I am.


No, I'm not. 64


ワイパーが頻繁にフロントガラスの水滴を掃くのを、ぼんやり眺めた。
マイクを置いたあたりは軒がそんなに出ていなかったし、雨は避けられないだろうな。
他人より自分を優先する渋谷さんでも、おそらく自分より機械を優先しているはず……。
「渋谷さん濡れてそう」
「そうですね。傘とタオルも買って行った方がいいでしょう……」
窓の外を見ながら呟くと、リンさんの返事がある。
車は山道を抜けてアスファルトの道路に出た。そして湖とは反対に山を下っていく。
「今日は捜索できないかもなー」
これはほとんど独り言だったので、返事がなくてもよかった。

「……そういえば、よく機材あったよね。ここ来るときも持ってくるように言われてた?」
話題を変えて、今度こそ普通にリンさんに話を振る。
「そもそも、車はこれしかないので」
「そうなんだー」
バンに積んだ機材は調査を終えると一度チェックされる。その後は大概のものを車内に戻すから、積んであること自体はおかしなことではない。
だから依頼を受けることになって、こうしてある程度の機材が揃ってるんだから、不幸中の幸いみたいなもんかな……。いや、なきゃ断ってたのかもしれない。
「オフィス閉鎖するかもなんだって?じゃーこれ最後の調査かな」
「……そうですね」
「閉鎖した後どうすんの?リンさん転職?」
「仕事自体は変わりません。ここではないところに行くだけですので」
これでも答えてくれたほうだな、と納得する。
「それって渋谷さんも?」
「そうなります」
「なんだよー、俺だけさよならかよー」
行儀悪く身体をシートに投げ出して、ゴロゴロした。ひとしきり暴れたあと、頭の後ろのヘッドレストごと抱えて、ふーと息を吐く。
「結婚式は呼んでくれ……一曲歌うから」
そういうと、リンさんはちょっと笑って息を震わせた。
盗み見た横顔は髪に隠れていて、表情はわからなかったけど。
渋谷サイキックリサーチが、本当に渋谷さんがトップではないだろうことは徐々に想像ついていたけど、今の話でやっぱりと確信に至る。
となると、森さんは単なる師匠というだけではなくて、上司や親会社の社員みたいなポジションなのかも。


スーパーについて俺とリンさんは二手に分かれて買い出しと聞き込みをした。
約束の時間に出入り口の前で落ち合い、話を共有してみると互いに『小学校には近づくな』とけん制されるか、口を噤まれるかの反応ばかりだったことが明らかになる。
「生徒が一斉に死んだっていう話以上の何かがあるよね」
「……もう少し詳しくわかれば良いのですが」
助手席に座りながら、スマホを操作する。生徒が死んでしまった後、慰霊祭のようなものをしたっていう記事はネット上で見つけられたけど、それきりマスメディアがあの小学校に対して触れることはなかった。
「ローカル新聞とか、見てみる?」
「そうですね。図書館や役場なら過去の記事を見られるでしょう」
カーナビを操作するリンさんの横で、俺は渋谷さんに電話を入れる。
コール音を数秒待ってると、リンさんが図書館を行き先に設定した音声が流れたと同時に、渋谷さんが電話に出る声がした。
『どうした』
「おつかれさまー。雨は大丈夫?」
『なんとか機械はしまった。それで?』
自分が濡れたと言わないあたり、仕事人間だな、と小さく笑う。
俺が電話してきたことも、本題にさっさと入れとばかりに急かしてきたので、不機嫌な態度をハイハイと流して聞き込みで得られた情報が『ない』ってことを話した。
「そんなわけだから、図書館に行って地域新聞見てみようかと思って。あとは町長をシメ上げるかな」
『時間はかかりそうだが仕方ないな』
町長の部分はまるごと無視される。
「一回拾いに行こうか?機械しまったんなら、どうせ計測も出来ないでしょ」
『いや、屋根のある所にいるから問題ない。戻ってくるのは時間の無駄だろうし』
「そー。じゃ、風邪ひかないよーに」
走り出していた車だったが、渋谷さんを迎えに行くならリンさんは方向転換してくれるだろうと思ってたけど当の本人が断るので諦めた。
内心で調べもの要員増やそうかと思ってたのでがっかりだ。


