No, I'm not. 45
二日間で測った結果、部屋数はなんと百六室にも及んだ。リンさんの座る椅子を囲み、パソコンの画面を見れば未完成な図面が出来上がりつつあった。
部屋の数にも驚きだけど、真ん中の部分が大きく空白のまま、不明となっている。
渋谷さんはその図面を見て、合ってないじゃないかと俺に文句をつけてきたけど四人で何度も測った結果こうなんだから仕方ないだろうと言い返した。
俺だけでなく、安原さんも、滝川さんもジョンも、困ったように同意する。
「もしかして隠し部屋でもあるんじゃないかと思うんです」
「───厄介な話だな」
「なんか中央に行くにしたがってヘンなんだよなあこの家」
「へん?」
俺のぼやくみたいな感想に、渋谷さんは少し首を傾げる。
妙な間取りであったり、部屋と呼ぶに値しない改築がされているのだと、俺の感覚を安原さんが言い直してくれた。
明日もう一度正確な計測をしてみよう、と渋谷さんが結論を出し俺たちは夕食にむかうことになった。
リンさんと渋谷さんは少しだけやることがあると言うからベースに残り、それ以外で最初に霊能者が集まった広い部屋へ向かう。
昨晩もそうだったけど、メインやサラダ、スープにバケットなど、ホテルのような食事が出てくるのでそこだけはここにきて良かったと思える。
「やるのはどーせ俺たちだろー?ったくもー、も少しトシヨリを労われよなー……あー腰いてー」
「気を付けないとぎっくりやっちゃいますよ」
「今日はずっと腰曲げてはりましたもんね」
向かいに座る三人が、肉体労働のせいで疲れた顔してるのを、パンを咀嚼しながらぼんやり眺める。
両隣にいる原さんと松崎さんも、屋敷内を見て回っているそうだから俺たちとはまた違った感じで体力と気力を奪われているんだろう。
雑談が飛び交うなか、口の中の食べ物を飲み込んだきり、俺の手はゆっくりテーブルに落ちる。
「───寝るんじゃない」
「へぁ」
「こぼしてしまいますわよ」
「ん、うん」
ぼーっとしてウトウトしてたから、松崎さんに額を小突かれ、原さんに顔を覗き込まれる。
食べながら寝るなんて赤ちゃんか、と言われてしまいそうで、ごしごしと両目をこすった。
しかしそう言ってきそうな滝川さんは、安原さんが何やらほかの霊能者の人と話をしているのを見ていた。
何があったのか分からないでいると、遅れて食事にやって来た渋谷さんとリンさんを巻き込み降霊会に行くって話をしている。
「……そうですね、僕も参加させていただきます。どうせ夜には大した作業はできませんし」
「では九時にこの隣のは部屋でよろしゅうございますか?」
「承知しました」
渋谷さんが参加を決め、声をかけてきた五十嵐さんという年配の女性が約束し、最後に安原さんが返事をした。
三人のやり取りを見たまま残っていたパンを口もとに持ってきて、うっかり落としそうになり、両手でパンをキャッチして素早く口に吸いこんだ。
「だめだ眠いー……俺パスで」
食後ベースに戻って、皆が行く気になってるところをばってんマーク作って遮った。
は?って顔しながら一同が俺を見てくる。
「そういえば、さっきからおねむだったわこの子」
「食事中に眠りそうになってましたものね」
「お前……赤ん坊かよ」
結局滝川さんに呆れた顔をされたが、仕方ない。
「リンさんここ残るんだろ?俺もそうするー」
さすがに部屋で一人で寝るってのは怖いから、安原さんが帰ってきたら一緒に部屋に戻るつもりだ。
ここで居眠りしてしまうかもしれないけど、リンさん一人なら俺を咎めはしないだろう。
俺が降霊会にきたところでなんの役にも立たない、というのは言わずもがな。渋谷さんんは特に小言もなく許可してくれた。
そんなわけで俺はテーブルに突っ伏して居眠りをスタート。
