I am.


No, I'm not. 48

降霊会の後、鈴木さんが行方不明になった。
午前中は捜索したが見つからず、午後は測量の作業に戻った。より正確な平面図を作れば、探すのももう少し容易になるだろうという気休めを胸に屋敷中を歩き回ったけど、全貌が明らかになることもなく、鈴木さんは一日姿を見せることはなかった。

連絡を受けた森さんが夜、窓からベースに侵入してくると言う荒業をこなし、市内で調べてくれた情報をくれる。
バスやタクシー会社に問い合わせても、それらしい人は見なかったそうだ。
屋敷は内側から施錠していて、朝それが開いていた形跡はなかったので望み薄だった。森さんのように窓から出入りしていなければ。
ヒッチハイクの可能性はゼロではなくとも、やっぱりこの家から出てはいないだろう。
元々この調査をするにあたって二名出ていた行方不明者についても、森さんが調べてきた情報を改めて聞く。
二人とも俺や安原さんと同年代の少年で、一人はこの家が空き家であるのを良いことに侵入して酒を飲みながらフラフラ出ていったきり消息を絶った。二人目は一人目の失踪届が出された後、捜索に来た消防団にいた青年。彼は捜索に入った後、戻ってこなかった。
続いて、ここを建てた美山親子の経歴や、今回測量中に見つけた隠し部屋から出てきた白衣の『美山慈善病院』という保護施設についても調べてきてくれたらしい。
なるほど、これが渋谷さんの師匠の手腕というわけだ。
「このコートが支給品らしいってのは確認できたが、なんでここにあるかってのがナゾのままだな」
「屋敷にたまたま来てたとか……?」
コートから出てきた古い紙幣と、そこに書かれた虫食い文も意味深だけど、俺たちはとんと検討がつかずに首を傾げた。
渋谷さんは静かに、その紙幣を見つめている。また物思いに耽ってるので放っておこうと視線を外した先で、原さんが俺に歩み寄ってきた。
「お願いがございますの」
「ん?」
「今夜も、窓を開けて歌ってくださらない……?」
「へえ、……意外と大胆」
「───ち、ちがいます!!」
原さんの片方の耳に髪をかけてやると、途端に顔が真っ赤になって怒り出すので、ケラケラと笑った。
滝川さんと松崎さんはブッと噴き出して、安原さんは祝福モードでニコニコしてる。ジョンはちょっと流れがよくわからなかったみたいで首を傾げてた。




眠りながら、ひと際暗い意識のスポットに、ずぶりと足を取られるようにして沈んだ。
体勢が崩れたような気がするけど、そもそも地面もなければ重力もない空間に俺はいる。
視界はゆっくりと明瞭になり、いつしか俺は古びた一軒家の前に立っていた。
上を見上げると窓が開いていて、そこから柔らかなカーテンが揺れて一瞬だけ外に広がった。
のどかな光景なのに、曇天とか、妙にセピア調な視界が、どこか重苦しく感じられた。例えるなら古い無声映画作品を観ているような感じだ。
瞬く間に風景が変わり、俺はどこかの室内に立っていた。
おそらくは、先ほど俺が下から見上げた部屋だろう。窓が開いていて相変わらず風にカーテンが揺れる。
ベッドがあって、そこにはやせ細った男が一人横になっていた。
渇き、やつれ、萎れた肌はもちろん血色が悪く、おそらく歳以上に老いて見える。
神経質そうな鋭い目は落ちくぼみ、虚空を見つめるように輝きを失っていた。
肉感のない唇がかすかに動き、何かを言う。
脳は勝手に補完するようで、その声は俺に『死ニタクナイ』という意思を届けた。

途端に、むわりと血の臭いが立ち込める。
今までで一番きつく、そして鮮明に感じた。
腐臭と、錆と、黴の臭いが入り混じっている。酸っぱさとか苦みが喉に広がり、ガスだか煙を浴びた時みたいに目に染みるような気さえした。

───ドンドン! ドン!!
「すみません!!どなたか!!!」

「ん……?」
「……どうしました?」
突如現実に戻ってきた俺は、ドアを強く叩かれるような音で目を覚ます。
そして聞き覚えのある声に、反射的に起きあがり、ただ事ではなさそうな事態を察した。
同じく安原さんも、眼鏡をカチャカチャと探り当てるような音をさせて、バタバタとベッドから起き出した。
「はい?」
「すみません!厚木くんを見ていませんか!?」
「は、……だれ?」
廊下に出るなりライトの光に目を焼かれて、顔を思わずしかめる。
訪ねてきたのは小太りの中年男性で、オリヴァー・デイヴィス博士を連れてきたといって何かと目立つ南さんだ。
「南さんのところの、助手さんでしたか……?」
「そ、そうです、若い男性で───急に姿が見えなくなりまして……!」
俺の後ろからやって来た安原さんが、名前にだけ心当たりがあったようで呟くが、それ以外俺たちの情報にはない。もちろん、誰も姿なんて見ていない。
南さんは俺たちの寝ぼけた様子に目もくれず、今度は隣の部屋に行こうとする。待て待て、そっちは女性の部屋だから……と何とか引き留めていると、反対隣の部屋からリンさんと渋谷さんが出てきた。
「どうしました」
渋谷さんの涼やかな声に、南さんはすぐそちらに縋るように視線を向け、俺たちにしたように『厚木くん』の行方をしきりに尋ねた。

まだ夜が明ける前だったけど、いろんな人がたたき起こされて広間に集められ、厚木さんの失踪が周知された。
鈴木さんの時と同様に、若い人だったせいか「逃げ出したんだろう」と簡単に言ってくれる人も多いが、それにしては不可解すぎる。

