I am.


No, I'm not. 69


ロビーに行くとソファに座っていたリンさんが、俺を見るなり少し腰を上げた。
近づきながら、渋谷さんの姿がないことに気が付く。話を聞かれてるだろうけど、俺よりは早く終わると思ってた。
「渋谷さんは?」
「今は霊安室へ行っています。ご両親がお着きになったので」
「───ああ、……イギリスから?」
「そうです」
隣り合ってソファに座る。
俺はちょっと前かがみになり、リンさんは身体を俺に向けていた。
「聞いたよ。オリヴァー・デイヴィスと、ユージン・デイヴィス……双子の兄弟だって」
「はい」
オリヴァー・デイヴィスという名前は春に行った屋敷で『偽物』を見てきてほしいと森さんに依頼されたことで覚えていた。滝川さんがファンで、イギリスのSPRってところにいる博士だったはず。サイコメトリーという能力で失踪者の捜索が出来るらしい。
渋谷サイキックリサーチの略称が同じなんで、俺は軽く詐欺になったらどうしよーと思ってたら、逆に詐欺じゃんみたいな事実が出てきた。
「もー。急にお腹いっぱいだ……」
身体からぐったり力を抜いた。丁度ソファの背もたれの丸い角が、俺の首の後ろに良い塩梅で当たる。
天井を少しばかり眺めて、目を瞑った。
渋谷さんがここに来てから、近いうちにわかる時が来ると思っていたことなのに、いざ知ってみると頭が追い付かない。
「俺、先にバンガロー帰る」
うだうだしていた俺は意を決して起き上がり、リンさんに宣言した。
一人になりたかったし、考えてみたら、今は渋谷さんの顔を見ない方が良いと思う。
えっと口ごもるリンさんに「タクシー拾うからヘーキ」とされてもない心配に答えた。

警察署から出ると夏の日差しがじりじりと突き刺さる。
大きい道路を歩きながら適当にタクシーを呼び、乗った車内はキンキンに冷えていた。
汗をかきかけていた身体は急激に冷やされて、いよいよ寒くなり始めたころには目的地に着いた。
森林に囲まれていて炎天下アスファルトの道路を歩くよりは涼しいけど、バンガローの中は蒸し暑くなってて、その空気が俺を襲う。
ここにいるのも気が滅入りそうなので、ギターを引っ提げて湖畔に行くことにした。
遺体が引き上げられたから一部が立ち入り禁止になっていたし、全体的に観光客の数も少ない。
散々町長が、客足が遠のくと恐れていた事態が、今別の要因で起こっているのだからおかしな話だ。

俺が夢を見た場所に座って、ギターを抱える。
音を鳴らすつもりはなかったけど、不思議と指が動いてしまうんだからもはや癖だと自嘲気味に笑った。

しばらくして、砂利を踏む足音が意識を割き、歌声を小さくしながらそっちに気をやる。
段々と俺に近づいてくるその音は、背後で立ち止まった。
「あと一曲だけ、待ってて」
俺がそう言うやいなや、足音は俺の隣にやってきて腰を下ろす。そこには渋谷さんがいた。
聴いてくんだ……。そう思って笑ってしまってから、トコトコとギターを叩き誤魔化した。

ここでどれだけ歌っていても俺はもうあの夢を見ることはなかった。
そして、ユージンに会うことも、もうない。

「君は、なぜだろう」
歌いながら少し身体が動いたせいか、足と足が軽くぶつかる。
「あたたかい」
歌詞のように体温を感じることはないけど、この存在のおかげで、一人で歌うよりずっと気持ちが良い。
この歌が終わったら、吹っ切れる気がする。
ユージンのことも、渋谷さんのことも、自分のことも。

