I am.


No, I'm not. 57

さて風呂入るかーと立ち上がり襖を開けると、ベースには安原さんがきていた。
滝川さんたちが連れてきたところみたいで、荷物を背負っている。
「お。渋谷さんが倒れたから第二の渋谷が派遣されてきたのかー」
「ふふふ、僕が倒れても今度は第三の渋谷が……」
「ジャレてねーで風呂行ってこい」
思わず、前回所長役をやらされたこととネタにハシャいでしまったけど、滝川さんは俺の起き抜けのボサボサ頭を小突いて風呂へと促す。
「はいはい、行ってきまーす」
「谷山さんまたね」
安原さんまで呼ぶとはいよいよ手が足りてない証拠だな。大人しくその場を離れようとしてから、お礼を言ってないことを思い出して一度足を止める。
「あ、滝川さん昨日は布団まで運んでくれてあんがと」
ついでに投げキスして手を振ると、滝川さんは一瞬きょとんとしたけど笑って手を振り返してくれた。


ほかほかのピカピカになって戻ってくると、すでに安原さんは出た後だった。
沖縄のリゾートホテルでアルバイトをしてたところを急遽呼び出されたらしいので、もっと話聞きたかったが仕方がない。
「んで、昨日のことは覚えてるのか?」
「昨日ね。うん、まー」
「奈央さんが憑依してたってこと?」
滝川さんと松崎さんは、誰が奈央さんを突き落としたのかを解明すべく、俺に何か情報がないかと尋ねてくるけど俺にはあれ以上のことがわからない。
「憑依とは違いますわね……あの時奈央さんは下りてきてはいませんでした」
「うん」
「なによ、じゃああんたの寝言?やっぱり真砂子に降霊会してもらった方がいいんじゃない?」
「やってみてもよろしいけれど、奈央さんも同じ認識だと思いますわ」
「せやったら、テレパシーやったりサイコメトリーやったんですやろうか」
テレパシーはわかるがサイコメトリーがなんのことやら。
の場合は霊媒ってわけじゃないからなー。でも、同調してるってことはあるんじゃねえかな。そもそも霊媒っていっても一口には───」
出たよ霊能者トーク。聞かれても、俺には正解、不正解が解らない。
音楽をやらない人に音作らせて、リズム・アンド・ブルースからインスパイアうけてる?って聞くようなもんじゃん。
ジャンル的には原さんが近いのかもしれないけど、詩とメロディのどっちを先に作るかみたいな違いがあるんじゃないかな。いや俺はどっちの方法でもやるけど。
、聞いてたか?」
「聞いてたけどさっぱりわからない」
さすがに聞いてないとは言わなかった。聞いてなかったけど。
じとりと俺を見ていた滝川さんは、諦めて目を逸らした。


午前中は夜のデータをチェックする。
リンさんが仮眠から戻ってきたとき俺と滝川さんとジョンは、妙な音が録れていることに気づいてなんだこれと三人そろって首を傾げていた。
「……どのカメラにも入っていますね」
「何の音だろうな……」
リンさんに報告して調べてもらった結果、すべてのカメラにこの妙な音が入ってる。再生させると大きく、不気味で、低い唸り声みたいな音。
丁度その時、原さんと松崎さんが昼食から戻って来て襖を開ける。
「やだ、なにこの音……!?」
「わからん、ゆうべのデータをチェックしたら入ってた」
「恐竜の寝息みたいや……」
音の正体を探ってみようと思ったところで、ベースにけたたましいベルの音が響いた。
これは明らかに何かの警告音だ。ガスや煙に反応する報知器みたい。
慌てて廊下に出たり窓の外を見てみると、母屋の方から煙が上がっているのが確認できた。
渡り廊下で店と繋がっているので、煙がこっちにもきて店のベルもなったんだろう。
吉見家には足の弱いおばあさんがいるし、子供も三人いる。心配になりみんなで母屋に向かえば、彰文さんたち家族が消火活動にいそしんでいた。

「消火器まだありますか!?」
「あります、いま持ってきます」
「あたしも手伝う」
お母さんが二つほど消火器をもって走って来たので、それをジョンと受け取った。
松崎さんと原さんはおばさんを手伝うと申し出てたたらを踏む。