「原さん、血の臭いはした?」
「起こされた時はとても強く感じましたわ……」
俺は醜い言い争いみたいなのを横目に、そっと原さんに近づく。
滝川さんはさっきまでデイヴィス博士をそわそわと見ていたけれど、俺たちが声を潜めて話を始めるとこっちに興味をよこした。
はどうなんだよ」
「俺もしたー結構強かったと思う」
部屋のドアを叩く音で起こされた時───というよりも、まだ眠っているときに感じた。ただそれはきっと、厚木さんが行方不明になる何かが起きた所為なんだと思う。
「ってこた、何かがあったんだな……」
「どうだかね」
松崎さんは相変わらずけろっとしているが、深刻になられるよりは気が楽だ。
とはいえ原さんと俺が同じように感じてるってことは皆にとっては中々に信憑性があるってことになる。

ベースに一度戻った俺たちは、今日も今日とて測量に精を出すわけだけど、厚木さんの姿を探すことも念頭に置く。
渋谷さんがこの屋敷の妙な特性に気づいたことで、階段の段数や高さも測り直すことが決まった。
そして相変わらず俺と安原さん、滝川さんとジョンで特に間取りのおかしい家の中央部に入り込む。
このあたりは、ただでさえ電気などが備わってない上に窓や換気口などもないため空気が悪い。
「それにしても、こうやってるうちにまた隠し部屋なりを見つけて、消えた人たちを発見できるといいんですけど」
「あ!ドアがあります!」
「さっそくー」
安原さんがふう、とため息交じりに言った途端にジョンが階段の隅にドアみたいなのを見つけて声をあげた。開けられたが隙間が狭いため、一番小柄なジョンが率先して入ってみてくれたので、俺たちは階段に腰掛け待機する。
ついでに気晴らしと気休めに、歌を口ずさんでおいた。声が聴こえ続ける方が安心できるかと思って。
滝川さんと安原さんとしては俺が鼻歌リサイタルを始めちゃうことはもう慣れっこなので、中で埃をかぶって咳き込むジョンを心配する余裕もあった。

戻ってきたブラウンさんは「おおきにさんどす」となぜだか俺にお礼を言った。
歌で安心できたなら何よりだけど……。
「さっき噎せてたね、埃すごかった?」
「はい、多分ボクえらい汚れてますよって……」
一方で滝川さんと安原さんはジョンが中にあったと持ち帰ってきた肖像画や、その額の裏に書かれた日付や署名などを見て話し合っている。
「自画像、浦戸……?なんだろうな」
「知人ですかね」
「なに?」
ジョンの頭を軽く撫でて埃をはらいのけながら、二人の会話に軽く反応する。
自画像の主は男性で、日付的には先々代の時代。美山氏と親しい人なんじゃないか、とかなんとか。
「ベース持って帰ってみて、大橋さんにでも聞いてみっか」
「だね」
どっちにしろ一度ベースに戻ろうかと思っていたので、俺たちは明るいところを目指した。
少しずつ家の中心部から離れていくにしたがってどこか気が楽になるあたり、俺も大概毒されてるのかもしれない。


肖像画をちゃんと見たのはベースに戻ってからだった。
神経質そうで、吊り上がった、性格のきつそうな目つき。歳は五十くらいだろうか。
いくらか輪郭が綺麗で肌に張りがあるといっても、どちらにせよ痩せた男だ。
それが美山鉦幸───先々代であると、後にやって来た森さんは言った。

鉦幸氏は慈善活動も行い手広く事業を展開していたそうだけど、人付き合いが悪く、会社を裏切った社員へは厳しく対応したと聞く。
裏切り者への制裁はキツく。本人だけでなく親戚など関係のある者はすべて自分のテリトリーから問答無用で追い出したらしい。
やってることは篤志家っぽいんだけど、人から聞く評判は潔癖で、偏屈そうで、人望はないようだ。
たしか、腎臓を患って亡くなるまでこの家にいたんだろう。だから、この家にきっと思い入れがあるってことかな。
───孤独に病室に横たわる鉦幸氏が脳裏に浮かんだ。

いまだに肖像画と向き合ってああだこうだと考えている俺をよそに、森さんがまたスパイのように闇に紛れて消えていったので、遅れて見送りの手を振った。
「慈善家だったけど変人だったんだなー、このおっさんは」
「……変人で済まされるかな」
手にしていた肖像画を覗き込みに来た滝川さんに、自然とそれを渡す。
渋谷さんはさっきの話を聞いて、滝川さんのざっくばらんな表現は腑に落ちないとばかりに呟いた。
「『ここに来た者はみな死んでいる』……ここというのは、当然この山荘のことだろう」
紙幣に書かれていた穴あき文はついさっき、浦戸という名前をヒントに逆から読むのだと解明されたけど、浮かび上がった文章は渋谷さんが口にした通り不吉で、俺たちに得も言われぬ気味の悪さだけを与えた。
「『浦戸……さ……た……聞く』これの意味がわかれば」
「……ひとつだけわかることがありますわ」
滝川さんと渋谷さんに挟まれて深刻な話題を浴びていると、原さんの鈴のような声に気を取られた。
「ん?」
「もうお忘れになりましたの?降霊会で霊が言った言葉です」
「『死ニタクナイ』?」
「きっとあれは、ここにきて死んだ人たちの霊なんですわ」
「そうかー……」
いったいいつから、何人亡くなっててここにいるんだろう。
途方もなく遡るはめになりそうで肩を落とした。
多分それはいつか、渋谷さんや森さんがこの屋敷で亡くなったもしくは行方不明になった人を洗い出し始めるはずだ。



next.

緑陵編で主人公がカメラをいじりに行って襲われなかったのは歌ってたからという裏話があります。
ジョンが鼻歌にお礼を言ったのは特に意味はない。
Dec.2022

PAGE TOP