I am.


No, I'm not. 43

「そういやお前、これからどうすんの?」
「どうって?」
荷物運びを終えた後、安原さんと滝川さんを連れて、一階の部屋から温度の計測や部屋への番号を振る作業から始めていく。
唐突に滝川さんから投げかけられたのは、俺の進路の話であった。
新しいバンド結成するのか、ギタリストになるのか、そこら辺の話を聞きたいらしい。
「いまはデモ音源とか作りながら歌練習してるかな。ゆくゆくはオーディション受けようと思って」
「歌手志望なんですね」
「そうなるー。でも歌手とか演奏者じゃなくても、音楽に携わる仕事に就きたいかな」
「そりゃいい。おまえがバンドしたくなったらうちこいよ。今いるボーカルクビにするわ」
二人は俺が音楽をやることに賛成のようで背中を押してくれた。
ボーカルクビにする理由に俺を関わらせないでほしいので、そこはノーコメント。
「つーかお前、こんなとこでバイトしてる暇ないんじゃねーの」
「なんで?学校通うよりバイトしてた方が生活楽になるけど」
「ん?生活苦しいの、お前んち」
「苦しいっていうか、まあ、親いないんだよね俺」
え、と口ごもった安原さんの尻すぼみな声以降、しんと静まり返る。
そしたら丁度、微かな電子音がして部屋の温度が取れたので、硬直した二人から目をはなして、表に温度を書き入れた。
なんとか困惑から復帰した滝川さんに親戚の存在を聞かれたけど、いないと答えて部屋を出る。
いないというよりは、知らないんだけど、現れないってことはいないんだろう。
「今どうやって暮らしてるんだ……?」
滝川さんは珍しくおろおろしながら、俺の後に続いてやってきて質問を続ける。
「自活。うちの学校結構色々やってくれるから、住む場所とか学費免除とかね。あとは生活の為に働くって言えば学校休み放題」
「あ、だから平日でもバイト来てるんだ」
安原さんは納得の声をあげた。緑陵高校での調査もだけど、今回の調査も見事に平日で、長期休暇でもなんでもない。
一日二日ならどうってことないかもしれないが、俺や渋谷さんの様子からして学業よりバイトを優先しているのは明らかに見て取れるだろう。
「……じゃあ、ギターの練習したいときは?」
「生活の為だから休んでましたね」
「常習犯だと思ってたよ俺は」
うん!と強く頷くと、滝川さんは俺の頭を抱えこんでぐりぐりした。
たぶんそれが、この話を明るく終わらせる合図なんだろう。
その後、安原さんがさらっと話題と転換させ、別室へ移動しては作業を繰り返す。
途中で入った部屋で、デイヴィス博士を連れてきたという南心霊調査協会の南さんと、助手らしき中年女性と若い女性の三人とバッティングした。
南さんは俺たちが温度計測をしてるのを見ると、嬉しそうに笑って語りかけてきた。なんでも博士がそういう研究者タイプのようだ。
話半分に聞き流しながら、南さんがアルコール温度計をぶんぶん振ってるのだけはやけに目についた。
なぜなら渋谷さんに散々罵詈雑言を浴びせられながら習った、厳密な計測方法に、それはナイ。
「デイヴィス博士、ちゃんとやり方教えたのか……?」
「こらこらこら」
助手の中年女性が壁の向こうに何かを感じるという言葉に、嬉々として出ていった後姿がドアによって見えなくなった途端呟くと、滝川さんが慌てて俺の口を塞ぎに来た。
「だって、あんなの渋谷さんの前でやってみろ、やり直しか帰れって言われるな」
「渋谷さんはここにいるだろー」
「誰も聞いてないって」
「そういう時に限って人が居たりするものですよ」
滝川さんの手から逃れてブーイングしてる俺を、今度は安原さんが黙らせに来た。


今回は、屋敷が大きい上に安全性が確保できないと言う理由から、俺や安原さんは必ず誰かと一緒に居るようにと言われている。
霊能者であっても例外なく、特に日没後は一人で出歩かないことを厳命された。
集合時間もきっかり決められていて、全員の時計の時間を合わせることから始めたので、渋谷さんがいつも以上にピリピリしているのは何となくわかった。
それを感じ取って遊ぶ滝川さんや松崎さんの感性には恐れ入る。普段霊とか相手にしてると怖いもん無いんだろうな。

