I am.


No, I'm not. 56

海岸に向かう道中でリンさんは、洞窟に設置したカメラに、異物が映るのを見つけていたと話をした。
だから俺が夢を見たと言っても驚かなかったんだろう。
途中、階段を下りていると、俺のスマートフォンが震えだし着信を告げる。
相手は滝川さんだったので、つとめていつもの調子で電話に出た。
「もしもーし」
?今どこだ?リンと出たって聞いたが』
「ン、一緒。滝川さんたちは今ベース?」
俺とリンさんが外に出てることを知ってるということは、松崎さんたちに会ったか、連絡を受けたかだろう。
『海の方にいるのか……?波の音がするけど』
「洞窟にいる」
『お、見えた。なんで洞窟なんかに』
俺たちが奈央さんのもとへ辿り着いたとき、カメラにその姿が映りベースにいる滝川さんにも見えただろう。
「奈央さん見つけた。早く引き上げてあげたい───、切るよ」
『は!?……お、』
返事も聞かず電話を切り、ポケットにしまう。
そしてリンさんに目くばせして二人で海に近づく。
俺は濡れるのも構わず、奈央さんを手繰り寄せた。足も濡らし、岩に必要以上にぶつけてしまわないよう、俺とリンさんで持ち上げる。
水を吸った衣類や髪の毛がまとわりついてくるし、力の入らない身体は重たかった。……しんどい。



「えらく濡れてしまいましたね」
「だね、あとで風呂入り直さないと……」
ベースに戻ってきて、奈央さんの死のショックから皆が口を閉ざす中で、ジョンが俺を労うかのように、口火を切った。
リンさんはそんなに濡れてないので、俺に腕力がなく下手だったのかもしれないし、上半身を抱えたからかもしれない。
「悪いな、すぐ終わらせよう。……何を見たか話せるか?」
きっと松崎さんと原さんから、俺とリンさんが外に出ていくまでの出来事を聞いているんだろう。滝川さんが真剣な顔つきで、それでも心配そうに俺を見る。
「……海を見てたら、背中を押されたんだ。それで、そのまま崖から落ちた」
つとめて冷静に、的確に答えた。
奈央さんが亡くなって辛いのは皆一緒だ。
海に落ちる感覚を味わったのは俺だけかもしれないが、それは現実のことではない。奈央さんだけの悲劇。俺がくよくよする資格はないだろう。
「誰かが一緒にいた?」
「ひとりだった」
「押した人を見たか?」
「見てない───でもそれでよかった……」
?」
「茶室の庭……海が一番よく見えるところで、好きだった。そこには家族しかこないから……」
「───」
まるで自分のことのように話していた。
でもそれは俺が奈央さんになったのではなくて、『知ってる』と思い込んでいるだけのような気がする。
「奈央、さん?そこにいますか?」
困惑したように、滝川さんが呼ぶ。
彼女の霊だとか記憶だとか魂だとかが、ここにあるわけではない。
───彼女はまだ、洞窟にいる。
まるで大きな流れみたいなのがあって逆らえず、奈央さんも、他の魂も、あの洞窟に吹き寄せられていくんだ。
「いきたくない……」
「、?おいっ……」
滝川さんが何度か繰り返し、奈央さんと俺を交互に呼ぶ。
聞こえているのに、起きて答えなきゃと思うのに、とろりと意識がとけていき、身体から力が抜ける。

俺はいつのまにか洞窟に来ていた。
え、こわ……。寒いのだか恐ろしいのだかで、身体がぶるりと震える。
あんまりこの洞窟に来たくなかったんだけど……と周囲を見ると海の方から誰かが音もなく進んできた。足が動いているわけでも、身体が揺れているわけでもなく、宙に浮きすうっと動く。
「奈央さん……?」
亡くなった時の姿のまま、奈央さんが何度も何度も、洞窟を通っていった。
奥に抜け道があるわけでもないのに、消えたと思ったらまた海からやってくる。
奇妙な儀式にしか見えなくて、よりいっそう恐ろしい。
どうしてこの洞窟で、そんなことをしているんだろう。
「再生の儀式だ」
「え、……あ、ユージン」
さすがに一人でこんなとこにいるのは不安で、見慣れた姿に安堵して近づく。
「暗い穴の中を通り抜けるのはもう一度生まれ直すことを意味している。彼女は何度もああしてこの洞窟を通り抜けながら、別の何かに生まれ変わろうとしてるんだと思う」
「……次の人生ってこと?」
ユージンは肩を竦めた。
「この洞窟は魂を呼び寄せる。呼び寄せられた魂はああして儀式を繰り返すんだ。……そこまではわかるんだけど」
「先になにかあるのかな」
「行かないほうが良い」
奈央さんがどうやって行き来しているのか興味があったので、洞窟の奥まで行ってみようかと思ったが手を取られて阻まれる。
「今は魂の状態なんだから」
「なるほど……」
うっかり他の魂みたいになりかねないってことか。
にしたって、変な土地だ。いや、他の土地での死後の魂サイクルなんて知らないけど。


早いとこ洞窟から離れようと思ったからなのか、俺は布団からむくりと起き上がっていた。
いつの間に寝た?いつの間に朝?
しぱしぱ、とまぶしい朝日に瞬きを繰り返す。
昨晩ベースに戻ってきて、話をしているうちに寝ちゃったような記憶がある。
本当ならシャワー浴びて着替えてから寝たかった……。俺の馬鹿。
心なし身体がベタつくのはおそらく海水の所為だろう。肌が弱くなくてよかったー。
でもやっぱり風呂入ろう、と着替えを出そうと荷物を開けていると襖がトントンと叩かれる。
「谷山さん、起きてらっしゃる?」
「はーい、どうぞー」
原さんの声がして、応えると襖があいた。
「昨日、あのまま寝たみたいで……ごめんね?」
「よほどお疲れだったのでしょう」
「誰が布団に運んでくれたんだろ」
「滝川さんが」
「お礼いっとく。ベースに転がしといてくれてもよかったのに」
怒ったり呆れてる気配がないのでほっと一安心。
「大変なことがありましたから……ちゃんと休んでほしかったのでしょう」
「そりゃどうも」
「それに谷山さんが眠るということは、手掛かりを探すということでもありますもの」
「……」
「なにか、見られまして?」
「あー。……奈央さんが、洞窟をぐるぐる回ってた」
「奈央さんが洞窟を……?」
俺は夢で見たユージンとの言葉を思い出す。『再生の儀式』と告げれば、原さんは『胎内めぐり』と言い換えた。
「……転生の手続きですかしら」
「かなー」
「よくわかりませんわね」
俺は原さんと一緒に首を傾げた。
ユージンでもわからなかったし、原さんでもわからないか。
「それにしてもあの洞窟……なんなんだろうなあ、あんなに魂を集めて」
「土地にあるエネルギーや信仰によって、霊が集まりやすい場所というのはありますから」
「この家にいる霊もあっちいって、大人しく転生してくれよなー……」
「そうですわね」
単純な感想だったが原さんも苦笑して同意してくれた。
それくらい、奈央さんが亡くなったことは、俺たちの心を疲弊させていたからだろう。



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真砂子はね、麻衣さんから谷山さんに呼び方が変わってる……。
主人公は『霊場』というワードをもう忘れているから真砂子は思い出せていないけど、正直支障はないカナ☆って……思ってる。
Mar.2023

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