構わんさ!何かあったら校長の責任だからな!!!」
顔を真っ赤にして逃げていった先生の後姿にバイバーイと手を振って見送った。そしてその手でドアを不躾に指差す。
「あいつなに?」
「松山センセ。生活指導だとよー」
「だるそー」
俺は紹介を受けてないので聞くと、滝川さんが苦笑しながら教えてくれた。
ここに来るまでも、二人に俺みたいな質問が飛んできたんだろう。
「俺としては、所長サマの毒舌がいつ飛び出すか楽しみにしてたんだけどなー」
「豚に説教しても意味がない」
ぱちぱちと拍手する横で、安原さんは指を顎に添えて感心。
滝川さんは悪口のボキャブラリーにドン引きだった。
改めて安原さんに事件関係者の生徒を連れてきてもらおうとしたところで、今度は廊下の方が騒がしくなる。
机やドアがぶつかるような音と、悲鳴だ。
滝川さんが血相変えて廊下に出ていき、走っていくのを追いかける。
前方にある教室から逃げたように出てきて廊下に座り込む女子生徒が見えて駆け寄った。
「どうした、何があった」
「い───犬がっ!」
「……例の犬か」
新聞記事でも取り上げられていた、授業中に犬にかまれたという事件の話を思い浮かべた。クラスの生徒はほぼ全員見ていて大騒ぎになったというのに先生は犬を見ていないと言ったらしい。
渋谷さんと滝川さんが教室の中に入っていくので、俺もその後ろから見える範囲で身体を傾けて中をのぞく。
恐怖や戸惑うざわめきの中に、動物特有の呼吸音までしてきた。
なぎ倒された机や椅子、散らばるノートや教科書に文具。その中に、黒い犬がいる。
普通の興奮よりも、もっと逸脱した目つきに見えた。
「廊下に戻れ!」
咆哮をあげた犬がとびかかってきて、滝川さんが瞬時に注意して二人が廊下に出てくる。
俺と安原さんは座り込む女子生徒に寄り添っていたので、ドアから飛び出してきた犬の身体がありありと見えた。それは壁に激突したり、床に着地することなく、宙に透けて消えていく。
呆然と見上げていると、騒ぎを聞きつけて廊下に出てきた他クラスの生徒にもその犬が見えていたようで、悲鳴が上がった。
先生たちは教室に戻るよう指示したけど、パニックに陥った生徒たちはそう簡単には静かにならなかった。
俺は怪我を心配されたけどもちろん触ってもいないので問題なかった。ただ、寄り添っていた少女は足に噛みつかれでもしたのか、血が出ていた。
ぶるぶる震えているので、きっと立って歩くのもしんどいだろう。背中を向けると、おずおずとだけど肩に腕が回される。
「保健室に行こうか。病院に行ったほうがいいのかもしれないけど」
「大丈夫?」
安原さんも一緒になって、怪我を負った女子生徒を心配している。
「……安原さん、怪談に関係した生徒を事件ごとにわけて会議室に連れてきてもらえますか」
「あ、わかりました」
「せっかちだなー。……安原さん、行ってもらって大丈夫」
「でも」
「保健室までは生徒さんに案内してもらうから」
俺にだって女の子一人おんぶするくらいの筋力はあるし、そこまで小柄という訳ではない。
安原さんはいいのかな、と逡巡したようだけど途中までは一緒に行くと言いながらサポートしてくれた。
next.
普通の男子高校生()なのでウザそうな教師はキライ。
Nov.2022