No, I'm not. 63
───翌朝、俺は渋谷さんに言われた通り駐車場に来ていた。
黒い大きなバンやナンバーを見ればリンさんの車だってわかる。
まだ六時になったばかりの早朝で、相変わらず森林の空気はしっとりしてた。
車に寄りかかって待つこと数分、渋谷さんとリンさんが歩いてくる。
「おー、おはよ」
「寝坊すると思ってた」
素直におはようと返せないのかお前は。
リンさんは律義に返してくれてた気がするけど、渋谷さんの悪態でわかんなかった。
どうせ俺がやる気ないからサボるとでも思われてたんだろう。確かにやる気はないが話を聞いた以上これは仕事をする流れだと分かってたし、俺だってここでやることは大してないんだ。暇と言えば暇だし、気晴らしに……なりはしないだろうが、気は紛れるだろう。
ぶーたれた俺の顔もなんのその、渋谷さんは車に乗り込んでいく。俺はリンさんに後ろのドアを開けてもらってギターを積んでから乗車した。
調査することになったのは、車で数分程山奥に入ったところにある小学校。
五年前の五月に過疎化が原因で、廃校になった。当時は全校で二十人ないくらいの学校だったという。
ダム───あの湖が出来ることになってから、学区の生徒たちがどっと転出したらしく、妙な時期の廃校が決まったとかなんとか。
ところどころに草の生えた広い校庭と、二階建ての木造校舎が見えてくる。
校舎の向かって右端に階段があってドアがあるのでそこが昇降口だろう。手前の左側には体育館があった。
「外から集音マイクを置く。それでとりあえず一日様子を見てから、状況によってはカメラを置いてみる」
車から降りるなり渋谷さんがテキパキと指示をする。
リンさんも無言で車のドアを開けたと思えば、俺にギターを手渡した。
「───ふ……あんがと、よけとく」
思わず笑いそうになり、口元を手で隠して顔を背ける。
多分深い意味はないはずだ。使う使わないに限らず返しただけだと思う。
それでも、いつかの頃とは大違いの対応に、俺は胸がむずむずしてしまった。
集音マイクは校舎の外から、窓ガラスを割って中に突っ込むようにして設置する。
その後カメラが置けそうなところにも設置が終わって、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の端に戻った。
ここはいわゆる集合場所で、いつもならベースと呼ぶんだけど、この場合スポットっていうんだとか。
ドアのあいた体育館を背に段差になったところに座った渋谷さんが、資料をまとめたファイルを読んでいる。
「マイクとカメラ置いて来たー」
報告しながら、じんわり汗をかき始めた身体を涼めるために、上着を脱いでギターケースの上に落とす。渋谷さんは相変わらず長袖で、黒づくめの格好をしていながら涼しそう。
汗かいてるところをほとんど見たことがないんだけど、逆に心配だな。
「気温上がってきたしそろそろ休憩しよー、水分とっとかないと」
「ああ……」
主に俺とリンさんの身体を気遣ってのことだけど、渋谷さんも含めている体で提案した。
昨日のうちにキャンプ場の事務所で借りたクーラーボックスに、買っておいた飲み物を詰めてあるので車にとりにいき、リンさんがカメラを設置している昇降口に二人で向かう。
ふいに、強い風が吹いたことで、前髪がぱらぱらと目にかかって目を瞑った。
───ぁ……───ぁ───。
「……?」
「風が強くなってきたな。マイクが倒れていないか確認」
「はーい」
風の音に混ざった何か声みたいなのが聞こえた気がして、周囲をきょろきょろ見ていた俺だけど渋谷さんに指示をされて、小走りに校舎裏に行く。
木々が揺らぐ音に、妙に不安を掻き立てられて、その中にまた微かな声みたいなのが聞こえた気がした。
一人になるのヤダなー、という思いで手早く近くにあった大きめの石を拾い集めて、マイクを固定しているあたりに敷き詰めていく。
そしてまた小走りに、リンさんと渋谷さんが居るはずの昇降口に向かった。
「お疲れ様です」
「あーす」
既にリンさんと渋谷さんは一呼吸おいてたらしく、リンさんが俺にペットボトルを渡してくれた。
