No, I'm not. 54
渋谷さんの眠る部屋の襖に背を預けてギターを抱え込む俺のそばに、ふと誰かの気配が立つ。弦をとろとろと撫で音を奏でていると隣に座った。
首を少し動かせば身近に美しい顔があった。
そっくりな顔した渋谷さんは後ろの部屋で眠っているはずなので、これはユージンだ。
ベースにはリンさんがいて作業している。機械の稼働音もすれば、時計の秒針の音だってわかる。
眠っているわけではないのに───と思いかけて、そういえば起きているときでも会っていたなと思い出す。
話し始めたら、リンさんが振り向くのかな。
「───見れた?」
「何を」
口ごもっていると、主語のないわかりにくい問いかけがあったので反射的に聞き返す。
リンさんは俺が歌っていようが眠っていようが動じないだろうけど、ひとりで話し出してもこっちを見なかった。
全然気にされていないのか、それとも俺は自分が気にしてないだけで眠っているのか。
「洞窟に吹き寄せる魂」
「ああ、わんさかいた」
ユージンの言うことに思い当たって、うんざりした声を出す。
苦笑されたのはどういう意図だろう。
俺の人間性の低さに呆れたのか、それともあの魂の量や記憶にユージンも困ったのか。
「本当はもう少し落ち着いて見られたらよかったんだけど、直接洞窟へ行ってしまったから」
「うん」
行く前に心の準備させたかった、ってことかな。
「───ここに来た時どう思った?」
「……ちょっと緊張した。でも気合が入るっていうか。おごそかーな舞台に立ってこれから歌うぞって感じ?」
「それはちょっと、僕には想像できないな」
「原さん風に言うといい場所でも悪い場所でもない、ってことだろ」
俺の感覚はわかりづらいだろう。だから原さんの言葉を借りたけど、俺と原さんの感覚が全く同じという意味ではない。
それに俺だって、自分の感覚を例えたけどそれがしっくりくる表現というわけでもなかった。
「うん。……そうだな、霊場と似ている」
「なんだそれは」
リンさんが振り向かないのをいいことに、ユージンとの会話を続けた。
霊場というのは大雑把に言うと霊験あらたかな場所で、一般的には神仏のご利益がありそうな場所を示すらしい。
そうはいっても、霊的に力の強い場所というのは良いことばかりではなく、悪いこともおこりかねないそう。呪われたり祟られたり憑かれたり、みたいな感じだろう。
だから良い場所でも悪い場所でもないという表現になるわけだ……。納得。
「じゃああの洞窟は良くも悪くも要注意?」
「そうだね」
再び洞窟に思いを馳せると、いくつかの記憶が鮮明になる。あの場所にいた魂は種族問わずだったけど、より思い起こされるのはやっぱり人間の魂だ。
どれもこれも、非業な死を遂げている。
彰文さんが雄瘤と雌瘤にまつわる伝承みたいなのを聞かせてくれたが、あの中で心中をした二人とかもまさにそんな境遇だ。
「何がなんだかなー」
「腑に落ちない?」
「…………」
わからないと片づけてしまうか、わからない理由を探るかを考える。
そしてふと渋谷さんのことが気になった。思考放棄ともいう。
「渋谷さんは大丈夫かな」
「え?……ああ、うん、平気」
唐突な話題転換にユージンは驚くように目を見開いた。
心配しようにもどうしたらいいのかわからない相手なので、漠然とした問いかけと、ざっくりした回答に納得するしかない。───でもこんなときに、上澄みを掬うだけでいいんだろうか。
「もう少しわかりたい」
「……、のこと?」
「え?うん」
ユージンが何か短い名前を呼んだ気がしたけど、渋谷さんのことしかないだろうと反射的に頷く。
しかしどんなことが知りたいかと聞かれると、答えに困った。そのくらい知らないことが多いし、知りたいところが深いような気がした。
「ユージンみたいに、心のどこかに触れられたらいいのに」
「僕……?」
「そう。チャンネルとか言ってたっけ」
「ああ」
俺の言葉を少しずつ噛み砕くようにして理解していく。
以前ユージンは俺とチャンネルが合わせやすいみたいなことをを言ってた。
名前を知ったからか、チャンネルという言葉にしっくりきたからか、俺はあの時ユージンのことを一歩深くわかったような気がしたし、俺の中にユージンが根付いた気がした。
