I am.


No, I'm not. 39

全員でベースに戻ってくると、時刻はいつのまにか深夜の2時になっていた。
一部屋分の床を沈没させるなんて、よっぽどの霊だと滝川さんが難しい顔をしている。
「つまり、相当強力ってことですか?」
「凶悪、だな」
安原さんが同じように真剣な顔だけど、同じポーズまでしてるので俺は笑いそうになった。
いや笑ってる場合じゃないんだけど。
「せやけど、麻衣さんがボクたちのところへ来てくれへんかったら、巻き込まれとったかもしれまへんね」
「なにが?」
ジョンが困ったように俺を見て、松崎さんが首を傾げる。
ベースで居眠りしてたのは不可抗力だけど、なんか言い辛い。しかしそんな俺をよそに、四つデカイのがいる夢を見た話をジョンは共有した。
まあ、ナイショにして!とは言わないが。
「孵化した、とも言っていたな」
その話を聞き終えた渋谷さんは、ちらりと俺を見る。
「ゆめたろー……」
「は?」
睥睨するかのような顔を見て、一也クンだなと引き下がった。
孵化するって話を聞いてきたけど、俺そんなこと呟いたっけ……。
「───今までは、眠ってたけど力を蓄え終わって、孵化……した」
諦めて俺は、夢で聞いた話を、さも自分が感じたことのように話す。
まああながち間違った視点でもないだろう。
「もう、誰にも止められない……」
「学校、閉鎖したほうがいいんじゃねえか?」
「だろうな。どちらにせよ、この事態だ……校長が判断を下すだろう」
滝川さんと渋谷さんが話し込む横で、原さんと松崎さんが疲れた顔してそれぞれ黙り込む。
俺は机に頬杖ついて、あの四つがこれから目を覚まして、どんな被害をもたらすのかを想像して、目を閉じた。
「あいつらも、食い合うのかな」
「え?」
「そりゃあ、食い合うんじゃない?その余波がきっととんでもないことになるわよ……」
原さんは俺のつぶやきを拾って聞き返し、松崎さんは嫌そうな顔をした。
「じゃー共食いして最終的に一番強い霊がひとつ残るわけだ……?」
なんということでしょう……と、頭を抱える。
今の段階でも凶悪なのに、そうなったら当然手出しなんてできない化け物の出来上がりだろう。
勘が悪くてもわかるやつ。
「……今、なんていった?」
「え、馬鹿なこと言った?」
俺は渋谷さんに強い目で見られて、怖いのでおろおろ皆を見て助けを求める。
でも多分馬鹿なこと言ってないし、渋谷さんの様子が尋常じゃないので、誰も助けてくれなかった。
「『共食いをして一番強い霊が残る』……?」
聞こえてるじゃねーか。
「うん、ちがう?」
「……なんてことだ、これはもしかしたら……───霊を使った蟲毒だ……!」
「なにそれ」
渋谷さんの深刻な様子と、珍しくはっとするリンさんがわかった。
でも、蟲毒とやらは俺どころか、滝川さんたちもよくわかっていない。
「呪詛の一種だ」
「前みたいな?」
「ヒトガタは使わない。中国に伝わる古い呪法……多分、ほとんど現存しないだろう」
ちょっとだけ覚えた霊能者界隈の語録にひっかかり、頭をひねって絞り出したが、全然おっつかない。
難しい説明されるとすぐ、右から左へと流れて行ってしまうんだけど、渋谷さんが俺の顔ばっかりみてくる……。嬉しくねえ。
こういう時俺が話聞いてないのがすでにバレバレなんだよな。


朝の4時ごろに教職員たちがバタバタと駆けつけてきたと思えば、保健室の惨状を見たあと、緊急職員会議が開かれた。
その結果を聞くのを待たずして、俺は仮眠してくればと滝川さんに放流されたので、宿直室に初めて入る。
部屋の隅に積んである布団を適当に出して、そのまんま寝る。
誰かが使ってた布団なんだろうけど、バンド仲間と雑魚寝とかよくするし、全然気にならなかった。

夢の中の俺は誰かの部屋に立っていた。
見覚えはなく、誰の部屋だか探るために本棚や机の上を眺める。
本棚にはSPRの事務所に置かれてるみたいなオカルト感満載のタイトルの本がずらり。机の上には学生鞄と、パスケースが置かれていた。
ベッドは整えられて、使われている形跡がなく、箪笥やクローゼットもきちんと閉じられていた。
部屋の壁にはきちんとした形で学ランがかけられていて、どこか絵にかいたような整理された部屋。
何気なくパスケースを手に取った。路線や日付を見て、期限が切れていることに違和感を抱き、小さなゴシック調のフォントで書かれたカタカナの名前「サカウチ トモアキ」の文字で、明確に理解した。
ここは死んだ坂内くんの部屋なんだろう。
もう誰もここには帰ってこないから、こんなにも静謐。