ともかく、俺と安原さんと滝川さんが三人で集合時刻にベースに戻ると、松崎さんと原さんとジョンもきちんと帰ってきた。
俺は来た時よりは具合の悪くなさそうな原さんを横目に、渋谷さんに計測結果の資料を渡す。
ついでに南さんが杜撰な計測方法だったと影口を叩くと、「そうか」と珍しく返事してくるあたり興味はあるようだ。全く興味がなければ返事もしない。もしくは無駄口叩くなとか人のこと言えるのかとか文句言われる。
滝川さんとしては、南さんはともかく彼の連れてきたデイヴィス博士までもが胡散臭いと松崎さんから言われて気に入らないのか、あれやこれやと話し合いがはじまった。
どうやら滝川さんはデイヴィス博士のファンらしい。
「早速カメラおく?どっから?」
「まず周辺の部屋と───」
周囲は霊能者トークで賑わい始めたので、動き出した渋谷さんについてくことにする。
ここ何部屋あるのか知らないけど、絶対にカメラの数が足りないし、証言の数も少ないことからまずは渋谷さんの判断が大切だ。


一つ二つ、と機材を持って渋谷さんに続いて部屋を出た。みんなにも声をかけようかと思ったけど、渋谷さんが何も言わないので意外に思った。
「俺たち、二人でいいの?」
「全く働かない霊能者を当てにするよりはマシだろう」
「まあそうなんだけど、そもそも除霊ってできんの?退魔法っていうんだっけ?」
渋谷さんにちょろちょろついて行きながら、疑問を口にした。すると、ぴたりと足を止めて、俺を見た。
あれ、違う言葉だったっけ。
「意外だな、そんな専門用語が出てくるなんて」
「うんでも、どんなだかわからない。退魔法ってナニ?」
「どこから聞きかじった知識だ……」
呆れつつも渋谷さんは馬鹿でもわかるようにと解説してくれた。
普段霊能者の心霊現象談議に付き合わない俺だって、必要な知識は身に着けるわけで、特にこの退魔法というのも俺の身を守るのに使えそうな気がしたので気になってた。
ただこの言葉を初めて聞いた時に、違うことに意識が言ってたので、意味を持たずに発言だけがずっとリフレインしていた。
別人だが同じ顔の人に聞いた方がいくらか昇華していく気がする。
「俺にも出来るのかな?そっちは出来るの?」
「除霊なら僕にも手段はある。……退魔法は才能次第だが、なら案外使えるかもな」
「そっかー、暇なとき誰かに教わろ」
とりあえず、渋谷さんと出歩いてても安心できるかっていうのが俺の一番気になることだったので退魔法の習得については後回しにした。

ベースに戻ればまだ話声がしていて、まあ誰も止める人などいないだろうと見当がつく。
ドアは開いたままだったので、俺みたいに安原さんと渋谷さんをうまく呼び分けできない状態になるのを避けるべく声をかけた。
「まだ話してたの?廊下まで話声したー」
「お……、戻ってきた。どこいってたんだ?」
「どこ?むろんカメラの設置に行ってたんですよ僕たちは、ここに仕事で来ているもので」
滝川さんは俺の声に一瞬驚いたみたいだったけど、冷笑を浮かべる渋谷さんを見て瞬時に従順な姿勢で指示を仰ぐので、大したもんだなと思う。
原さんや松崎さんまでも指示に従って機材の調整に手を出していたので、よっぽど怖かったんだろう。そんじょそこらの悪霊よりも。


陽が暮れたら引き上げること、と厳命されていたので俺たちは時間を決めてまたベースに戻ってきて、何グループかに分かれて食事へ行き、最後は一度軽めのミーティングをしてからそれぞれの部屋に戻ることにした。
「じゃあこれ、あんたたちの部屋の分」
「ありがとうございます」
「お、すげー本物っぽい」
「本物よ!」
松崎さんは全部屋分の護符を用意してくれたので、俺と安原さんに向かって渡す。
一年こんなバイトしてるにもかかわらずミーハーな反応をした俺に、松崎さんはこめかみを揉み、滝川さんが引きつった顔をし、ジョンは苦笑を浮かべた。だって、普段触ったり間近で見たりはしないんだもん。
「安心して寝られるねー」
「ですねー」
俺と安原さんは護符と手にのほほんと笑い合う。
この人だとやっぱ、緊張感なくてリラックスできるや。
二人部屋って聞いた時真っ先に「所長とーっぴ!」って腕を掴んどいてよかった。



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身の上トークはタイミングと明かすメンバー変えました。
なおその話は主人公とナルが不在の時に皆に共有されています。だからぼーさんは、主人公が不在にしていることは認識していたという。
Dec.2022

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