「俺はユージンの名前しか知らないだろ。でも、今目の前にいるおまえのことはなんとなくわかる」
「どんなこと?」
心なし、楽しそうに目を輝かせたユージンに圧倒されて目を逸らす。
「なんとなくだし……言わない」
「どうして?」
「俺が勝手にわかった気になってるだけでいいんだ」
「そう」
「音楽と一緒だよ」
ギターを再び鳴らす。歌を歌うわけでも、決まったメロディがあるわけでもなく。
渋谷さんやリンさんも、森さん曰く、多少なりとも俺の音楽を受け入れてくれてるらしい。
かすかな入口を抜けて、遠くにあるその場所へ辿り着ける音はまだわからないけど。
少しずつ、ユージンが離れて行く。
ベースの物音や、自分のギターの音、歌い出した声を強く認識し始め、とうとうユージンとの繋がりが途切れたことが分かった。
渋谷さんはユージンと近いようでいてその実まるで違う場所に居るんだろう。そして今はずっと深いところに意識が眠っていて、普段よりも閉ざされているに違いない。
探せる自信、ないな───。
ふ、とリンさんが振り向いた。
その視線の先にある、廊下に繋がる襖がおずおずと開けられたので、きっとノックがあったんだろう。
俺は反射的に音を鳴らすのをやめる。
顔を出したのは若い女性で、家族構成的に彰文さんの二人の姉もしくは義姉の誰かだ。年齢や服装的にみて大体察しがつくけど。
「お邪魔して申し訳ありません、……夕食の準備が出来ましたので、お迎えに上がりました」
「あ、どうも。リンさんも行けるの?」
「あまり無人にはしたくないので、私は後でとります。谷山さんはお先にどうぞ」
ギターを取り払って立ち上がり、リンさんの言葉に甘えて支度した。
「ほかの皆どうしてますか?電話で呼んだ方がいいですかね」
「いえ、先ほどお会いしてご案内してますので」
物静かでクールな人だな、と少し前を歩くお姉さん見下ろす。
まっすぐ前を見ていて視線がブレない。
「あのー……ギターうるさかったらごめんなさい。一応仕事道具でもあって、気を付けるので」
「えっ?あ、いいえ……全然……」
勝手に気まずくて、声をかけると弾かれるように俺を見上げた。そしてぽかんとした顔で言われて、そこで会話は終了。
もうちょっとなんか言い訳したくなったけど案内されて部屋に辿り着くのはすぐだった。
先に声をかけられていたらしい皆が席についていて、お母さんが配膳してくれていて、彰文さんが遅れてお櫃を持ってやってきた。
それとすれ違うようにしてお姉さんは去っていく。
「二番目のお姉さん?クールビューティーって感じですね」
「はい、奈央といいます。よく言えばそうかもしれませんが、……不愛想で申し訳ないです。人見知りなところがあって」
「うちでも接客させてるのですけどね、まだ慣れていなくて」
お母さんは苦笑して、困ったようにぼやき、彰文さん同様に非礼を詫びるように頭を下げた。
別に冷たくされたと傷ついてるわけではなくて、単なる感想のつもりだったので、俺は二人に慌てて取り繕った。
「あ、ぜんぜんそんな。俺も部屋でギター弾いてたから、驚かしちゃったんだと思います」
「ギター、そういえば……あれ本当にギターだったんですね」
何かを思いだすような口ぶりの彰文さんはきっと、ギター背負ってやってきた俺を思い浮かべているに違いない。
見るからにギターだったそれを、まさかギターではあるまい、と思うことにして流してたようだ。
……ギターなんだわ。
お母さんも彰文さんも俺がギターを持ちこんだことを、どう処理したら良いのだかわからなくなっていて、今更あれはマイ枕ですという訳にもいかない。
霊能者たちもすっかり俺のギターという存在に慣れてしまっていたせいか、あちゃーという顔をしているので助けは望めないだろう。
「さ、冷めないうちに、どうぞ召しあがってください」
「オイシソー!!!」
しかしそこは接客業のベテランであるお母さんが、ニッコリ笑って話をかえてくれた。
なので俺たちはのっかって、元気に挨拶して夕食をいただくことにした。
next.
ユージンとの会話部分は起きてギターをてろてろ弾きながら、会話を脳内でしていたかんじ……。
Mar.2023