I am.


No, I'm not. 40

ベースに顔を出すと渋谷さんの姿はなかった。遅い!何遊んでた、と言われることはなさそうだと思っていたら松崎さんに言われてしまった。
朝ご飯を待ってた皆にはちょっと悪かったかもしれない。
原さんなんて朝食は要らないといって仮眠に行ってしまったみたいだし。
「おまえ、朝飯それだけ?」
「足りるんですか?」
俺がプリンを一つ出して食べようとしてるのを見て、滝川さんとジョンが冷や汗みたいなのをダラダラかきながらこっちを見てくる。
松崎さんは悲鳴をあげかけていた。
「あんた、そんなんじゃ身体壊しちゃうわよ!?せめてヨーグルトにしなさいよ、これあげるから」
「やだーそんな甘くなさそうなの」
スプーンを包む袋を柄で突き破りながら反抗する。
「実は僕たちさっき、神社に行ってきたんです」
「は?」
「神社、ですか?」
俺がプリンを優先していたのと、おせっかいお姉さんに絡まれていたから、安原さんが代わりに遅れた理由を話す。
「なに?お参り?学校の近辺にある神社、そんなに立派な感じじゃないわよね」
「松崎さんも見てきたの?なんで?シュミ?」
「あんた、あたしのことなんだと思ってるわけ」
「ナン……だっけ」
「巫~女~よ!!!ずいぶん記憶力のない頭ねえ!」
ほっぺをぶにぃっとつままれた。
プリンはあっという間に食べ終わってたので、口からぶちゅっと出ることにならなくてよかった。
「そういえば巫女だったな、綾子」
「た……滝川さん」
滝川さんまで俺のボケに乗じてくるので、まあ話が一向に進まない。多分悪いのは俺なんだけど。
頬を掴む手を緩く握って、まあまあ、と宥める。
「まつざきさんさ……」
「なによ」
俺がしゃべりづらそうにしてたので、ようやく手を離す。頬が痺れているぜ。
「コックリさんに使った紙を神社に埋めるって、宗教的に意味あるの?」
「なにそれ、バチ当たりねえ」
「除霊の意味を込めてんじゃねえ?ほら、神社の神さんが代わりにコックリさんを帰してくれるとか」
「……まあ、そういうヘンテコなルールがありそうね。コックリさんって地域差あるし」
滝川さんの考えに納得してしまい、せっかく持ち出してきたヲリキリ様の紙をどうしようかなと考えた。
でもまあ、出してみることにした。
「拾ってきちゃったー」
「きったない!」
ひっと松崎さんが身体をのけぞらせる。
土に埋められてたんじゃなくて、祠の下に投棄されてたので、そんなに土や雨などで汚れてはいないはず。
「お母さんすぐ怒るー……」
「あんたこそゴミ拾ってくるなんて、小さい子供みたいなことすんじゃない!!」
「少年……こいつ、あんまり好きに遊ばせないでもらっていいか?」
過保護なお父さんまで出てきてしまったし。
確かに安原さんが止める間もなく祠の下に入り込んだけど、そもそも止める気なかったと思う。

