No, I'm not. 52
夏休みの真っただ中、俺は石川県の能登方面に来ていた。タクシーで所定の場所にやってきた俺を迎えてくれた吉見彰文さんに連れられて林に囲まれた道を歩く。
その先に、彼の家が営む料亭がある。
ふとした瞬間からその場の空気ががらっと変わったような気がした。
夏の海風とか木々のざわめきはそのままに、俺の身体を貫くような緊張感が走る。
演奏前にコンディションチェックをするみたいにこの場所や自分の身体に意識を向けた。
屋外で、林があって、道は少し折れ曲がっている。俺の身体は、長時間移動の疲労はあれどすこぶる良好。指先まで感覚がある。声も、よく通るだろう。
「谷山さん?」
彰文さんが、足を止めた俺を不思議に思って少し離れたところで呼びかける。
「すみませんぼーっとしてました」
「長旅でしたよね。あとでお茶をお持ちします」
緊張の正体が分からず、取り繕って再び動き出す。
ほどなくして日本建築の建物が見えてきて、あれが話に聞いていた店なんだろう。
今は営業を休んでいる。なぜなら、渋谷サイキックリサーチが調査に来ているから。
つまり、心霊現象がおこるからだ。
「よう、思ってたより早くついたな」
「急げっていうから」
店で出迎えてくれた滝川さんはけろっとした顔をしていた。
昨晩───否、もう日付が変わっていた時間だから今日、電話をしてきたときには切羽詰まったような、どこか暗い声をしていたのに。
「原さんとジョンはもうついてるんだっけ」
「そっちはこうなる前に呼んでたからな」
調査の拠点としては店の一室を使っているらしく、廊下を歩きながら軽く内装を眺める。
個室や宴会場のある飲食店とか、旅館とだいたい似た雰囲気。
案内されて襖を開けると和室が広がる。両サイドが襖で仕切られているので多分もっと広い部屋になるんだろう。
機材が設置されたところにはリンさんがいて、部屋の隅には松崎さんと原さん、そしてジョンがぽつぽつと座っていた。
「渋谷さん大変なんだって?」
「そう。リン曰く、起きだしちゃまずいらしいんで金縛りかけて寝かせてる」
「へえ」
起きたらまずいとか金縛りとか、どういうことだかさっぱり分からないが、聞き流しておくことにする。
事の発端は昨晩、この家の住人に憑依した霊が大暴れしたところまでさかのぼる。
渋谷サイキックリサーチの当時の人員は俺以外の二人と、滝川さんと松崎さんというお馴染みの二人。憑依した霊を落とすのはジョンが得意らしいんだけど不在だったので、試しに松崎さんがやってみることにしたのだとか。
その時渋谷さんは、さっそく初日から霊が暴れるという事態をみて、今後に備えて原さんとジョンにも声をかけた。ついでに俺にも電話してきたんだけど、俺はイベントを控えていたので辞退したのだった。
電話の後すぐ松崎さんの挑戦が始まり、霊が住人から出てきたがそのまま暴れ───結局渋谷さんに突っ込む形で憑依して、今に至るというわけだ。
渋谷さんみたいに我の強い人間は霊に憑かれにくいらしい。ところがいざ憑かれてしまうと今度は離すのも大変というわけで慎重に事に当たらなければならなかった。
下手したら渋谷さんは二度と目覚めないかもしれない、渋谷さんの身体が万が一目覚めて霊が暴れ出したら皆死ぬかも───とまで言われたので、俺もやってきたというわけだ。
顔だけなら見れるらしく、渋谷さんの横たわる部屋の襖が開けられた。
「どうだ」
「綺麗な顔してる」
「じゃなくてさあ」
「まさかあの電話が渋谷さんとのさいごになろうとは」
「変な雰囲気出すのやめろ」
滝川さんはどうやら俺の第六感に期待していたようだが、見て何かがわかるほど俺に経験や知識があるわけなかった。
原さん曰く、そこにいるのは空虚な霊。
強い存在感があるのに何の感情も放射していないらしい。
「じゃあ次。こっちの映像」
「はいはい」
調査に遅れてきたから仕方ないが、色々と説明されたり資料を見せられることになり大忙しだ。
滝川さんに手招きをされて、リンさんとの間に座る。どうやら昨晩、誰かの部屋と店の外に白いふわふわした光の玉が飛んでところが撮れたらしい。
「これは葉月ちゃんの部屋だな」
「あー、戒名のある子」
「んで、こっちは店の入り江側の部屋」
「音や振動はなく、計器類も正常値の範囲内。ただし気温が五度ほど低いです」
「へー……」
滝川さんとリンさんの声を聞き流しながら映像を眺める。
これが『何か』であるならリンさんがそのことを言うだろうけど、何も言われない。
つまりは光の反射とか埃とかカメラの汚れでもない、虫や人のイタズラでもない……と、いうことになる。
「なん、だろうな……」
ぼやくようにつぶやき、情報の少なさから考えを一度放棄した。
next.
ベースの雰囲気みて「なんだお通夜か?」って言うデリカシー無し男やりたかったけど自粛しました……。
この話を書くたびに石川県に行ってみたい気持ちになります。
Mar.2023