I am.


No, I'm not. 51

長野から帰ってきて学校に行ったら、「とうとうこのまま辞めると思ってた」「送別会カラオケでイ?」「珍獣だー」「すでに進級危ういぞ」なんて、散々なことをクラスメイトと先生に言われた。
四月から進級が危ぶまれたのは、去年も春から堂々不登校を繰り返して進級がギリギリだったからだ。
や……今年こそマシなはずだし。とか思ったけど、休む直前に受けた学力テストの結果を見て納得した。ほとんどの科目は平均を下回っていた。さもありなん。
俺、音楽に関する才能以外は持って生まれてこなかったンだな。
先生にそう言ったら少しは努力しろって言われたけど、今俺が努力するべくは、空いた時間のアルバイトだ。時は金なり。

土曜日も朝から出勤して、気ままに客を待ちながら机に向かう。やることがなかったので、学校を休んでいた間に出た課題を片付けていた。
渋谷さんとリンさんが二人とも出払ったので、あーだのうーだの言いながら課題とにらめっこして数分───ドアが開いてベルが鳴る。
お、と立ち上がれば森さんの姿がそこにあった。
「こんにちは。あら?谷山さんだけ?」
「こんにちはー。二人はちょっと出てます」
客じゃなくて一瞬肩透かしくらったけど、ここはまともな客が来る確率の方が低い。
気を取り直して、森さんを出迎えるために歩み寄った。
「なにかご用でした?」
「ううん、今日帰るから、挨拶に来たんだけど」
「帰る、って家遠いんですか?どこらへん?」
「ナイショ」
森さんは堂々と躱した。
プライベートなこととはいえ当たり障りない問いかけだろうに、ここの関係者はこれだからまったく……。
「二人には連絡入れてないんです?」
「わざわざ挨拶なんて来なくていいって言ってくるかと思って」
「あははは」
二人がいないなら帰るのかと思ってた俺の予想に反して、森さんはソファに座った。
どうやら休憩していくつもりらしい。
お茶を入れようかと提案したら辞退され、手持ち無沙汰だったので森さんのそばに腰を下ろした。
「バイト、どう?楽しくやれてる?」
「え、楽しいかどうかはともかく、助かってますよ」
「楽しくはないわよね~」
忌憚なく答えても、あの所長と調査員をご存じだし仕事内容も特殊なので、森さんは笑いながら俺の感想を受け流した。
「オカルト好きならともかくね……この前の依頼が今までで一番大変だったかなー」
「大きなお屋敷だと、測量やデータ収集も骨が折れたでしょう」
「測量だけで何日もかかりましたもんね。それを後になって『僕はまどかの依頼を受けたんだ』だって。あの時ばかりはココ辞めようかと思いました」
俺は気取った風に、わざと口を窄めて渋谷さんの全く似てないモノマネを披露する。大いにウケた。
でもあなた笑い事じゃないので……。
モノマネした渋谷さんの言う通り、先日の調査の目的は森さんから『オリヴァー・デイヴィス博士が日本に来ているそうだから見てきて』というものだった。つまり諸悪の根源。
何がどうしてそうなる?と思うけど、渋谷さんはその依頼を遂行するために長野くんだりまで、大所帯でたいして興味を持てない調査を片手間にしながら、オリヴァー・デイヴィス博士を見に行ったというんだから、ある意味ご愁傷様である。本来なら考えられない事態だろう。
「……森さんって実は、渋谷さんの弱味握ってたりします?」
あの渋谷さんに言うことを聞かせるのだから、相当のネタを持っているに違いない。そう思って聞いた俺に、森さんは俺の耳元でナイショの話風に言った。
「実はね、所長とリンは駆け落ち中で、私が手助けしたの」
「───そんな気はしてた」
それを聞いた俺は、驚かずにウン!と頷く。
たしかに、あの二人同棲してるし。
俺、渋谷さんがスプーン曲げを出来ると言うナイショの話を抱えていたけど、更にとんでもないことを確信してしまったなー。原さんや松崎さんには口が裂けても言えないや……。
「もしかしてこの間喧嘩しそうになったのは痴情のモツレ?俺を挟んで喧嘩しないでほしー……」
げんなりする俺をよそに、森さんは泣くほど笑っていた。
どうやらさっきの発言は冗談だったみたいだけど、いやいや、それこそ冗談だろ。
「ああ、面白い。谷山さんがここで一年も働けたのも納得しちゃった」
腹が捩れるくらい笑ったんじゃないかという森さんがようやく落ち着いて、俺に対する感想を述べる。
どういうことだろうと首を傾げて次の言葉を待った。
「バイトを雇ったって聞いた時は本当に驚いたのよ」
「でも、前にもいたんじゃないですか?」
確かバイトに声かけられた時、そんなことを渋谷さんが言ってたような……。
ところが森さんは、あっさり前に人なんて雇ってないと教えてくれた。その情報は言うんかい。
「変な話だ。俺のどこを見てバイトに雇おうと思ったんだか……聞いてます?」
「どうかしら。でも、どんな子なのって聞いたらね」
森さんは俺のことを、『噂の谷山さん』と言ってたくらいだから、何かを聞いてたんだろう。
それがどの程度の情報なのかは想像つかなかった。あの二人よそで俺のこと話題になんかするのか?
「二人そろって言うのよ───よく、歌ってるって」
「歌ってる」
肯定するように復唱した。
俺にとって最も大きな自己表現であり存在証明なので、表現の仕方としては間違っていない。
大抵ギターを持ち歩いているか、音楽聴いてるか、歌詞考えたり作曲してるか、歌っているかだ。音楽中心の毎日を過ごす俺は、二人からしたらきっと特殊に見えるんだろう。だからそういうところを人に説明したのかもしれない。
「きっと気に入ってるんだと思うの、谷山さんの歌」
「え……?」
森さんの言葉に、驚きを隠せず聞き返した。
「そうじゃなきゃ、わざわざ私にそんな話しないでしょ?」
言わんとしてることはわかるけど、納得するほど渋谷さんやリンさんの性格を理解してない。
それはつまり二人が、俺の歌をただ『聞こえている』以上に『聴いて』いたってこと?
「そんな、人間みたいな部分が」
「あはは人間よ~。あの二人がそんな風になるんだもの、会ってみたかったし、歌も聴いてみたかったの」
またの機会に期待しているといってくれたので、俺もまたの機会にとラフな約束を結んだ。
「さて。ここで待っていても仕方ないし、ランチでもいかない?」
「え、でも事務所」
「お姉さんに任せておきなさい」
そういって、森さんは渋谷さんあたりに電話をかけ始める。
電話相手に「帰るから挨拶に来たのよ」と言ったら、そんなものは要らないとでも返されたのか、プリプリと可愛らしく怒っていた。
俺はその隙に、自分の机の上に広げていた課題を軽くまとめて、一番上のプリントだけ裏返す。
「許可とれたから行きましょ。私のオゴリよ~」
「やったー」
弾けるように森さんの方を向くと、得意げにピースしていたので両手バンザイして喜んだ。