「まあまあ、麻衣さんかて、なんぞ気になることがありましたんですやろ」
校長たちに学校から追い出されそうになっていて、渋谷さんが説得をしに行っている今、俺たちが出来るのは呪詛とやらが偶然なのか人為的なのかを調べることだった。
そんなわけでジョンも滝川さんたちを取りなして、話を聞こうとしてくれる。
俺自身夢で見たから確かめたくてという思いが一番大きいわけだけど、この場合夢が現実のことの突破口になるのをここ数日で身に沁みたので、説明しないわけにはいかない。今日は音楽バカを封印だ。
「ヲリキリ様ってやり方が変わってると思って。あんなに霊を呼べるわけだから」
「まあな。にしたって、コックリさん程度で呼べるわけがないから、他にも要因があんじゃねーかって話だが」
「その要因ってなによ」
「わかんないから困ってんでしょーが」
松崎さんと滝川さんがいつもの調子で軽口をたたき合う。
「普通のコックリさんって、こんな変な模様とかある?」
「あー?」
「一般的には鳥居とかを書いて、五十音とかよね」
「そういえば、呪文とかもあるんですよ、オーオリキリ……なんとかって」
「この漢字は、オニ、ですやろか」
「そう、鬼───」
皆でわいわい一枚の紙を眺めていると、まるでこれからコックリさんをするみたいだ。
俺はまた馬鹿な提案をしかけたが、そんなことよりも、俺の真後ろにふっと人の気配が来たことに口を閉ざした。
すう、と影がおりたと思ったら、リンさんが後ろから覗き込んでいた。
「はゎ」
思わずデカ……と怯んで、その真剣なまなざしにちょっとビビる。
「───これを、使い終わったら神社に埋めているのですね?」
「そう、らしいよ」
リンさんの問いに、俺は助けを求めるように安原さんを見る。小さく頷かれたので、またリンさんを見上げる。
「ヲリキリ様……呪文があるといいましたね、その名前から来ているのではありませんか?」
リンさんは俺を通り越して安原さんに問う。
そして口走る、よくわからない呪文はたしかに、ヲリキリ、が含まれていた。
「それです!」
呪文をうろ覚えだという安原さんだけど、まさにそれだ、と言えるくらいにははっきりと合致したんだろう。
何も知らないはずのリンさんが言える、ということは……。

「狂わすには四つ辻、殺すには宮の下───これは、呪符です。神社の下に埋めるということは、人を呪い殺すためのもの」


渋谷さんが校長をなんとか丸め込んでベースに戻ってくると、リンさんが迅速な報告に至った。
ヲリキリ様はコックリさんのフリをした呪符として作用して、生徒たちが呪殺に手をかしたこと。
よくできた呪法のようで、リンさんがやれば一枚で殺せること。その他色々。
「蟲毒が完成したらどうなる」
「この人物は死にます」
「この人物……とは?」
「マツヤマヒデハル氏です」
───え、とみんなが硬直する。
なぜ、と驚いているところにタイムリーにも松山が会議室に嫌な笑みを携えてやってきた。校長が渋谷さんに帰れと言ったことで良い気分になっているんだろう。とはいえ、渋谷さんは校長からもう少し猶予を得たようだけど。
「申し訳ありませんが席を外していただけませんか」
「ふん、またよからぬ相談か?」
料金をつり上げる算段でもしてるのか、としょうもない言いがかりをつけてくるのを白けた目で見る。
とうとう渋谷さんはあきらめて、ヲリキリ様の説明をした。遅かれ早かれすることになっただろうけど。
呪殺と聞いてバカバカしいと跳ね除けた松山だけど、その呪われている相手が自分であると言われれば、動きを止めた。
ヲリキリ様の紙には、実はマツヤマヒデハルの名前が記されていた。あとは年齢とかも。年齢はただの漢数字として認識してしまってたけど、名前の部分は梵字に変えて伝えられた。そりゃ、松山の名前が入っていたら生徒も不思議に思うだろう。
「だ、だれがこんな……」
「ヲリキリ様が流行りはじめたのは、美術部と一年生のあいだからだそうです。そしてこの呪法は誰もが簡単に知ることのできるものじゃない」
「!さ、……坂内だな!?あのバカなんてことをしてくれたんだ!なんで俺が……」
リンさんと渋谷さん曰く、呪殺するために生徒を使おうとしても、本来生徒には明確な害意はない。ただ、この学校の生徒は大半、無意識下のうちに学校へのマイナス感情を持っている。
呪いは大方が『学校』というものに向けられた、けれどその『学校』を象徴するものとして、生徒の多くは松山という認識を少なからず持っているはずだ、と。
「なぜ、自分が選ばれたのか本当にわからないんですか?」
「……安原……」
安原さんはいつもの笑みを顔から消して、松山を見た。
「『僕は犬ではない』坂内くんの遺書の全文です。僕らは学校が僕らを犬のように飼いならそうとしていると知っていました。その代表が誰かと聞かれたら、僕でも先生をあげます」
松山は成績が良くて態度の良い安原さんにそう言われて、少なからずショックだったのか、愕然とした。
一方で、渋谷さんは今更犯人が分かったことで意味はないと追いやった。なぜなら呪殺はもう始まっている。あの大きな四つの霊が一つになったら、松山は確実に死ぬ。今までの学校中で起こった騒ぎの種を一つにまとめて一人に降り注ぐなんて、想像を絶する、残虐な死が待ってるとしか思えない。
「ど、どうにかならんのか!?」
渋谷さんとリンさんが冷静に言葉を交わすのを、俺たちは固唾をのんで見守る一方で松山だけが浮いていた。
呪詛は始めてしまったら止められない。けれど、返すことはできる。返すとすれば、呪った本人───ヲリキリ様を行った生徒だ。
渋谷さんの天秤は一人の確実な死と、数百名の無知な生徒に分散される被害とで揺れて、松山の命を重く見た。

