I am.


No, I'm not. 50

女性二人の部屋の前に、男五人が集結した。
……俺を送り迎えするんでジョンと滝川さんが来るのはしょうがないとして、渋谷さんとリンさんまで廊下に出てきたのだ。おおかた俺の勘を期待してるんだろうが、原さんが感じた以上のことが俺に感じられるとは思わないんだけど。
「は?全員来たわけ?」
ドアを開けて出迎えた松崎さんも、全員がいるのに呆れた顔をしている。
「俺は原さんにゆっくり眠ってもらいたいのに、男がこんなに部屋に入ってきてたら寝るに寝らんないだろ!───廊下で立ってろ」
男共はさすがに俺の言うことに反論はなく、渋々とだが廊下に屯した。
「あんたも一応男なわけだけど?」
「えー、二人が気になるなら、廊下で歌う?」
松崎さんは部屋に俺を入れながら悪戯っぽく言う。
許可もらえたもんだと思ってので言い返せば、部屋の中のベッドに座っていた原さんがくすくすと笑った。
「いいえ、気にしません」
「冗談よ冗談」
まあ俺を男だと思ったことなんかないだろう、二人とも。
ケースから出してきたギターをもちなおし、原さんに許しを得てベッドに座る。
「二人はあともう寝るだけ?」
俺の問いかけに二人は頷いた。
着ていた服も違うし、松崎さんなんかは顔の印象が変わってるので化粧も落とした後なんだろう。納得しながら、それでも綺麗だけど、と言ったら変な顔をした。
「あんた、軽いのよ。下手したらあの破戒僧よりも」
「今までは女性だからと思ってましたけど、女性に慣れておいでですのね」
「なにそれー」
肩を竦めて口を尖らす。
一番身近な女性は望ちゃんで、麻衣でいるときはやっぱり女の子が近くにいっぱいいたかもしれないけど、そんな軽いかな。
……なんて雑談していると、松崎さんも自分のベッドに上がり寝転がる。
「望ちゃんって、あんたのバンドの人?」
「そう。今おなかに赤ちゃんがいんの」
「まあ、そうでしたの」
最近性別わかって、女の子だって教えてもらった望ちゃんのお腹の子を思い浮かべる。
「俺、その子の初恋の人になるのが夢なんだ」
馬鹿、と松崎さんは言いながらも笑った。
原さんも口元を掛け布団に少し隠してだけど、枕ですこし身じろぎする。
ふ、と言葉が途切れて、空気が和らいだ気がした。

「───いまごろ頑張ってるのか それとも新しい光が」

波長が合ったな、と感じて歌いだす。

「青白い瞳にうつってるのか……間に合うように届けようと 遠慮がちに歌います」
二人は、俺が歌いだしたのに戸惑うことなく、静かに身体を布団の中に落ち着けた。
原さんに「ハッピーバースデートゥーユー」と笑いかけると、くすぐったそうにしたので、そっと目を閉じてゆっくりと意識を逸らす。
ちょっとだけ心の扉をノックするだけのつもりで。
あとは少しずつ俺の歌を聞き流しながら、優しいメロディとか温かい歌詞に、楽に身を委ねてくれたらいい。
「健やかに育ったあなたの真っ白なうなじに いつかは誰かがキスをする」
歌のメロディーは柔らかく優しいけど、歌詞から少しの切なさとか、生きるうえでの苦難とかもほんのりと意識するかもしれない。でもそれが人生だから、それが生きるということだから。
……喉の奥が痛くて、声が震えそうになったり、目の奥が熱くなるのはどうしてだろう。
歌い終わる直前に、原さんが布団から出した手が、俺の膝にちょこんとふれた。
ふと顔を見れば、とろりと涙をこぼしながら、眠りにつくところだった。
俺も同時に最後のひと息を歌いきって、一粒だけ涙をこぼした。


「……真砂子、眠った?」
「ん」
松崎さんは眠ってはいなかったけど、ベッドから出てこなかった。
俺が原さんの顔を覗き込んで、そっと涙を拭うのを見ないふりしてくれているだろう。
そして俺がちょっとだけ泣いたこともだ。
「あんたももう寝なさい。おやすみ
「おやすみ。電気消すね」
「ありがと」
立ち上がりながらギターを背中に回して、ドアのところで電気を消す。
松崎さんは直前に手を軽く振って、そのまま静かになった。
廊下に出るとすぐ、男四人が立ってるので、ウオ……と変な声をあげそうになって笑う。
もう、さっきまでの気持ち全部台無し。
「どうだった、真砂子ちゃんは」
「寝かしつけ……成功です!イエー」
「よかったです」
滝川さんとジョンは俺のミッションコンプリートのハイタッチに応じた。
リンさんと渋谷さんは動かないので、勝手にパンチだけいれとく。
「歌ってみて何か感じたか?」
「いやー、あと百晩百曲歌わないと無理って感じ」
とてもとても、と首を振ると渋谷さんは肩を竦めた。そもそも期待はされてないので、一言そうかと頷き、渋谷さんとリンさんは部屋に戻っていく。
その背中を見て残された俺たちも足を踏み出した。
「んじゃー部屋戻って寝るか」
「せやですね、明日は身体も動かしますし」
「あーしんど」
「多分俺たちで順番にやらされるんだぜ」
「鬼。ボイコットしようぜ」
「できるもんならな」
はあ……と三人で揃ってため息を吐いてしまった。
そしてなんとなく顔を見合わせ、目だけで励まし合う。結束力が高まった気がした。


