I am.


No, I'm not. 34

保健室からベースに戻ると、さっそく安原さんが呼び出したらしい生徒たちが来ていて、渋谷さんに話を聞かせていた。
俺の代わりに滝川さんが書記を担い、校舎の簡易図面に書き込みをしている。
安原さんの姿は見えないけど、きっと一番働いてくれているんだろう。
「───学校を恨んでる、ねえ。わからないでもないな」
「なんで?」
話を終えて生徒が去ったあと、滝川さんが独り言ちる。
九月に自殺をした生徒の坂内くんが、学校を恨み霊となって出るんじゃないかと噂になっていて、生徒たちが除霊をしようとしたって話を聞いたんだけど。
「気づかんかね、現役女子高校生?制服とか髪型とかさ、おまえさんと大違い」
「まあ、そうだな」
「お見事なくらい、みんなきっちりしすぎてんだろ。おまえはどうだ、タイもしねえ、ボタンしめねえ、ピアスだのなんだのアクセサリーもつけるわ」
「これは著しく悪い例だよ」
「自覚あったのか。とにかく今時、茶髪の一人もいないってのはどうかね?」
「そういえば安原さんを初めて見たとき採用!って思った」
「どこの人事だ」
言われてみれば、学校の生徒を管理するとかいうヤバイ奴がいたし、校長もろくでもなさそうだし、事務員ですら高圧的だった。
生徒はきっと毎日抑圧されてるんだろうってことは容易に想像がつく。
これが心霊現象じゃなくて集団ヒステリーでも納得するな、と滝川さんがぼやいた。

次に教室にやってきたのは安原さんで、『異臭騒ぎ』のあったグループだった。
安原さんのクラスで授業中、体調を崩す生徒が続出した。においの原因も出どころもわからず、新聞の記事ではガス漏れとか集団食中毒とかになっていた。でも、それは学校側が取り繕った言い訳で、暖房器具はスチームだし、食中毒の症状とも違うそうだ。
その匂いはいまだに教室でもするらしくて、クラスの生徒は慣れて麻痺してるみたいだけど、他クラスの生徒がくると鼻を摘まむらしい。かわいそー……。


その後教室を見たいと言った渋谷さんについて行き、三年一組へと案内される。
「開けますよ」
閉め切ったドアの前で、安原さんが俺たちに覚悟を問う。
満を持して教室の中の空気を浴びると、鼻孔をくすぐる妙なニオイ。
形容しがたいんだけどつまりクサイです、と滝川さんと声をそろえて宣言した。
その横で渋谷さんは涼しい顔して教室に入って行った。
「特に臭いの強い場所はないですね」
「そうなんです臭いの元をずいぶん探したんですけど、教室全体が臭う」
あいつら頭おかしいんか?普通に会話してる。
安原さんは慣れてるみたいだけど。
「まどまどまどまどまど」
教室に入った瞬間から、滝川さんに追い立てられるように、揃って窓へ駆け寄る。
そして精一杯息を止めたまま窓を開けて、顔を出して呼吸する。
とはいえ、窓を開けてもその臭いが薄まる気配はない。
外に顔を出して息を吸うとまた別みたいだけど。


俺たちが臭いに慣れようと四苦八苦している間にも、渋谷さんは降霊術をやらなかったかと言い出す。
なんだこうれいじゅつって、と思ってる俺をよそに、生徒たちは思い当たる節があるのかヒソヒソと話した。
「───ヲリキリ様のこと?」
「なにそれ?」
「最近……ていうか、二学期に入ってから流行ってるんです」
安原さんの言葉を受けて、クラスにいる女子生徒が『紙』を持ってると言いだした。
「コックリさんじゃねえか!」
「ええっ!?でもあれは……」
滝川さんが紙を見て少し怒ったように言う。
俺も覗き見したが、どっからどう見てもコックリさんをやる紙だった。まあちょっと、普通とデザイン違うけど。
「全部コックリさんの別名でしかねーの。面白半分に霊をオモチャにしてることになるんだ」
「そんなあ!ヲリキリ様は神様だから危なくないって……」
「そんなのはデマだ。霊を呼ぶのは素人でもできるが、帰すのには訓練がいる。二度とやるな!」
女の子たちははびくっと震えた。
渋谷さんはその様子を見て冷静に、どのくらい流行っているのかと聞き出す。
「あの、……ほんとに学校中。多分やってない人の方が少ないと思う」
出た、学校で大流行する特有の何か。
笠井さんの時の超能力も大騒ぎになったみたいだし、またややこしいことになりそう。