「なんだ、戻ってきたのか」

森さんを駅まで見送ってから事務所に戻ると、渋谷さんが意外そうな顔で俺を出迎えた。嫌味の一つ二つは言われるかと思ってたけど、言いくるめたのは森さんだもんな。
だとしても不機嫌になればその様子を隠そうともしないから、きっと事務所を無人にしたことは重要じゃないんだろう。鍵は閉めたし。
「課題のプリント置いてってたのと、渋谷さんに用もあるから」
「用?」
「シフトの相談。今度連休あるじゃん?」
ああ、と納得した声をあげて、俺の言葉を待つ。
机に置いてたプリントは後で鞄に入れればいいかと、渋谷さんの座るソファの傍に腰を下ろしてスマホのスケジュールアプリを開いた。
「二日から三日にかけてさー、旅行いってくるから。ダイジョブそ?」
「ああ」
特に反対されなかったので、決定とばかりにアプリに打ち込む。
これで同じアプリを持つ渋谷さんのスケジュールにも、俺が二日間休みということが共有された。
最近始めた試みで、俺が出勤したい日を勝手にインプットしておくと、渋谷さんが確認してくれる画期的システムである。
来ないで良い日っていうのは滅多にないが、渋谷さん自身も旅行で不在にすることがあるのでその日だけは登録しておいてくれたり。
「あと希望としては五月のここと、六月のこのへん」
「…………学校は?」
仮で予定を立てると、渋谷さんはスマホ画面を見ながら野暮なことを聞く。
俺が言った日付が、普通に平日だったりするからだろう。
「音楽をするなら旅をしないと、ね」
ニコ!と笑うと、呆れた顔を向けられる。
これはいつものことだけど、その裏で俺の歌に少しでも心を開く準備があるのだとしたら、ちょっとだけ愛しいなとさえ思えた。



next.

前回あっさり終わったのは、原作のすれ違いがない場合はそうなってたのが妥当かなと思いまして。
職場のスケジュール管理を共有アプリでするという字面にすれば普通なんだろうけど、二人がスケジュール共有アプリを入れてるとすると滅茶苦茶おもしれー絵()なんじゃないかと思います。
なおリンさんはハブ。
Mar.2023

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