次の日、渋谷さんは大橋さんに許可をとって壁を壊すことにした。
リンさんが壁の厚さを測る機械を操作してて、俺は初めて見た道具にそんなのあったのか……と驚き興味津々。
比較的に壁が薄そうな部分を探して、人がかがんで通れるくらいの穴を目指して鶴嘴でハイホーハイホー。あーたのしい!お仕事大好き、と言い聞かせてた節はある。
唯一の救いはリンさんがちゃんと手を貸してくれたことだ。渋谷さんは女の子だからやらない。
「どーだこんにゃろ」
「うー、汗かいたー」
ぜえはあ、と息を荒らげながらなんとか開いた穴を前に身体をのけぞらせる。
「飲み物持ってくればよかったかしらね」
「腕痛めていません?」
「ウン……ヘーキ」
松崎さんがハンカチでパタパタ扇いでくれるので涼みながら、原さんに手の心配をされ、大変なチヤホヤを味わう。人徳だな。
渋谷さんは俺たちに一切のねぎらいもなく穴の奥に興味津々。赤外線カメラで中に何があるのかを確認していた。ほかの男三人も、自分たちの疲労なんてそこそこに、カメラの様子を窺っている。
へー、霊能者ってガテン系なんだー。

原さんと松崎さんが残るのは良いとして、彼女たちに俺を守らせるわけには行かなくて、渋々男共の後をついて穴の中に足を踏み入れる。
その『部屋』はドアが一つ、窓がひとつ、奥には焼却炉みたいなのがあった。
ドアと窓はその先が壁になっていて塞がれていた。焼却炉は安原さんが外から発見した煙突で、俺たちがいくら測量しても見つけられなかった場所。
こうして壁を壊さない事には入れなかったから、当たり前だ。
「……わあ!」
ジョンが、思わずといった風に声をあげた。
反射的に声のする方へ目をやると、焼却炉をリンさんと覗き込み、ちょっと距離を取った二人の背中があった。
「どうした!?」
「おいジョン!?」
俺も渋谷さんも滝川さんも、周囲を検めるのをやめてジョンとリンさんに駆け寄る。
中に……と言葉を濁すジョン。
そして何も言わないリンさん。
俺は嫌な予感がしながら、渋谷さんと滝川さんに挟まれて触れる腕や肩につられるようにして、焼却炉の中を覗き込む。
三つの懐中電灯が中を、より広く、明るく照らした。

中には死体があった。
言っちゃなんだがまだ『新しく』かといって昨日今日ではない傷み具合だったと思う。といっても、環境でそういうのって変わるんだろうけど。
とにかく警察を呼んだ方が良いと大橋さんや他の霊能者のいる広間で報告をした。
通報について、大橋さんは本当の依頼人に判断を仰ぎたいといって血相変えて部屋を後にする。残された霊能者はソワソワしていて、中でも五十嵐さんが屋敷のどのあたりだったのかと渋谷さんに問いかけた。
「建物の西の方です」
「まあ!西の方……博士のおっしゃった通りですわね」
彼女のはしゃいだ様子に、あの遺体や部屋を見てないからだと思って眉を顰める。それにしたって、自分の助手が行方不明になっているんだから、他人事じゃないだろうに。
渋谷さんは五十嵐さんの言葉を聞いてから、「ほかの失踪者にもほとんど生存の望みはないと思われます」と告げた。
途端に五十嵐さんは蒼褪めた。ようやく事態が呑み込めたんだろう。
渋谷さんは畳みかけるように、遺体を発見した現場が完全な密室であることを説明した。迷い込むなどありえない───何者かが、人知を超えた力で、そうしているのだということはさすがにわかる。
途端に、話を聞いていた霊能者はこぞって帰ると言い出した。
南さんたちも、そそくさと立ち上がる。彼は厚木さんと福田さんという二名の助手が失踪していたが、見切りをつけるのが早い。まあ、ある意味では一番危険が身に沁みたというわけだろう。
「ま、待ってください博士……お願いです。お力を貸してください……どうか……」
よろよろ、と立ち上がったのは五十嵐さんだ。
彼女は鈴木さんが失踪してからここ何日もずっと落ち込んでいた。さっきはしゃいでいたのだって、鈴木さんが見つかるかもという希望の下で喜んでいたのだろう。
「どうか鈴木さんを探してくださいまし……おねがいします、デイヴィス博士!」
五十嵐さんの必死の形相はもはや幽鬼のようだった。
その迫力に、博士は引きつった顔を見せる。
まあ、今までもこんなふうに縋られてきただろう。そういう能力者として有名らしいし。
探してあげるんだろうか、失踪時に身に着けていたものでしか探せないとか言って断ってたけど。
ミーハー根性でやり取りを見てると、デイヴィス博士は五十嵐さんを激しく拒絶した。
「ワ、ワタシは違います!ワタシはデイヴィス違います!」
うわ、言った。
「名前はレイモンド・ウォールです、博士ではないです!」
まあ胡散臭かったしな。
あっけないペテンの暴露だった。
「あーあー」
思わず声をあげると、渋谷さんが同時に横でため息を吐いた。
ちらっと横顔を見ると、冷めた顔してやり取りを眺めている。
うーん、心底どうでもよさそ!



next.

歌ってるうちに感情昂ってるので、漠然と何かを感じてはいる。
それは真砂子もそうだと思うので、二人だけちょっとだけわかっていることがあった。たぶん。
Dec.2022

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