やがてドアが開き、もう帰ってきたのかと顔を上げると、渋谷さんがカメラを取りに来たらしい。ジョンとやってきて、俺を視界に入れずにリンさんとぽそぽそ話してた。
「いってきますです」
「んあーい」
何だか知らないけどもう一回行くらしく、渋谷さんはこちらを一瞥だけして、ジョンはぺこっと頭を下げてベースを出た。
その後、リンさんが何やらカチカチとマウスをクリックして作業する音が聞こえてきたので、渋谷さんが持っていったカメラの映像が中継で流れてくるのかなと立ち上がる。
少しだけ眠気がさめたので、椅子を軽く引き摺って行きながらリンさんの隣に座った。
特に文句は言われないし、なんだったらちょっとずれてくれたので、二人で降霊会の様子を見守った。
渋谷さんが持ってったのは暗視カメラなんだろう。特有の色味で、うすぼんやりと人の姿かたちが映し出される。
小さい丸いテーブルを五名が囲うようにして座り、真ん中にはろうそく一本だけ。
うちから行った人でそこに座っているのは安原さんだけ。こういうの、霊能者じゃなくていいんだー。
一人だけ若い女性らしき人が居て、その人は紙とペンを前に俯いている。
五十嵐さんが静かに語り掛けると、何度目かの言葉でペンを持つ手が激しく動き出した。なんて書いてるのかわからないけど、その紙は五十嵐さんの手によって次々とめくられ、床に落とされていく。
───ドン!!!
ドン ドン ドン
「っ……」
激しく壁が叩かれる音。それから、僅かに揺れるカメラ。きっと部屋の壁とか床に振動が伝わってるんだろう。
しかしそんなことより俺は、噎せ返るような異臭を感じた気がして、鼻と口を押えた。
脳裏には黒い液体がいっぱいに貯められた浴槽───。
あれは、血だった。
これも、血の臭いだ。
「谷山さん……っ?」
椅子に座ったまま前のめりになる俺に、リンさんが気づいて背中に手を置く。だがそこを触れられたからではない、ぞわぞわと這いまわるような何かが背筋を駆け抜けて、腰が跳ねた。
「ぅ、」
縋るようにしてリンさんの身体にぶつかった。
やがてパソコンの向こうで、滝川さんがお経みたいなのを唱えたことで、壁を叩くような音は消え、混乱も落ち着いた。
どうやら降霊会の現場でも相当なパニックになってたらしい。
「大丈夫ですか?どこか気分が……」
両手で顔を覆い、指の隙間からおっかなびっくり息を吸う。
そしたらもう臭いはしなくて、妙にざわざわする気配もない。
リンさんの心配する声が、遅れて俺の意識に届いた。
「だ、だいじょうぶ……びっくりしちゃった」
「……なにか感じましたか」
俺が中継のラップ音でここまで様子がおかしくなるのは変だって、リンさんでもわかる。
「臭い、がした……」
「どんな臭い?」
「多分、チ」
「チ、……血液?」
俺の言葉が辿々しいから、リンさんがゆっくり、ひも解くように問いかけて確認する。
次第に両手をマスクにしなくても息ができるようになって、突発的にかいた汗も引いていった。
「それは今も?」
「ううん、多分一瞬強くなって、遠ざかった」
「原因に心当たりは」
「ラップ音がしたときかな、それに、ここ来た時も一瞬だけ同じような臭いをかいだ気がする」
「来た時?いつですか」
「大橋さんに自己紹介した時……あの時も今も、なんかぞわっとしたんだよなー」
額やこめかみに触ってみると、汗で濡れたりはしていなかった。
すっかり感覚が戻ったので、リンさんに縋りついてたのが恥ずかしくなり、痕跡を消すようにして距離を取る。それでも背中から手が離れていくとき、リンさんの体温が消えるのがもどかしく思えた。
next.
原作とは違う場所にいさせたり、話をする人をかえるの楽しい。
Dec.2022