I am.


No, I'm not. 68


調査中にみる夢で、ユージンに会わなかったのって初めてかもしれない。
そう思いながらバンガローで夢を見た。
小学校の校庭で子供たちが遊んでいる光景だ。
校舎は古びていたけど陰気っぽくはない。それも全部きゃーきゃー走り回ってる子供のおかげでそう見えるのかもしれないけど。
校庭にぽつんと立っていた俺は、何人かの子供たちに背中や手をタッチされながら追い抜かれる。
去り際、手を振ってくれたので、俺も振り返した。
「あ……」
なんとなくだけど、死んだ子供たちなんだなとわかった。
昇降口の前には先生が立っていて、駆け寄ってくる子供たちを迎えている。
背中や頭に手を置いてはしゃぐ子供たちをなだめて、朗らかに笑っていた。立ち止まった俺と目が合うと、彼は深々と頭を下げた。
そしてまた顔を上げ、今度は先生も一緒になって子供たちと手を振っていた。
やがて昼間のように明るかった景色が、子供と先生を中心に吸い込まれて行く。

夜の星が綺麗な校庭に俺は一人で立っていた。
そこはさっきまでいた廃れた校舎しかなかったけど、きっともう誰もいないんだろうなということは分かった。


気づいたら朝で、俺は自分のバンガローにいた。
車でウトウト寝て、キャンプ場についたら起こされて……と、昨夜の記憶を辿る。
渋谷さんとリンさんの見解からして、あの小学校では人を集めていた。命を落とすのが目的というよりは餓えや寂しさから人を巻き込んだ結果というわけだ。
その対象が子供だけかと思ってたら大人も含まれていたようで、だから渋谷さんや俺たちまで閉じ込められて危うく仲間にされるとこだった。
そんな危険な学校を放置し続けていた町長に、俺はもちろんのこと渋谷さんもお怒りで、朝になったら話を聞きに行くと言ってたっけな。
頭をわしわしと掻きながら時間を見ると、たっぷり寝ていたみたいで十時半になってた。
思えば昨日の昼から何も食ってない。あの時買ってきた飯、どこ置いたっけ?考えたら腹がぎゅうううと鳴りだした。

心なし薄っぺらくなった腹を撫で、スマホと財布だけを手にバンガローを出る。
売店に行って水と総菜パンを買って林の中を歩いていたら渋谷さんに見つかった。
「あ、おかーり……?」
多分町長ンとこ行ってきたんだろうな、と手を振る。
渋谷さんに追い詰められる憐れな姿は見たかったが、起きられなかったので仕方がない。起こされなかったのも仕方がない。どうせ期待はされていないから。
「改めて除霊の依頼を受けたから、買ったものもって駐車場」
「えーやだー!」
腹から声を出してきっぱり拒絶したけど、渋谷さんは俺の気持ちを聞いてはくれなかった。
行かなかったら滅茶苦茶怒るだろうしな……。
結局何で行きたくなかったのかと聞かれたのは、リンさんが除霊に取り掛かる時だった。
今更聞くない。


リンさんが除霊を終えたとき、俺のスマホに『探し物と思しきものを発見した』という連絡がはいった。
反射的に背筋が凍り、ドキドキしたまま電話を切る。
俺の様子からしてリンさんも渋谷さんも、凡その内容はわかっていたみたい。すぐに、車を出してくれて湖に向かった。
とはいえ、俺の探し物───死体であるなら、見ない方が良いということで渋谷さんにもリンさんにも止められた。
わざわざリンさんと車を停めてから一緒に見に行くことになり、俺は遠目から銀色のシートか何かに包まれた物体を見るだけだった。
でも、そこには確かに、『人間』がいた。
「警察には通報をしました」
「───はい」
ダイバーの視線が俺に向いてるのはわかっていた。
こうなるのは、分かっていたことだった。俺は死体を探してるとは言わないが、特徴を伝えて探させた。実際それは見つかり、渋谷さんともども合っていると肯定した。
それは渋谷サイキックリサーチの名前で依頼ってことになったが、俺が先に一人で依頼したことは警察もすぐにわかる。
話を聞かれたら「遺棄現場を見ました」としか、言えない。
それがどれほど曖昧な発言で、おかしなことであろうとも。