一度ベースに帰ろうと廊下を歩きながら、自分の身体に臭いがついてないかが気になって肘を曲げて鼻を突っ込んでみる。そのあと襟を引っ張って服の中の空気を吸い込む。
「なにやってんの」
「んー?ちょい、失礼」
滝川さんがきょとんとしてるので、その腕を嗅ぎ、次に前を歩く安原さんの背中の匂いもかぐ。
「各家庭それぞれの香り」
「やあね、セクハラよ、麻衣ちゃん」
「だってほらー、臭いってつくじゃん。一番教室にいる安原さんにもそんな臭いしないね!よかったね!」
「あはは、ありがとうございます」
渋谷さんは一番離れたところにいたし、かぎにいったら怒られそうなのでやめといた。

その後俺たちは渋谷さんの指示のもと、生徒達への聞き込みを開始した。
内容はヲリキリ様をやったか、やってないか。滝川さんと俺と安原さんで手分けして、教職員らの目をの盗んで聞いたところ、やっぱり、やったことないと言った生徒の方が少なかった。
あらかた聞き終えてベースに戻ると、窓から見える外はもう、日が暮れようとしていた。生徒もほとんど帰宅してるし当然か。
「なー本気でやんのー?やなんだよねーコックリさんて。とんでもねえ霊を呼び出したりしてるからさー」
「そこをなんとかお願いしま……」
「そーだ!除霊のやり方教えるからきみがやれ!」
滝川さんは考え込む渋谷さんにぐだぐだ絡み、安原さんにまで及ぶ。
「滝川式除霊講座やる?」
「良い子のみんなあつまれー」
俺も若干のっかりながら、滝川さんと安原さんとでわいわいやっていると、渋谷さんが考え事を終えたみたいで口を開く。
「───日本中に、こっくりさんをやってる学校がどれだけあると思う?」
「?」
「……ああ、なぜうちの学校に限ってこんなふうになったのかってことですね」
渋谷さんの語りだしの問いかけについて、意味を理解できず首を傾げていると、安原さんが理解したように受け止める。おお、すげー。
「素人が降霊会をやったからといって必ず霊を呼べるものじゃない。仮にコックリさんで浮遊霊をよべたとして───その中にたまたま強いやつがいて、害を及ぼすというのもわからなくはない」
だからってこの数は異常だってことで、渋谷さんは腑に落ちないんだろう。
ホワイトボードに貼った学校の図面に書き込まれた怪談の量は、秋に行った湯浅高校での怪事件よりも多いと思う。
あれは、特定の者を呪って起こった害と、その余波で自分にも何かあるんじゃないかと思いこんだ勘違いみたいなのだった。でもこれはきっと、不特定多数の人間が霊を下ろしたかに思えるほど。
「なんでこんなに霊が呼べちゃったんだろ?試しにここでやってみる?」
「バカ」
「あ、呼べても見える人いないかー」
「そういう問題じゃねえ……」
渋谷さんと滝川さんからは罵倒と呆れの眼差しをもらい、笑ってくれたのは安原さんだけだった。
「───降霊会は無理でも、交霊会ならどうかな」
「ん??なんてった?」
渋谷さんがふと思いついたように俺をみた。今同じ言葉発しなかった?
「麻衣、ギターはどうした」
「ギター?持ってくるわけないじゃんこんなところに」
「……」
話繋がってる?と思いながら素直にギターを持ってきてないことを告げる。
安原さんが首を傾げている通り、本来心霊現象の調査にギターは持ってこない。
でも持ってくる馬鹿がいたんだよな……。
「肝心な時にお前!」
滝川さんまで俺を非難してくる。
今までギターを持ちこんでいたのは、調査に行きずっぱりで触る暇がなさそうな時と、調査中に暇で触る暇が出来そうな時だ。
俺は今回、夜にバンドの練習があるために通いでここにきているのだから、わざわざギターを持ちこむ必要がないだろう。
「だって荷物になるー、ここ遠いんだぞ」
「当たり前なことなのに……くそ~、俺がおかしいのか?なあ、所長クンよ〜」
「谷山さんギターを嗜んでおられるんですか?」
傍で聞いてた安原さんは一向に意味がわからなかっただろうに、話に入ってくる。
俺も正直わからなかったので、嗜んでおりますと答えた。
「お前なあ、前回ESPテスト受けただろうが!第六感!」
「あーあれね」
「おや、谷山さんもただの人ではないということですね」
「それほどでも」
安原さんがヨイショしてくれるのは嬉しいが、俺は特に自覚もやる気もないもんで。
どうしたものかと頬を潰してお茶を濁す。
「……明日、原さんが来たら霊視してもらって、いるとわかったら松崎さんと滝川さんとジョンで除霊にかかる」
俺のことを諦めたらしい渋谷さんが明日の予定を組み立て、滝川さんはもうすっかり疲れた顔をした。
通いの俺はそろそろ帰る時間となったので、ベースを出て、学校を後にする。
東京まで約三時間、頑張って帰って、そのあとライブの練習だ。



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KY(くうき・よまない)

Nov.2022

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