No, I'm not. 60
機嫌最悪の所長は目を覚ますなりおこぶさまの除霊を行うと息巻くので、気乗りしないまま洞窟に全員で乗り込んだ。渋谷さん以外のみんなは、力量を考えて無理だって言ったのにも関わらず。
洞窟は、まるで化け物の胎内にいるかのような閉塞感だった。
岩肌から悶絶するような顔をした人魂が出てきて俺たちを襲おうとする。
皆がそれぞれ対抗したけど、効果は一時的になりを潜める程度のものだった。
滝川さんとジョン、それから安原さんまでもがおこぶさまに立ち向かったのに見えない衝撃によって跳ね返されて、強く壁にたたきつけられた。
滝川さんもジョンもただでさえ怪我をしていたのに。安原さんは何の力もない一般人なのに。なんてことを……と、胸が痛む。
───どうしよう、やっぱり歯が立たないんじゃないか、神様相手なんて。
「その程度か」
あ???
渋谷さんは座り込んだ三人を睥睨するように見下ろして呟く。
反射的に動いた俺を、リンさんは少し焦ったように腕を掴んで止めた。
「やめなさい谷山さん、あなたまでやる必要は……」
「大丈夫、やんないよ」
リンさんの手に触れて、やんわりと解いて離れる。
そして渋谷さんとすれ違うと見せかけて胸倉をつかんだ。
「俺がやんのはおまえ……だっ!」
「!?!?」
ゴンッ!!!と、いう鈍い音が場違いにも響く。
俺は渋谷さんに勢いよく頭突きをしたのだ。
え?え?って困惑するみんなの声をよそに、渋谷さんを眺める。
頭を打った衝撃でぐらついていたが、胸倉掴んでる俺の手を取り体勢を立て直す。
睨みつけてきた顔には怒りが浮かんでいたけど、不機嫌な時の冷徹な顔よか全然怖くない。
「なにを、っ!」
「ムカついた!!」
「は……?」
勢いに身を任せて言えば、渋谷さんはぽかんとした顔つきになる。
まさかそんな理由で俺が暴力を奮うとは思わなかっただろう。
「───この程度だよ、俺は」
シャツを掴む手を離すとそこはくしゃりと皺になり、少しだけ飛び出していた。
俺の腕を掴んでいた渋谷さんの手も、おもむろに離れていき、自分の胸元にあてられる。衣類を整えるというよりも、感触を確かめるかのような手つきだった。
その表情は静かで、淡々としていて、感情はわからない。
やり返されないのをいいことに距離をとり、滝川さんのもとへ行って手を差し出す。
「立てる?もう帰ろう」
「お、おー……悪いな、限界だ」
滝川さんは俺に掴まって立ち上がりつつ、渋谷さんに柔らかく声をかけた。
さっき見下ろされた瞬間、当事者ではない俺でさえイラッと来たというのに、心が広すぎないか。
リンさんもジョンも、とうとう帰る気になったようで滝川さんを支えに来てくれたので任せる。
「そうね、帰りましょう」
「はい。歩けますか?」
「なんとか……でも歩けたとして、ここから出られるんですかね」
安原さんの方は、と確認すれば原さんと松崎さんが両方から支えている。
除霊が始まってすぐ、洞窟の出入り口が閉ざされちゃったからそこは不安だ。
リンさんが余力あるので、一時的にくらいは開くかな。
「帰るよ」
俺は渋谷さんの手を取ろうとして、叩いて弾かれる。
こいつ……まだ反抗期終わってないな。
「放っておいてくれないか」
「やーだ」
もう一回腕を掴んで引っ張る。
渋谷さんはつんのめるようにして、身体が揺れた。
後ろに回って、顔を見せないで背中を押す。きっと俺の顔は見たくはないだろうから。
ベースに戻って、滝川さんとジョンと安原さんの手当てが始まった。
特に安原さんは胸を痛めたみたいなので、二人のついでに後で一緒に病院へ行こうと話している。
原さんと松崎さんが忙しそうなので、手持無沙汰な俺はリンさんに声をかけた。
「リンさんは怪我増えてない?」
「ええ、たいして。谷山さんは大丈夫ですか」
「俺は頭が痛いかなー」
反対に問いかけられたので、額を撫でる。
そしたらリンさんが口元を押さえて笑い出した。
「え、リ、リンさん?」
「いえ、まさか怒りで我を失った人をあんな風に止めるとは思わなかったので」
背中を震わせるほど笑うなんて珍しい。たまに微笑むところは見るけどさ。
その笑いを受けて滝川さんと松崎さん、だけではなくみんなしてクスクス笑い始めた。
最高だの良い音だの、スカッとしただの、好き放題言うくらいにはやっぱりみんな、渋谷さんの言動に思うところはあったんだろう。
