I am.


No, I'm not. 67


(渋谷視点)
リンとを聞き込みにやってから、降りだした雨の対応に追われ、校舎内に閉じ込められていた。
荷物の中にあるのギターを使ってサイコメトリーをすると、先ほど電話で話していたとおり、図書館で調べものをしている光景が見えた。
何を話しているかまではわからないが、そのうちに帰ってくるだろうと昇降口で二人の帰りを待つことにする。
しかし驚くことに、僕が次に見たは校舎内にいる姿だった。
いつの間にリンと戻ってきて、いつの間に校舎内に入っていたのか皆目見当もつかない。
僕も一度は校舎内を見て回ったが、その後はずっとここにいた。その時はまだ図書館にいたはずで、僕は気絶や居眠り等もしていない。
そこで導き出されるのは、意識に干渉されているということだ。

手持無沙汰にギターを撫で、随時の動向を探っているとリンとは引き離されたようだった。それ以降リンの所在はわからなくなる。
は僕がいる昇降口にやってきて座り込んだ。駆けこんできたみたいだったから呼吸を落ち着かせているのかもしれない。気落ちしてるだろうが、どうせそのうち吹っ切れて、歌でも歌いだすだろう。
それには近頃その力の使い方を受け入れ始めている。歌も九字も、理解できる感覚や見る夢も。
吉見家では九字を撃ち、歌で霊を怯ませ、奈央さんの死を視たと聞いた。
───もしかしたら。
そう思い立って、賭けるようにのギターに手を伸ばす。サイコメトリーをするのではなくて、音を鳴らすためだ。
声をだそうとも、昇降口のドアが開く音も、壁を叩く音も聞こえないのは百も承知していたが、『音楽』を通じてならに聴こえるのではないかと。
弾き方なんてわからないから、一本の弦を淡々と弾く。それを音楽と呼べるのかはわからない。
突如、ギターの音が増えたと同時に、指先に何かが触れる。
手を止めて顔を上げると、僕の前髪や額が誰かとぶつかって、吐息が顔にかかった。そして、至近距離にの顔がある。目を瞑っていて、ゆっくりと開かれていく瞳に、僕の顔が映った。
「ユージン」
「───、」
まるで僕を呼ぶようにして、名前を口にして、微笑んだ。
そして、ギターの余韻が消えていくように、目の前にいたの顔も消える。

もうそこには、何もなかった。
が呼んだ名の響きも、かすかに感じた体温も、ギターさえも。

がギターを持って行ってしまってしばらくして、僕は昇降口から離れたところから音色が聞こえ始めたのに気づいて立ちあがる。
その時スマートフォンが急に震えだし、動き始めた。
どうやら昼過ぎに、が何度か着信を入れていたり報告をメールにしていたらしく、それが今になって届いた。
電波が戻ったということは霊の干渉がなくなった可能性が高い。
それが除霊に成功したのか、一時的に弱体化したのかは定かではないが、メールを読みながらの声を頼りに進む。
「───ナル」
「リン」
「校舎内にいたんですね」
「互いに認識が出来なくされていたようだな」
途中の廊下でリンと合流して、この小学校で起きていたことの顛末や僕たちの今までの行動をすり合わせていくうちに、教室の前に辿り着く。
まだの歌声は聞こえている。
「この歌が聴こえている間だけでしょうか」
「どうだろう。そうなったら今度こそ除霊にかかればいいだけの話だ。おそらく首謀者は担任の桐島……」
ドアを開けないまま、リンと話し合う。
歌詞までは聞こえてこないが、のびやかな声やギターの音色からして、リラックスはしているんだろう。その場の空気を壊して気を散らすのは得策ではないし、僕とリンは壁に背中を付けたまま歌を聴くことにした。
「……リン、にユージンの話をしたか?」
「?いいえ」
湖にはユージンが沈められている───そのことをリンが話すとは思えないが、その通りだった。
ただ、僕の体質の話は軽くしたそうだが、それは行動するうえで知っておいた方が良いと判断してのことだろう。
何故そんなことを聞くのかと不思議がるリンに、僕はサイコメトリーをするためにのギターを持っていたこと、そして音を鳴らしてと一瞬だけ繋がったことを話した。
「その時にが僕を見て、呼んだように聞こえた───ユージン、と」
「……まさか、なぜ……」
リンは驚きをあらわに僕を見返した。
ユージンの名を知っていることも、僕の顔を見てそう呼ぶことも、なぜなのかは僕にもわからない。
やがて、の歌声が止んだので背中を壁から離す。
教室のドアを開けると、まだ小さく歌を口ずさんでいたらしいが、椅子を動かし机の前に置くところだった。
あ、と声を上げて嬉しそうな顔をしてこちらを見て、一度黒板の方を振り返る。そしてまた僕たちを見て近づいてくる。
「会えたあ」
しまりのない顔には安堵と疲労が滲んでいた。
気づけば昼食もとらずに夜の八時まで校舎内に閉じ込められていたのだし、肉体的にも精神的にも疲れているはずだ。

