No, I'm not. 49
三人目の失踪者が出た。また南さんのところの助手で、若い福田さんという女性だった。
いよいよただ事ではないな、という気になってくる。
「安原さん、、二人とも絶対に一人になるんじゃない」
渋谷さんも強く俺たちを見た。
なぜなら誰かが、『若い人ばかりが失踪している』と言い出したからだ。
確かにここの職員は年配の人が多いし、霊能者を迎える準備として前もって一週間ほど泊まり込んでいたけど今に至るまで誰一人として行方不明になった者はいない。
渋谷さんは次に、松崎さんと原さんをペアとして組ませた。
原さんは松崎さん相手では不安だと言ったけれど、人員からして無理なので自分の身は自分で守れと言い放った。
「安原さんもも、まったく自分の防衛が出来ない。護衛には十分に信頼できる人間が必要なんです」
「……はい……」
俺と安原さんは霊能者でもなんでもないので、原さんは渋々とだが頷いた。
「、リンに退魔法を習ったそうだな、使ったことは?」
「ない、アテにしないで」
「わかってる───では、滝川さんとジョン、二人は安原さんを護衛してくれ」
「待ってください、それは谷山さんを私が護衛するということですか?」
マ、妥当か。と思って聞いてたらリンさんが珍しく異議を唱えた。
どうやら渋谷さんの護衛が必要だったらしい。
「あれ?でも渋谷さん除霊ならできるんじゃなかった?」
「───されては困ります」
「えー」
俺はここに来てすぐ、何も出来ない俺と何が出来るかわからない渋谷さん二人でカメラを設置に行くんで、不安に思って聞いたんだけど、渋谷さんの回答からして大丈夫だと判断していた。
でもリンさんからしたら、渋谷さんは退魔法はできないし、除霊をしちゃいけないようだ。
睨まれてるのは俺ではなくて渋谷さんだったので、肩を竦めてそっちを見やる。
「滝川さんは安原さんを、ブラウンさんは谷山さんをお願いします」
「滝川さん一人ではきつい」
「おいおい……」
久しぶりに霊能者がギスギスし始めるのか、と思ったが渋谷さんは至極まっとうに、この家が危険だと言った。
珍しく断定的で、深刻そうな物言い。そりゃ、家の図面もまだ出来上がらない家で、三人も立て続けに行方不明になってれば、怖くもなるわな。
「では誰か一人を帰してください。あなたを一人にすることはできません」
「じゃー俺、」
ゆるく手を挙げた途端に、全員の視線をいっせいに浴びた。
リンさんと渋谷さんが言い合いをぴたりと止めたのはいいけど、なんだその非難めいた目は。
「僕が外れます」
「おい、少年」
「谷山さんが帰るほうが痛手でしょ?所長が調査員に後を任せてリタイアしても支障はないはずです」
沈黙を破ったのは安原さんで、滝川さんが気を使った風に声をかける。
なんで俺が帰るって言ったときとテンションが違うんだ。
「や、調査員が一人外れたほー、が」
「僕は諏訪市内で森さんをアシストしますから」
体裁が悪くね?と思って言い募る俺を、滝川さんが後ろから顔を掴んで黙らせた。
続く安原さんの言葉からして、片やここを出ても仕事をするつもりがあって、片や普通に家に帰るつもりのやつ。どうあがいても俺の負けです。
安原さんを見送り、福田さんを探しながらも屋敷内の計測を地道に続けた結果、夜にはある程度家の仕組みが判明するくらいにはデータが集まった。やっと、だ。
リンさん曰く、家の中央部分が高い構造になっていて、一階の床が徐々に傾斜しているらしい。つまり、外から比べると中央部分だけ二メートル以上高くなってるってことだ。
中庭でもないのに、二階まで吹き抜けになっている。その中央部分は完全に閉ざされているようで、入る手立てはない。
渋谷さんと滝川さんの話を半分に聞きながら、『中心部に行くほど気味が悪い』という感覚に思いを馳せる。
「例えば中にある何かを隠そうとして増築していったとしか思えないんだが……」
「ありうるわね」
「しかし隠すったって何を?」
「……どうだろうな。壁の向こうを調べてみればわかるんだが」
「つったって、どーやって調べんのよ。壁ブチ壊すわけにもいかねーだろ」
「その案は悪くないな」
めずらし、渋谷さんが突拍子もない案に乗ってる。
言った本人の滝川さんもその反応に驚いていた。
そんな折、安原さんと森さんが夜の闇に紛れて窓を叩く。二人のおだやかで陽気な笑顔に、さっきまで小難しい話をしていた雰囲気が払拭された。
とはいえ、暢気な話をしていると渋谷さんが不機嫌に咎めるんだけど。
「鉦幸氏は小さいころから体が弱かったらしいですね。子供のころからあまり長生きはできないだろうと言われてたそうです。たびたび外遊してたそうなんですが、単なる外遊というよりは、外国の医者に診せに行った、というのが正確らしいです」
ふーん、と、何の気なしに聞く。
当時のこの山荘は母屋と離れがあり、生垣でできた迷路があった。
ああ、そういえば夢の中で家を見上げた時、背の高い生垣があったなあと、妙な既視感を抱く。
「離れの方に行くといつも墓場みたいなイヤな臭いがしてたって。おまけにここに来るたびに女中の顔が変わってたって」
「───、……、」
呼吸の音がした。
隣に誰かいるみたいな近さだ。
「───その女中さんですわ」
「え」
「原さん?」
鈴のような声に安原さんの話声が止む。俺は顔を動かせないでいた。
渋谷さんが原さんを訝しみ、小さく首を傾げた。