「八つ当たりだよ。やり返されるかなと思ってたけど、なかったな。つーかどこいった?」
「そこでやり返したら更に自分が惨めになることはわかったでしょう、頭を冷やしてくるそうですから」
「え、俺も冷やしたーい」
「いや、おまえ、そりゃあ」
いないと思ってたらこっそり手当に行ってたのか。滝川さんがもごもごと言葉を濁すけど、俺は氷嚢や湿布がないかを吉見さんちの誰かに聞きに行くことにした。
「渋谷さんですか?お会いしてないですけど」
彰文さんをみかけたので声をかけたら、渋谷さんには会ってないようだった。ついでに冷やすものはないかと聞いたら湿布をくれる。
「───今日これから、神職の方に来ていただくことになりました」
「そう、よかった」
湿布がちょっと大きいので、はさみで切っていると彰文さんが静かに切り出した。
いつのまにか誰かが説明していたんだー、手配も素早くてよかった。昨日の夜みたいなのはもうごめんだもんな……。
「あの、谷山さんは霊能者の方では、ないんですよね」
「霊感はあるらしいんですけど、単なるバイト、かな?どうして?」
「その───Rainのギターのさんですか?」
ぢょき……と、音が止まりかけて再び手を動かす。
「姉が、亡くなった奈央姉さんが、ファンだったんです」
「そ、うだったんですか……うれしいな」
一回顔を合わせた程度の奈央さんの印象はもはや、生きていない時の方が強い。俺は言葉を失いかけながらも、純粋に喜びを伝えた。
最後まで切った湿布とはさみをテーブルに置いて、彰文さんを見る。
「『くん』が来てるって、実は裏で大興奮で。全部終わったら、ファンですって言おうとしてたんですよ。サインもらうんだって息巻いていて」
「……」
ポロ、っと涙をこぼした彰文さんは、それでも顔は笑っていた。
あったはずの未来、そしてその涙を、俺は忘れてはならない。
渋谷さんが起きて、安原さんが調べてきた内容だけですぐに真相に辿り着いた時、脳裏に一瞬だけ抱いた。
この人が倒れなければ、もっと早く解決したんじゃないか。
二人を死なせたのは俺たちの力不足だったんじゃないか……と。
でも、後悔を何かのせいにするのは、更なる後悔しか生まない。
過去は変わらないんだから、落ち込むだけにしないとな。
「───こんなところに居たのか」
彰文さんに許可をもらって、茶室の先の岬に座って海を見ていたら渋谷さんに見つかった。
「なんでわかった?」
「…………歌が聴こえた」
茶室は基本的に閉ざされているので調査でもあまり入ってこようとしなかった場所だ。それでも渋谷さんがわざわざ入ってきて俺に気づいたのは、声を出していたからだろう。
納得していると、俺の後ろに立った渋谷さんは海を眺めはじめる。
そろそろ帰ろうかなと思って立ち上がると、風が吹いて髪の毛をなびかせた。
俺は額に湿布を貼ってたけど、渋谷さんは全くなにもない、まっさらな白い額だ。
「ごめん、頭打ったとこ、だいじょうぶ?」
「べつに平気だ」
「湿布余分にもらったから貼ったげる」
「いい」
ここだろ?このへん?と顔に手を伸ばすと煙たそうな顔をした。
「仲直りにオソロイしようぜ」
「つけない」
ポケットから出した湿布のシートをはがそうとしたら丸ごと奪われてしまう。
仲直りを否定しなかったのは余裕がないからなのか、仲直りしてくれるのかわからなかったけど、多分もう怒ってない気がする。
わざわざここに来たくらいだし、それが渋谷さんなりの仲直りの方法だったのかもしれない。
「じゃーこっち」
「は、」
今度は胸倉なんて掴まなかった。
身長が同じくらいなので、少し顎を上げてこめかみのあたりに音もなく唇を押し付けて離れる。
「仲直りのチュー。あはははは」
こういうことされたらびっくりして固まりそう、とか思ってたら案の定その通りの反応を見せてくれたので、すごい笑ってしまった。
next.
手を痛めたくないから頭突きした。
ナルの怒りは屈辱と八つ当たりだってことはわかってたけどそれに対しては何も言わず、自分も素直に皆への態度に対するムカつきと八つ当たりをしました。
主人公は男同士だしいいよネッていう気持ちと、そうやって感情をぶつけるくらいに気を許しているつもり。感情表現豊か、そして軽薄。
ナルが謝るべくは主人公じゃないので、主人公だけゴメンネ。
ユージン「僕との仲直りと違くない???」
Mar.2023