No, I'm not. 65
渋谷さんが校内にいる可能性は高いので、一通り中を見て回ることにした。
児童が過ごしていた痕跡のある教室は、ある日忽然と姿を消してしまったみたいに奇妙な違和感があった。
日誌を見ると『明日は遠足です』と拙い字で書かれたきり、終わっている。
座席表や黒板に書かれた日付、当番の名前。机の中の道具箱や、ロッカーの荷物もそのまま。
挙句の果てに、教室の隅にある水槽や、動物小屋みたいなのまで。しかもそこから、動物の骨みたいなのが発掘されている。
「どうして遺族とか職員が片づけに来ないんだ……?」
ぽつりとつぶやく疑問は、独り言のように小さくて、返答はない。
子供たちの死は、いたましい事故だった。
土砂に飲みこまれ、横転したバスの中にはあちこちに子供たちの身体が投げ出されている光景が、目に浮かぶ。
うめき声、泣き声、変な咳、引きっつった呼吸───やがて、全てが沈黙した。
あまりに拙い想像力は長く続かず、俺の意識は窓の外の景色に移る。
「───雨……いつの間にか止んだんだ」
口からはあっけからんとした物言いが零れてきた。
雨が止んでから一度も日が差すことなく、夜になろうとしている。
俺たちは一向に渋谷さんを見つけられず、校内に閉じ込められたままだった。
二階の教室を全て見て回って廊下を歩く。時々身体がぶつかるくらいに近い隣にいるのは、何かがあった時に互いに掴み合えるようにだ。
「リンさんは除霊できるんだっけ?」
いつまでも渋谷さんを探して歩き回り体力を削るわけにはいかないし、これからどうしようとばかりに質問をした。
「はい。ですが、対象が多すぎるので除霊している最中に抵抗にあうかもしれません」
「あー……」
除霊の対象だろう小学校の生徒ときたら総勢十八名だし、リンさんの言う通り抵抗にあう可能性は否めない。
隣にいる俺ですら、安全とはいいがたい。悲しいことに、これまでの経験でわかる。
「ちなみに渋谷さんってさ、除霊できるって言ってるけど、しちゃだめなんだっけ?」
「そうです」
「それは、除霊したらどうなんの?」
「最悪命を落とします」
「ンンン?」
何がどうなって命を落とすんだ。
渋谷さんが一人でここにいると考えて、自力で除霊を試みないとも限らないので、俺は更に踏み込んでいくことにする。
「もーちょっと、詳しく聞いてもイ?」
「…………彼は昔ポルターガイストを起こす子供でした」
「PKってやつ?黒田さんみたいな」
「身近ですと、そうですね。あとは笠井さん……でしたか?」
「あー、だから……、」
俺は言いかけてぱふっと口を塞いだけど、リンさんに目だけで問い詰められる。
今まで言わなかったことを教えてくれてるなら、俺も言わないとな。まー俺の秘密じゃないけど。
「渋谷さん、笠井さんにスプーン曲げをやって見せたんだよね……『みんなには内緒にしてくれ、とくにリンには』ってゆーから、黙ってたんだけど」
「…………」
リンさんは深くため息を吐いて、額を押さえた。
俺の渋谷さんモノマネがへたくそだったからではないはず。
「その程度ならまだ問題ないようですが、本来容易く使って良いものではありません」
「どして?」
「桁違いの力なんです。そのために私が気功法を教えました」
「ほー……」
短い相槌を打ちながら聞いたことを要約すると、渋谷さんの力はでかくて、制御するために覚えた気功法のスタイルで持て余す力を安定させてる、と。なにそれカッコいいって思ったのはナイショだ。
たしか除霊ってのは、呪文を唱えるのが本来の攻撃ではなくてその行動で気力を高めて放出すること、っていうのを松崎さんにこの間聞いたばかり。
だから渋谷さんが気の放出ができるとなりゃ、除霊も可能ってことなんだろう。ただ強い力を持ちすぎている分、やりすぎたら身体がついて行かなくなるんだそうだ。