原さんがゆっくりと近づいてきて、俺の隣に目を向けると、全員がこっちに注目する。
「話をしてたから、救いを求めてやっていらしたのね」
「何か聞けそうですか?」
俺だけ一拍遅れておずおずと隣を見てみる。
一瞬だけ目にうつるような、それとも見間違いかなって程度だけど俯く女性がいる気がする。気を抜けば見失ってしまいそうな、おぼろげな人。
「殺された方だから……酷い恐怖と苦しみの中にいて、話が出来るとは思えませんわ」
原さんが首を振り、それから光の方へと諭したあと、いつの間にか女性は消えていた。
手に触れようかと思ったけど、それよりも早かった。
「浄化したかはわかりませんけど……もう消えました」
「───血の臭い、しなかった」
「そうですわね」
それがどうした、という感想だけど、俺は思わず口をついて出た。
原さんはけして、しょうもないという顔はせずに頷く。
「二人が感じる血の臭いの正体は、この家の霊───というわけではないようだな」
渋谷さんが再び長考に入ろうとしたその時、ドン!と壁を叩くような音が響いた。
部屋が心なしか揺れるほどの衝撃。その後、ひっきりなしに激しいラップ音が鳴り、部屋の電気も消えた。
また霊がでるのかと思っていると、傍にいた原さんがほんのわずかに、身じろぎして俺に触れた。俺自身も何かに身体が触れてる方が安心できるのでそのままにして、渋谷さんの「動くな!」の声に従う。
やがて電灯が復活したと思えば壁一面に血みたいな赤い文字がびっしりと書かれていた。
『死にたくない』『助けて』『痛い』『怖い』そして、『浦戸』
「なんで、浦戸の名前が?」
あちらこちらに、浦戸の名前が見つかる。
怖いとか痛いとかは、きっと霊の今際の声だとして、───浦戸は?
その時バタバタと足音がし始め、森さんと安原さんは急いで窓から外へ出た。
慌ただしくやって来たのは大橋さんで、どうやら屋敷じゅうの壁に、同じように血文字が浮き上がったらしい。
廊下に出てみると壮観だった。
「この家の霊っていったいどれだけいるのよ?」
「浦戸ってのは思ってた以上に意味のある名前らしいな、こりゃあ単なるペンネームとは思えねえぞ」
松崎さんと滝川さんもこの家の異常性にわななく。
渋谷さんも、深刻そうにその文字を見ていた。
その後渋谷さんの提案で原さんが降霊術をやることになり、『浦戸』というのが本来は『ヴラド』という意味であることを知った。
それは吸血鬼の名前じゃなかっただろうか。
ヴラドというのは大昔外国のどっかをおさめていた王だ。冷徹で惨忍、潔癖な男で───と思いながら、美山鉦幸氏との人物像が重なる。
ヴラド、美山鉦幸、そして血のバスタブに浮かぶ人の映像、病室に沈む鉦幸氏らしき男と、『死にたくない』の声が頭を駆け巡った。
「───、ひどい……こんなこと」
原さんは霊が落ちたようだけど、思いつめるようにして背を丸めた。
面倒見のいい松崎さんが、しくしくと泣き出した原さんに寄り添う。
「若い人を殺し続けて、その血に浸ってたのか」
嬉しくないが、不思議と頭が冴えていて、確信に至る。
「……はバスタブに血を溜めた光景を夢に見たな」
「あれも、吸血鬼といえば、だ」
珍しいといいたげな目をくれて鼻白む。
みんなとは知識を仕入れた経緯というか、入り口が違うんで。
「鉦幸はけして長命と言えるほど長生きしたわけじゃない。さぞ、無念だったろう。人を殺してまで長らえた命は結局長持ちしなかったわけだから」
「だから死んでもまだ、同じことをしてるって?」
「おそらく。───ここで殺された人間の霊が失踪事件にかかわっているのではなく、この家に住む悪霊が、今なお人を求めていると考えるのが妥当だ。そしてその悪霊は鉦幸……浦戸でしかありえない」
口を開くのが億劫になって黙って聞いてたけど、とうとう渋谷さんに相槌を打つ人もいなくなった。
渋谷さんは切り替えて、明日家の中心部の壁を壊してみようと言った。
今のところ推測だけで、証拠が少なさすぎるからだろう。
そんなわけで、俺たちは早めに部屋に戻って休むようにってことで、解散が言い渡された。
「あ、原さんと松崎さん、あとで部屋行ってもいー?」
「は?」
「え?」
当然俺は滝川さんとジョンの部屋に吸収されるんだろう、とは思っていたしみんなもそうだと思っていたはずで、だからこそ俺が突然言い出した提案に原さんと松崎さんをはじめとしてほぼ全員が硬直した。渋谷さんとリンさんはそもそもまだ動き出してもいなかったので、一瞥くれただけだが。
「あんた、あたしたちの部屋で寝るつもり……?」
「違う違う、歌、聴いてほしくて」
「今日も歌ってくださるの?」
原さんはさっきからずっと具合が悪そうだったので、覇気のない声だった。
「特に今日は、辛そうじゃない?気休めにでもなればと思って」
ここ何日かのナイトルーティーンでもあったし、血の臭いはしないまでもきっと原さんは言葉にしなかった以上の何かを感じているはず。
それが辛いのか、悲しいのか、それともそうじゃないのかはわからないけど、顔色からして心配になってしまって、せめて眠りにつくまでのほんの少しに、優しい音楽を聴いてもらえたらと思ったのだ。
next.
主人公はオカルト系に興味ないけど音楽のルーツとか系統とかは色々見てきたはずなので、妙に明るい分野があったりなかったりするかもしれません。
Dec.2022