「───ナル」

「え?」
「この場をお願いします」
リンさんが何かを言いかけたみたいだった。音の正体を聞き返そうとしたら、リンさんは店の方に走って行ってしまった。
俺は反射的に、渋谷さんに何かがあったんだと気づいた。俺と一緒に外に出るとき、『何かがあればわかる』と言っていたから。
「え、いくらリンさんでも、ひとりでいくなよ!」
「ちょっと、どこに」
「店!渋谷さんに何かあったかも!」
俺は自分が持っていた消火器を松崎さんに押し付ける。
原さんと松崎さんが困惑して俺を呼び止めるのも振り切って、母屋から店への渡り廊下を走る。

「ガアアァ!!」
ベースにした部屋に入ると獣のように唸り声をあげる男───和泰さんがいた。
包丁で、渋谷さんのいる部屋の襖を傷つけている。
リンさんは和泰さんと絶妙な距離感にいて、制止の声をかけた。
「やめなさい、それを開ければあなたが死ぬことになります」
和泰さんに護符を渡していないとは聞いていないが、陽子さんが触れたりできたから、受け取るときだけやり過ごしたのかもしれない。
それともふいに護符を手放した一瞬の隙に、霊が憑いたのかもしれない。
「グワウゥッ」
リンさんがゆっくりと距離をとり、部屋の中に入って来た俺のそばに立つ。
酷く興奮しているようだったので、それくらい危険なんだろう。
「谷山さん、九字を撃ってみますか」
「え、でも」
「私だと大怪我をさせてしまいます。あの結界はそんなには持ちません……所長を起こされては終わりです」
俺が戸惑っているうちに、和泰さんは襖をどんどん傷つけていく。───やば、と思った途端に大きな手みたいなのが和泰さんに襲い掛かり、傷つけた。
あれが多分、リンさんが渋谷さんを守るために残した式というやつなんだろう。見るからに人でも動物でもない化け物みたいな手で攻撃した。そりゃ、大怪我をさせかねない。
リンさんが、傷つきうずくまった和泰さんに近づいて行ったが、妙な反撃をされて腕から血を流す。
ひどい乱闘になることが目に見えた。
「なん、だよ、もー!……臨兵闘者皆陣列前行ッ!!」
色々言いたいことはあるが、九字を撃った。
ビュッと何かが飛んでいくような気がした。それが恰幅の良い男性を弾いたので、正直ビビる。
しかし復活した和泰さんはまだ獣みたいに喉を鳴らしていた。
子供に憑いてた霊は九字でも離れていったのに、今回はそうはいかなかった。
「グァアァ!」
「は、───、」
もう一度撃たなきゃ、と思うが間に合わなくて、腹に体当たりをされて転んだ。
「っぇ、……ごほっ」
俺を突き飛ばした和泰さんは勢いのまま、四つ足走行で部屋を飛び出していく。
九字も効かないしリンさんが渋谷さんを守ってる以上、これ以上俺たちでは対処できない。
「滝川さんを呼んでください!ベースに誰か人を!」
リンさんの指示に、よろめきながら立ち上がり、鈍痛や吐き気を押さえながら母屋に戻る。

火元までいって廊下の角から顔を出すと、滝川さんとジョンが煤汚れた身体をタオルで拭いていた。どうやら火は消し止められたようだ。
「滝川さん!きて!!」
「どうした、……」
大きな声を出したので、腹が痛んでちょっと噎せた。
「……っ、和泰さんがベースを襲って乱闘になった!リンさんと外に出ていったから加勢して!!」
「わかった、ジョン!」
「ハイです!」
近づいていく暇も惜しいので、手をぶんぶん振って急かしたら滝川さんとジョンが走り寄ってくる。
どっち方面に行ったかを説明してその背を見送り、今度は遅れて駆け寄って来た松崎さんの手を掴んで引き留めた。
「松崎さん達はベースにいてほしい、また襲われないように」
「わかった、真砂子も行くわよ」
「ええ」
松崎さんに続いて、小走りの原さんが最後にやってきたので、その肩に触れながら背中を見送り、最後に回る。
一緒に消火活動していた彰文さんは、俺を追い抜いて走っていった。きっと和泰さんのいる方へ行ったんだろう。
彼には辛い光景ばかり見させている気がする。



next.

リンさんの九字って「~在前」と「~前行」でちがうのド忘れというか、気づいてなかった……。前の話で教わるところは修正しました。
え~なんか、違う九字ってだけで唐突に出る師弟感にきゅんきゅんしてまうな~……。
Mar.2023

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