「吉見家で霊に憑依された時、渋谷さんの身体が使われたらまずいって言ってたのは」
「そういうことです」
「だめじゃん、一人にしちゃ……」
なんでそんな人を置いてった……と俺は頭を抱えた。
いや今までだって散々単独行動していたけど。
「よほどのことがない限り使うことはありません」
「石川でやられなくて、ほんとーによかった」
霊に憑依されたときもそうだけど、起きてからの超絶に不機嫌な渋谷さんは何かやりかねない雰囲気だった。だから俺は心から安堵した。リンさんも同じことを思っていたので小さく笑い、やがて外を見て一息つく。
「───じき、夜になって霊が活性化するでしょう。よほどのことになりかねませんね」
「ン……俺たちも、このままじゃ危ないしな……」
閉じ込められている時点で薄々感じてはいたけど、さっき俺とリンさんは教室の天井裏に集められた遺体の山を発見した。
俺自身は見なかったけど、何者かが脅かすようにして『一体』落としてきたので、結局見ることになった。
その遺体の正体はどう見ても大人だ。
子供ばかりを集める家だとか、若い人間の血を求める屋敷だとかがあったけど、ここは多分そうじゃない。
リンさんは教室を一つずつ清めて一か所に霊を追い込み、そこで除霊を行うと俺に説明した。
口にはしなかったけど、相当な覚悟のいる、危険性の高い大仕事だと思う。
「谷山さんはその間、昇降口で───」
突如、ズンッと重く沈んだような音がしたと思ったら、身体がガクリと揺れた。
大きな地震の揺れみたいな、床が抜けるんじゃないかってくらいの衝撃に体勢を崩す。
「きゃははははは」
「わあーーーっ」
バタバタバタ
「あははは、あははは」
ドンッドンッ
バタバタバタ バンッ
子供の笑い声と、床や天井、両脇の壁さえも走っていくような、叩かれるような、そんな音が近くでする。
音や声に気をとられた俺は、手だけのろのろ動かして、リンさんを探した。
「リンさ……、」
「走って、下にっ」
俺の手をリンさんが引っ張り上げて立たせた。
安堵したのも束の間、急かされて階段を下りていく。
無我夢中で階段途中にあるドアに潜り込み、リンさんが続いて出てくるのを待つ。
早く、とか、大丈夫?とかリンさんに声をかけようとしたその時、また大きな揺れが起きて手が離れてしまった。狭く小さなドアを隔てて、それぞれが反対方向に引っ張られるように転ばされた。
揺れの反動か、ドアがバタンと勢いよく閉まる音がする。
しばらくして揺れが止み、リンさんが出てくるかと思えば一向に現れない。おっかなびっくりドアを開けて向こうを見たら、そこには誰もいなかった。
リンさんが俺を置いてどっか行くはずない。昇降口へ行けっていってたのに、なんで……?
疑問ばかりの俺は、やがてこの場に一人でいることを認識して怖くなって昇降口に駆け戻った。
階段を降り切ったところには、下駄箱でつくったバリケードがある。
互い違いに置いたその間を縫うようにして通り抜け、薄暗い昇降口へ辿り着いた。
バリケードにはリンさんのお札が貼ってあるので、ここはいくらか安全だろう。
埃をかぶった学校の備品がいくらか積み上げられた一帯を後目に、渋谷さんが置いたであろう機材の方に行く。
何度みてもここにギターはなく、更に不安が募った。
それに、リンさんを置いてきてしまった罪悪感とか、一人になってしまった恐怖とかがない交ぜになって板の間に座り込む。
上がってた息も心拍数もいくらか落ち着いてくると、少しだけ気分が浮上する。
膝を立ててそこに腕をだらりと乗せて、ゆっくり深く息を吐いた。
「…………うたわないと」
言い聞かせるように呟く。
きっとリンさんは、俺にここで歌っているように言うつもりだったはずだから。
next.
リンさんとは最早一線超えた仲なんじゃないかって思えてきた。
だって二人で二回も死体を埋め(概念)命の危機にも瀕してる……。
Apr.2023