その日の夜には警察から電話が来て、詳しい話が聞きたいからと翌日地元警察署に行くことになった。
渋谷さんもその予定だったそうなので、リンさんが車で乗せてってくれるという。
あくまで調書をとるという感じで形式的な質問をいくつも繰り返されたので、ちょっとだけ退屈にも感じた。
最初は一人、警察署のおじさんって感じの人がマニュアルっぽい仕事をこなしているだけ。
けれど調書を書き終えて一度処理をすると言って部屋を出た後、別に二人ほど増えた。
一人は女性で、未成年に対する保護をうんぬん、と言っていた。もう一人は壮年の男性で、刑事とは言わなかったが俺にいくつも質問や確認をしてくる。
「渋谷サイキックリサーチでのアルバイトはいつからですか」
「所長とは親しいんですか?」
「今回は一人で先にこの場所に来ていたようですが、経緯は?」
などなど、まあ俺がどうして発見に至ったかを事細かに突き詰めているようだ。
ちなみに渋谷サイキックリサーチの方から、俺の能力について多少の証言があったらしく、俺が遺棄現場の夢を見たと言ったときの反応は驚きや奇異というより、苦々しい顔。
信じてはいないんだろうけど、そんな突拍子もないことを言いだした俺たちに対してどうしてくれようかって顔。ブチ切れるわけにもいかないしね。
「ご遺体の男性とは面識は?」
「ありません…………あれ、もう身元が分かってるんですか?」
「…………知らない?」
「え、はい」
俺の反応が思いのほか鈍かったのか、おじさんはあれっと首を傾げた。
あ、でも、渋谷さんはもしかしたら知ってたのかも。
おじさんは手にしていたファイルをぱらぱら、と見て、ふーと深く息を吐く。
教えてくれるんだろうか。いや、まあ俺が疑われているわけだしな……と、まごつく手つきを見ながら緊張して待った。
そしてようやく差し出された写真を見て、心臓が止まるかと思った。
見紛うことなき美貌の少年───渋谷さんの顔がそこにある。おじさん、間違えて出していないか?という疑問を塗り替えるようにして、過去何度も見間違えたことを思い出す。

───「誰かと間違えてるんじゃないか」
───「見間違うかなあ、この顔を」

「ご遺体の身元はユージン・デイヴィス。あなたの雇い主の渋谷一也……と日本では名乗っているようですが、オリヴァー・デイヴィスさんの双子の兄にあたります」

心臓の鼓動が警鐘みたいに頭や鼓膜を乱す。

「一昨年の冬、仕事の為来日していたところ消息を絶っています。捜索願は翌年一月にイギリスから出されていて───」

今俺が聞いている言葉って、俺が理解している通りの言葉なのかな……。
ユージンが、渋谷さんの双子の兄で。
渋谷さんは本当はオリヴァーという名前で。
俺が見た夢の、棄てられた死体が───ユージンで。

「知りません……なにも、知りませんでした、……俺、わかんなくて……」
はくはくと戦慄く口がそう紡ぐのに、ずいぶんと時間がかかった。
知らなかった。気づけなかった。わかってなかった。考えてなかった。───見ないふりしてた。
あまりに愚かで単純な言い訳が頭の中に募っていく。
警察官は俺が茫然自失気味なのに戸惑って、ついていた女性がこれ以上の聞き取りは無理だと判断して、椅子から立たせてくれた。
部屋から出た方が良いと思ったのか、付き添われて外の椅子に座らされる。

もう帰っていいというので、渋谷さんやリンさんと落ち合おうと思ったけど、暫くは立ち上がれなかった。

廊下の前には窓があって、嘘みたいに青い空が広がっていた。
蝉の鳴く声がして、ああ今って夏なんだっけって、そんな当たり前なことに思い至る。
死体を探したのは不安から抜け出すためだった。その後に待ち受けてることは一応思い描いていたけど、想像よりも重たい真実が、今俺に圧し掛かっていた。
ユージンが名前を教えてくれた時、渋谷さんでもない、俺の作り出した幻影でもないと分かって能天気に「身内?先祖?守護霊?」なんて正体を聞いた。
この関係性を、考えてなかったと言ったらうそになる。
踏み込む時間がない、今のままでいいかな、いつかゆっくり会える時が来たら……なんて後回しにしていた結果突きつけられたのは「死」だった。

それを今更、ショック受けちゃうんだから、俺って本当に馬鹿だな……。

───ユージン。
もう一歩、深く知れたと思えば、距離は遠のいてしまったらしい。


next.

警察って人の身元明かす?明かさないかな?発見者兼容疑者みたいな感じなので、明かすかな??という迷った展開。
でもこの、そこで正体バレます??っていうのを書きたかったんです。
Apr.2023

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