「───青く染まっていくよ……」

アウトロが比較的長い曲だけど、焦らず省略せずに弾き切った。
「ふー、お待たせ」
「満足したか」
渋谷さんはきっと用があっただろうに、途中で席を立ちもせず、遮りもせず、待っていてくれたのはぶっきらぼうな優しさだろうか。
やっと終わった、みたいなため息はあったが、本当に嫌で付き合い切れないことを我慢する人じゃないと俺は知っている。
「まんぞくまんぞく───ついでに一つ聞いときたいんだけどさ」
俺は横に置いてたギターケースにギターを仕舞う。
身体をねじって背を向けてたのを、今度は渋谷さんの方にねじった。
「んー、の、n───な……?」
「?」
「のる、な、る?」
鼻歌とはまた違う、音を探すように口ずさむのを、不思議そうにした渋谷さんは、徐々に目を見開いていく。その表情を見て、探り当てたかのような感動が湧いた。
「ナル、かな?これって、なに?」
「noll───。……僕の、愛称」
「すごい、しっくりきた。ナルね、ナル───呼びたくなる響きだ」
渋谷さんともう呼ぶ必要もなくなるんだろうし、愛称ってのは抜群に呼びやすさがある。
そもそもあっちが先に俺を、下の名前で呼んでたんだし。
「どこでその名前を聞いた?」
渋谷さん改めナルは、俺が噛みしめてる喜びもなんのその、情報の出どころを聞き出すように真剣な顔つきをした。
立ち上がった俺につられるようにして立ち、歩いたらついてくる。まあ俺に用があったんだろうし。
「最初に聞いたのは、ユージンの口からかな」
「ジーンの?」
ジーンというのも愛称かな。でも俺は、ユージンに聞いた音のまま、呼ぶことにした。
「ユージンが口にしたとき、なんて言ってるのかわかんなかったけど……その後、咄嗟にだろうけどリンさんも呼んでたのを聞いた」
スプーン曲げをしたことをリンさんに言ったんで、これがオアイコになればいいんだけど。なんて。
「ジーンとはどうして知り合いだったんだ」
「ナルに会う、一日前の夜───俺の学校の旧校舎で会った」
「……あの時?───あそこに、いたのか……」
初めて会った時、俺が初対面ではないと勘違いしてたことを、きっと思い出したはずだ。
同時に俺が会ったユージンが『何者』であるのかもわかっただろう。
「そっくりなんだな、見間違えるはずだ。警察署で写真を見せられた時、『渋谷さん』じゃんって思ったし」
「無表情にしてれば誰一人見分けることができなかった」
「でも会うとよく笑うから、すぐ別人だってわかった」
「そうだろうな」
ナルはシニカルに笑った。きっと今までも、そういわれてきたんだろう。
「最初は旧校舎にいる霊がお前のフリして俺を脅かしてんのかと思ってビビった」
「……ああ」
「でも霊はいないっていうし……まあなんか気のせいかと思ってたら、調査のたびに出くわすようになった」
「調査のたび?会って何をするんだ」
「危険を知らせてくれたり───その場所がどういうところなのかを教えてくれたり?」
「……指導霊を気取ってたわけだな」
「初めてきくジャンル……」
砂利のない土の地面に出たので、湖を振り向いた。
随分離れてしまった水面に、キラキラと光が反射している。
「───まったく、何を馬鹿なことをやってるんだあいつは」
心の中で別れを告げてた俺は、あんまりな物言いに肩をすくめる。
薄々わかっていたことだったけど、冷たすぎんか?死んでしまった兄に対して。
悲しみを強要する気はないけどさ。
どういう精神構造だろう、これまでの人生に俄然興味が湧いちゃった。
「早く向こうに渡ればいいものを、の先天的な素質を伸ばすために関わって、その結果がこれか……」
「結果……?」
に遺体を見つけさせた」
「───、」
「気持ちがいいものではないだろう」
ぐっ、と息が詰まった。
不意打ちの、優しさみたいなのを出されたから、泣いちゃいそ。
震えそうになる声を、笑いに変えて吐き出した。
「はははっ、……俺はよかったって思ってるよ」
「なぜ?」
「大切な友達ができた。なにも後悔してない」
「……」
いっそ出逢わなければよかったなんて思ったりしない。
名前から始まり、いろんなことを知って、遺体を見つけて、……確かに精神的にはとても疲れた。
でも、それは全部俺とユージンが『生きた』証だから、いいんだ。



next.

原作(文庫)ではユージンがオリヴァーの愛称を教えてくれるけど、ここでは自分の口から。
二人とも自分で名前を教えてくれたね。
そして「そっちが先に下の名前を呼んだから」とナル呼びをしたかった。
湖で歌ってたのは群青。色も歌詞もイイな~っていうのと、MVがね、湖なんですよ。
ジーンと会えないと感じてるのはもう成仏したと思ってるってよりは、つながりが遠ざかった気がしている。それはナルと繋がったからというのも漠然とある。
Apr.2023

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