荷物を積み込んだあと、車で寝こけたをキャンプ場の駐車場に車を停めてからたたき起こす。
「おきろ、、部屋に戻って眠れ」
「ぅあ……あぇー……」
僕の顔を見るなり間抜けな声を上げ、それから反対側のリンを見て、また妙な声で状況を把握する。寝るつもりはなかったらしく、雑な手つきで顔や頭を叩いていた。
僕の方に這いずって車から降りて、リンが手渡すギターに手を伸ばして抱きしめた。
「俺のギター……」
寝ぼけていても相変わらずな奴だ。
「そのギター、校舎内でどうやって見つけたか覚えているか?」
「え?」
二人が校舎内に入った時、ギターが見つけられなかった、というのはリンから聞いて知っている。
おそらくその時から僕が持っていたのだと思う。
はギターケースを背負いながら、考えるように視線を逸らした。
「リンさんとはぐれて、昇降口に逃げ込んで、ちょっと落ち込んでたんだけど」
約束をしていたから、と言葉を濁しながらリンを見れば頷く。たしかに昇降口にはバリケードが作られていたし、安全地帯としていたんだろう。
「歌わないとって思ったとき、雨音がして」
「雨音……その時降っていたか?」
目を伏せた横顔に、表情の機微を探した。
は言葉で言うときと、言わない時があるから。
「なんだっけ、そういう曲があった。───雨垂れだ」
曖昧な表現方法に僕は理解が追い付かず、次の言葉を待つ。
「雨垂れだと思ってたら、ギターの音だったんだ」
後でわかったことだが、ショパンの雨だれという曲の中では、同じ音を一定の速度で奏でられている。それが曲名通り雨だれを表現しているのかもしれない。
「それで、音を探してギターを見つけた?」
「うん、そー」
そんな音楽的な発想で僕を探り当てたのは、らしいといえばらしい。
「あのさ、ギター弾いてたの、渋谷さんだろ」
「そうだ」
「俺に聴こえるかもって?」
「ああ。賭けだったけど」
「んっふっふっふふ、音楽の力だなー」
気持ち悪い笑い方をしたはそれきり、話は終わったとばかりに手を振りながらバンガローに戻っていく。
結局、の口から『ユージン』の名前が出ることはなかった。
言いたくないのか、覚えてないのか、そもそも言っていないのか。
踏み込むには確証がなくて躊躇った。
しかしこの謎は、いずれ時が来たらわかるような気がするし、わからなくてもいいかと僕は思った。


翌日、町長と助役には話をつけた。
虚偽の報告をして危険な目に遭わせたことも、リンとが見つけたらしい天井裏に溜め込まれた遺体も、全て責任取って発見者になること。
本来ならこの時点で依頼を断り調査を中断させてもよかったが、改めて除霊をしてほしいと頭を下げられたのでデータが取れる見込みもないのに応じた。
断り切れなかったといよりは、放っておいたらまた死人が出かねないからだ。

はもう行きたくないと渋っていたが、いざという時の頭数として連れて行った。
昨日は霊を相手に歌っていたらしいのに、どういう心境の変化かと聞いたら単に遺体のある教室を通りたくなかったようだ。
「生徒達はもう、大丈夫な気がする」
「それは勘か?」
「そ」
寝言ではなく、気のせいでもなく、希望でもなく、の見た夢なんだろう。
僕たちはそこに、真実を見ようとはしていない。けれど、誰も無下にはしない。
リンは除霊したときにもう霊の気配はしなかったというので、それ以上のことはもうわからないだろう。


「っ、……───もしもし」
一日機材を置いたままにして撤収しよう、と声をかけようとしたがは弾かれるように動き出し、震えるスマートフォンを操作して耳に当てる。
目はしきりに動かしているのに、身体はほとんど硬直して、恐る恐るといった感じに話を聞いていた。
「ぁー……そう、ですか。はい、行きます。すぐに」
僕もリンも、その言葉にはっとする。
湖の捜索の依頼人は、おそらくまだ業者の間ではのままになっていた。だから連絡がに来たんだろう。
電話を切ったは僕たちを見て、おもむろに口を開く。
「見つかったらしい、確認してって」
「確認は僕がする」
「でも俺」
「遺体を見たくはないだろう」
どうせリンの車で戻るので、並んで乗り込みながらの言及を跳ね除ける。
言葉をのむは、それでも、と食い下がった。
結局リンが離れたところにいて、遠目に確認したら良いと執り成したことで大人しくなった。
湖へは二十分程度でたどり着き、僕は先に業者のもとへ行く。にはリンが車を停めてから一緒に来るようにと言いつけたので遅れてくるだろう。

「見ない方が……」
「大丈夫です」
サイコメトリーで見た通り、銀色のビニルシートのようなものに包まれたものが、湖から引き上げられた。ダイバーは確認のためにわずかに開けたのだろう。
僕は制止もきかずにシートに手をかけた。
生きた人間とはずいぶんかけ離れた姿になったが、冷たい水中にいたせいか腐敗はしていない。だが、死蝋化している。
顔の造形は判別しがたいが、状況的証拠からしてこれは僕の兄である。───ユージンである。そう、納得した。
捜索を終了とし、警察を呼ぶという彼らに了承し、僕は湖の縁をゆっくりと歩いた。
はその後しばらくして、リンと遠目に確認したのだろう。
僕はそれきり、顔を合わせることなくバンガローに戻った。



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Apr.2023

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