走って来た勢いのまま水を何口か飲み、喉を通って行く冷たさに心地よさを感じる。
それから暫くは無言で休憩しながらスマホをいじっていたけど、思わぬ情報に行き当たって声を上げる。
「うわ、ここ───あの山津波の被害者の学校だわ」
「なに?」
翔くんに調査することになったと連絡入れたり、来月の仕事の話がきてたのを確認した後、この小学校やダム湖のことを調べてみたのだ。
そこで行きついたのは、五年前に書かれたニュースの記事。
「五年前の五月だろ?廃校になったのって。その時期に災害があったじゃん」
「災害……?」
二人は表情が変わらないまでも興味はありげに俺のスマホを覗き込みに来る。
緑陵高校が散々新聞記事になってたのを忘れてた俺ですら、あのニュースは覚えていた。
……といっても、テレビで中継映像がいっぱいやってたことくらいで、いつどこで起こった事故かは定かじゃないんだけど。
「土砂崩れでトンネルと道路、あと近くの家を押しつぶしたってやつ。そこに、小学生が乗った遠足バスがあって───生徒が全員死んだんだ」
こういうニュースで死者の数を言うとき、子供の数は別にして報道されることが多い。マスメディアの特性だろうか。そのせいで、遠足バスに乗った子供が全員命を落としたことは、堂々と『十八名』そして運転手とガイド、教員の大人『三名』と書かれていた。ほかにも巻き込まれた住宅や車があって総勢にするともっと大人数が死亡、重軽傷を負っている。
「……それで廃校に?」
「だろうね。ダム湖は関係ない思う」
「なぜ町長たちはその廃校理由を言わなかった……?」
町長が揃えた資料には、当時在学していた生徒の人数十八名のうち、十四名がいっせいに転居したため廃校になったと書かれていた。
俺もリンさんも、渋谷さんの疑問には答えるべくもない。
「……キャンプ場の職員、なんも言ってなかったよな……」
「そうでしたね」
リンさんを見ると同意が返ってくる。
昨晩受付や売店で買いだしとかをした時、俺とリンさんがそれぞれ、小学校の話を聞いてきた。町長が言うには『幽霊を見たという人がいる』ってことだったが、職員たちは誰もが全く知らないという感じだったのだ。
幽霊の噂はもちろん、廃校になった理由であろう悲劇のことは誰も言わなかった。
「観光収入が財源って言ってたし、町長の親せきが働いてるもんなー……言いたくなかったのかも」
「それにしたって、わざわざ町長が依頼してくるような内容かな」
「もっと言いたくない事でもあるんじゃない。依頼も内密にって強調してたし」
「……」
もうひとくち、水を飲んでペットボトルのキャップを閉める。
どうせぬるくなるだろうが、気休め程度にクーラーボックスに仕舞い、ゆっくり身体を伸ばす。
その時ふっと陽の光が弱まったので空を見ると、大きい雲がかかりはじめた。
「雨降んのかな……今日おわり?まだここにいるなら何か食えるもん買いに行きたいー」
「そうだな……リンと車で行っていい。ついでに町でこの学校について聞き込みをしてきてくれ」
「渋谷さん行かない感じ?」
リンさんは話す渋谷さんと俺を交互にみた。車を出すのはいいんだろうけど、渋谷さんを置いてくのはとか考えてるんだろう。その証拠に、俺がそのことを話題に出すと様子を窺うように黙っている。
「ここにある機材を最低でも一人は見ていたほうが良い。雨が降りだしたらなるべく濡らしたくないし」
「それもそうかー……」
渋谷さんの回答に俺も、おそらくリンさんも納得した。
そして車に乗り込み学校を出てすぐ、フロントガラスにはぽつりぽつりと雫が当たった。
「あー、雨」
「降ってきてしまいましたね」
戻って機材の撤収を手伝ったほうがいいかな、とも思ったけど車を山道でUターンさせるのも面倒かと思って提案はしなかった。
渋谷さんは設置に大して力を注いでないので、頑張ってもらおうじゃないか、なんてな。
next.
森下家での調査の時ギターは車に乗せたけど、荷下ろしの時は全く手を触れられずにいて後から自分で車に取りにいった思い出。
長い話を書くうえで書きたかったことの一つ。
Apr.2023