図書館は郷土資料館とごっちゃになった感じで、地形のミニチュアとかウン百年前の暮らしに使われていた家具だとかが展示されている。
新聞はもちろんのこと、土地の古い地図とかも出てくるので手っ取り早く情報は集められそうだ。
そして山津波の事故と、その後に何度か山で失踪事件が起きたという記事は容易く見つかった。
子供が消息を絶ち、しばらくして山中で遺体となって発見されている。
発見場所は明確ではないけど所在地は似通っていた。あの山が特別迷いやすいと言ってしまえばそうなのかもしれないが、そうとは思えない何かがきっとあった。
その失踪事件は、最初のうちは失踪者が死体となって見つかっているけどだんだん『失踪』だけの報道になっていく。とうとうその報道すらなくなったのは一昨年だ。
図書館であらかた情報を手にした後、俺は学生風の少年三人組を見つけて、ちょっと話を聞いてみた。そしたら「死んだ小学生が寂しがって人を呼んでる」という不穏な発言が出てきた。彼らにとってもあのあたりでは子供の行方不明者が多いようだ。

「───やっぱ町長シメ上げた方がいいんじゃねーかな」
「聞きだしたとして、信憑性に欠けます」
ぼやきながら車に乗ると、シートベルトをしてエンジンをかけるリンさんの、にべもない回答があった。正直納得……。
ざあざあ、と降りしきる雨の中、山道に入っていく。
渋谷さんに電話をしたが出ず、調べものをまとめた内容をメールしてみたけど反応はない。
こうも静かだと、ちょっとだけ不安になるのは俺だけだろうか。
校庭に車が入っていくと、所々にある凹凸に出来た水たまりがばちゃばちゃと音を立て、水飛沫を上げた。
傘をさして車から降り、あたりを見回しても渋谷さんの姿は見つからない。
「渋谷さんいないな」
「昇降口に入っているのかも」
この雨じゃ、スポットにした体育館と繋がる渡り廊下の屋根も役に立たないもんな……。
証拠にそこには荷物はほとんどなく、ファイルが一つ残されているくらい。そのファイルはいくらか濡れて中の紙がよれて滲みかけていたので回収した。
昇降口にある申し訳程度の庇の下には、荷物があってシートが被せられている。三脚とかマイクスタンドとかの、最悪濡れても故障しない奴。機械はきっと校舎の中にしまったんだろう。
ドアを開けると土間がちょっとだけあって、壁際には靴箱が乱雑に置かれてる。一段上がったところから板の間になっていて、その先には廊下と階段がかすかに見えた。
カメラは手前に置いてあり、特に動かされた様子はなかったけど、リンさんが確認したところ映像は何も録れていなかった。
リンさんに限って録画ボタンの押し忘れではないだろう。渋谷さんだってこのあたりにいたら気づくだろうし。故障かな───。
「あ、俺のギターがない」
考えながら屋内に置かれた荷物を見てたら、気がついた違和感。
ギターはスポットに置いて出かけたけど、さっき見た時はファイルがあるだけだった。
渋谷さんが稀に見る優しさを発揮して移動させてくれたのかと思ってたけど。
「えー、ドアの外かな、……ん?」
もう一度外を見ようと振り向き、ドアに手をかけたが開かない。
何度か試してみたり、下の方を蹴ってみたりしたけど、ぴくりともしなかった。
「……あれ?おかしーな」
「まさか、…………」
俺より力があるだろうリンさんにも試してもらったり、落ちてた瓶をドアのガラス部分に向かってぶつけてみたが、瓶のほうが砕け散るだけだった。
「───閉じ込められたようですね」
「…………こわ……」
リンさんがあまりに平淡な声でいうので、いろんな意味で怖いなと思った。



next.

今回はリンさんとのドライブデート回(ちがいます)
原作では安原さんがいないころリンさんが聞き込み行ってたし、この話でも過去主人公がそういうことしてるので、二人で調べもの行かせましたー。
そして校内デート回に続く(?)
ちなみにこれ「(二人の)結婚式は呼んでくれ……一曲歌うから」という意味で、いまだに二人がデキてる設定でいる。
Apr.2023

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