「無念だなあ」
俺は松山が逃げるようにして出ていった余韻を噛みしめて呟く。
「死ぬと分かって放っておけることじゃないわよ」
「坂内に同情しすぎんなよ」
松崎さんや滝川さんがこちらに視線を投げかけてきた。
「わかってる。生徒をひどく扱ったからといって……松山だって虫の餌じゃない」
坂内くんのやりたかったことって、こういうことだろう。そう思って言葉は悪いが口にした。
「ただ皮肉なことに、その坂内くんは食われたわけだ───無念だろ」
もう誰も、何も言わなかった。


渋谷さんとリンさんは校長への説明と呪詛返しの準備と言って、珍しく二人で席を外すことになった。
皆はやることがないので休んでもいいし、帰ってもいいと言っていたので、俺は東京に帰った。

翌日また緑陵にいくと学校には生徒も教職員も居なかった。どうやら休校にして、全生徒は自宅待機になってるようだ。 
ベースでは呪詛返しが行われるそうなので、俺たちは出入り禁止にされ、仕方なく校舎の外で時間を潰す。
暫くして、渋谷さんに確認に行かされたのは体育館。そこには全生徒分のヒトガタが置かれていた。
「ヒトガタが呪詛返しを代わってくれたのか……」
「最初からそう言ってくれればいいじゃない!」
「成功するかどうかわからなかった」
ヒトガタはところどころ欠けたり傷がついてたりして、滝川さんたちの話を聞きながら少しずつ理解していく。
原さんとジョンは安堵に胸をなでおろし、滝川さんは感心し、松崎さんはちょっと怒ってるけど、一番心配してたのがあの人だってことは皆わかってる。
俺たちはそれから、ヒトガタの状態と生徒の健康状態、ヲリキリ様をやったか否かの確認に奔走した。

午後になって帰る直前、安原さんが見送りに来てくれた。
原因は坂内くんの祟りということになっていて、生徒たちの不安を収めるために慰霊祭のようなことをやるつもりだそうだ。
「その慰霊祭、ぜひ谷山さんに歌ってほしかったんですけどねえ」
「あはは、そういえば終わったら歌聴かせるって言ったっけな」
実際問題そんな悠長なことをしてられる空気ではないので、安原さんも俺も、また音楽室へ行こうとは思いもしなかった。
「あの歌、……坂内のことみたいで」
「そう?安原さんとかほかの生徒のことでもあると思うよ」
「確かにそうかもしません」
それどころか、大人になった人が過去の自分を想う歌でもあるわけで、思春期の青少年のためだけの歌というわけじゃない。
「苦くて甘い、今を生きている───ね?」
ワンフレーズだけ歌って安原さんに問いかけると、ふっと微笑んだ。

未来の自分に手紙をあてることなく逝った坂内くんが、この歌を最後まで聞いたら、希望を持ってくれたんだろうか。
もうどうあがいても出来ないことだけど、そのことが少しだけ心残りで、悔しかった。



next.

坂内くんの遺書の続きというか意図に『お前を虫の餌にしてやる』があったんじゃねーか、とヘヴィメタル系にも明るい主人公は思ったってわけ(ウインク)

Nov.2022

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