飲み込まれた手を思い出す。
俺は坂内くんの霊が校舎内にいるのも、霊同士が食い合いをしているのもわかっていたけど、あんなことになるとは少しも考えなかった。

パスケースを机に置いて手放すと、景色が靄に包まれて変わる。
今度は外だ。視界が晴れてきて、少しずつ物体の形や色が浮き彫りになる。
陶製っぽいキツネが二体いて、鳥居があって、その奥には大きくはない祠。
───神社だなと、一目でわかる出で立ちだけど、俺はここに見覚えはない。坂内くんの部屋から続いて見るということは、なんだか意味がありげだけど。

「さん、───まさん、……にやまさーん」
「……」
「おはようございまーす、朝ですよー」
「寝たのも朝だよー……」
俺を起こしに来たのは安原さんだった。掛け布団を抱きしめてもう一度眠ろうとしてた俺は、諦めて起きだす。そもそもそんなに寝られるわけなかったんだ……。
「朝ご飯買いにいくので、一応リクエストを聞いておこうかと」
「ああ、一緒に行く」
「わかりました」
学校に出入りするのは気を使わないといけないので、安原さんが買い出し係をしているみたい。
俺も通いで来ないといけないので、裏ルートというのをいくつか教えてもらって、目立たない学校への入り方を知ってる。金網のフェンスが一部壊れていたりして、そこから出入りできるとか、スパイみたいで面白いよな。


コンビニでは、おにぎりとパン、お茶のペットボトルと、誰かのリクエストの栄養ドリンクやヨーグルトなどをてきぱきと買い物かごに入れていく安原さんを見ながら、俺も買い物を済ませて店の外に出る。
「そういえば谷山さん、朝ご飯何買ったんですか?」
「シュークリームとプリン」
「え?」
「あ、ねえねえ、この辺神社ある?」
「───あ、ありますよ」
道を歩きながら、スマホの地図アプリを開くが、周囲にそれらしいものが見つけられなくて安原さんに聞く。一瞬俺の朝ご飯のメニューに引いてたような感じがしたけど、どうでもいいかな。
「行ってみたい」
「え……と、わかりました」
「あんがとね」
俺はもう早速、歩きながらシュークリームを出して食べ始める。
安原さんはまたしても、カルチャーショックを受けたような顔をしていたけど、特に口を挟むことはなかった。
言わないけど、特別甘いものが好きってわけじゃなくて、たまにこういう気分になるだけだ。
「それにしても、どうして急に神社なんて?知ってるんですか?」
「場所はわかんないんだけど、キツネ二体あって、神社自体あんまり大きくない感じ?」
「そうですそうです……」
少し学校へは遠回りになるだろうけど、俺の好奇心には少しくらい付き合ってもらおう。
「まあ、意味ありげな夢を見て」
「へえ」
「夢太郎は出なかったんだけど……」
「名前つけちゃったんですか」
安原さんには俺が夢に知らない人が出てくるという話をしてあったので、すぐに思い当たったようだ。
「坂内くんの部屋らしきものも見た」
「え……」
「整理整頓された、綺麗な部屋だった」
「そう……ですか」
シュークリームを食べ終えて袋をぐちゃっと丸めて手提げ袋に突っ込む。
「そっち確かめに行くわけにもいかないし……まあ、そんなに気になるわけじゃないんだけど、そのあと神社も見たからね」
説明しながらしばらく歩いてると細い道に出た。
その先に、神社の鳥居が見えてきた。
近づくにつれて、俺が夢で見た場所の風景と一致していく。
「ここでしたか?」
「ここでした」
安原さんの口調につられて頷く。
入ってみようかな、と近づいていく俺に、安原さんもついてきた。
「神社がなんだってんだろー」
「……うーん、もしかしたら、なんですけど」
「うん?」
安原さんがぴたりと足を止めて、鳥居の下で苦笑した。
「ヲリキリ様を使った紙を、神社に埋めに行かなきゃいけないんですが、生徒が頻繁に使う神社といったらきっとここなんです」
「───へえ、」
唾を、ごくりと飲み込んだ。



next.

お気づきだろうが安原くんは主人公を男だと思っているので、男部屋で寝てる主人公を何の疑問も感じず起こしてくれます。

Nov.2022

PAGE TOP