I am.


No, I'm not. 74


お茶をもってベースに行くとナルは滝川さんに対して、ブレーカーが頻繁に落ちる原因を説明していた。そういえば阿川さんちの被害に家電が頻繁に故障するってのがあって、ブレーカーもよく落ちると言ってたっけ。
広田さんも興味深そうに、原因についてを聞きながら俺の代わりにみんなの湯飲みにお茶を入れていく。
他にも電話の雑音は無線電波が混ざってたとか、テレビの不調はケーブルの不具合や内側に故意に腐食させたような跡があったとか。つまり、上手く偽装されているが人為的に害されていたってことが判明した。なんというか、悪質なイタズラ───嫌がらせ、かな。
「単純な細工から手の込んだものまで、明らかに誰かの故意だな。ご苦労なことだ」
「じゃあ何で滝川さん呼んだの?いらなくね?」
「偽薬なんだってよ、俺は。いらないなんて失礼なこと言うのはこの口だなあ?」
ナルは途端に説明が面倒になって口を噤み、俺は滝川さんに両方の頬を押し潰されて口をきけなくされた。
安原さんは代わりに、俺と広田さんに誤解がない様に丁寧にお母さんを安心させるために、滝川さんに祈祷のまねごとをしてもらおうと思っていたことを説明した。
嘘の除霊と聞くと広田さんが怒り出しそうだったけれど、そこは安原さんの口のうまさが勝利したのかな。

にしても、機械の故障は人為的なもの。妙な噂を流してきたのが隣人の笹倉さんだけ。そういう状況的にみて、今回の阿川家の異変は笹倉さんが原因だろう。確実な証拠はないけど、実際に会った時にはこの家か家族に奇妙な執着を感じた。
滝川さんや広田さんは、それこそ偽薬なんて使わずに犯人が居ますって突き出した方が、大抵の人間は安堵するものだと言う。
俺も、それはそうだなーと見守っていると、タイムリーにも隣人の笹倉夫人が家に訪ねてきた。
客人が増えたみたいだから夕飯が大変でしょう、といっそ不気味な過干渉っぷりで家に入り込もうとしてくる。
阿川さん母娘はこの粘着に苦痛そうに顔を歪め、初めて見た滝川さんは「これがウワサの……」と半笑いだった。

広田さんはよっぽど自信があったのか、笹倉さんを家に上げて問いただすことにした。
当然笹倉さんは広田さんの言葉に激昂したが、ナルまで出て行き電話や脅迫音声の解析、そして廊下の突き当りに在る姿見がドアになっていることを伝えると、顔色を変えた。
ベースに流れてくるリビングの様子に耳を傾けながら、俺は姿見がドアであるという自分の想像が事実と合致したことにひっそり戦慄している。
『声を録音して比較してみることですね。あとは笹倉家の通話記録を調べる。それができれば直接的な証拠になるでしょう』
『……翠さん、告訴なさいますか』
『え?』
ナルの淡々とした声に、笹倉さんはもう何も言えなくなる。すると広田さんがもっと追い詰めるようなことを言う。
翠さんは困惑したようだったが、告訴までは望まなかった。なぜなら笹倉さんが尋常じゃないほど蒼褪めていたからだ。


滝川さんが、何もすることがなかったと拗ねて安原さんに遊ばれているよそで、俺はつんと耳が詰まるみたいな変化と、身体が痺れるみたいな感覚を抱いた。
思わず耳を塞いだら俺の目の前にいたナルが訝しむ。
「え?」
自分でもわからない困惑の声を上げると、途端に視界がまっくらになった。
思わず前に手を伸ばすと人の膝にぶつかる。もちろんナルだろう、目の前にいたから。
「ブレーカーが落ちたな。リン、付け替えてくれ鬱陶しくてかなわない」
「はい」
ナルが俺の手をどけながら言い、リンさんが返事をして、意識を失ったわけではないことに安堵した。
徐々に目が慣れてきて、人の気配を感じられるようになっと思えば───。

「きゃあぁあぁ!!」

翠さんの悲鳴が聞こえた。
俺は反射的に『悍ましさ』を感じて立ち上がる。リンさんが懐中電灯を手に出て行くところだったのをついていき、声のする方へ行く。
先に広田さんが洗面所の前にいたらしく、翠さんに声をかけてからドアを開けた。
上ずって震えた声が、誰かがいたと訴える。続いて風呂場と言いかけたのでリンさんが素早く光を向け、浴室のドアを開ける。しかしそこには誰もいなかった。

怯えきった翠さんは広田さんに任せてお母さんといさせ、ブレーカーや浴室の異常確認はリンさんがやっている。後から来たナルとベースに戻ると脱衣所にはカメラを置くと指示をされた。
まだ撤収とはならないみたいで、俺もちょっとだけ安堵した。
「さっき、電気が消える前に、何か言いかけなかったか」
「へ?」
「それとも、何か聞こえていたのか?」
「……?なんだっけ?」
はい馬鹿、みたいな顔をして見放された。
続いてナルは滝川さんに、家中の窓が鏡なのはなんでだと思うかと意見を聞く。俺が来た時もぼやいていたけど、えらく気にしているな。
あーだこーだ、滝川さんが理由を考えてくれて、それをナルが否定しながら、さらなる意見を引き出していく。そしてとうとう、滝川さんが唸りながらたどり着く一つの答え。
「外から誰かが覗いているから」
───ああ、それが、『コソリ』だ。
目をそらして考えに耽る。
滝川さんとナルみたいな理論的な話ではなく、断片的な印象から紡ぎだす俺の想像。
インスピレーションをもとにして、全体のイメージを決めて、曲を作り上げるような作業と似ていた。
テーマはこの家、この家の人、この家で起きたこと。
ユージンはどんなふうに俺に夢を見させて、どういうワードを使っていたっけ。
暗闇の中に、白い線で描いた反転世界───それから、チャンネルを合わせる、みたいな。

カクッと頭が落ちる感覚を味わった後、どよめくような声を聞き、それきり意識を手放した。
下は畳だから転がっても頭を強打したりなんかはしないはずだ。

暗闇の中の世界に一人で立っていた。自分の今いる家を思い出すとうっすらと線が引かれていく。
ベースには滝川さんと安原さん、そしてナルがいて、その傍には俺が身体の力を完全に抜いた状態で横たわっている。寝かせてくれたにしちゃ放っておかれてるけど、たたき起こされてないってことは尊重されているのかもしれない。
ふと目をそらし、家の中全体を俯瞰した。洗面所から出たリンさんがベースに戻るんで廊下を歩き、リビングでは翠さんとお母さん、それから広田さんがいた。
『生きて動く人間』は肌が光るように鮮明だが───それ以外に、仄かに白む、人がいた。数は五人。玄関だったり、廊下だったり、二階だったり。
人間の形をしていたり、ただの人魂みたいになったりと姿が安定しない。悪意だとかそういうのは感じられないけど、この家で何度か得た自分にない意識はこの五つのうちのどれかだと思う。
俺は試しに玄関に留まり動かない、小さな人影のそばに立つ。存在自体は朧気で、ずうっとここにいるから、何か強い思いがあるのかもしれない。
相手は小学生くらいの女の子のように見えた。俺を認識している様子はなく、ぼうっと廊下の先を見ている。その顔つきはどこか悲しげ。
今まさに家に帰って来て気を抜くみたいな顔ではないのは確かだ。
───どうして、誰もいないんだろう。
肩に触れようとしたその時、胸にこみ上げてくるような感情が湧く。
やがて少女はふるりと震えて、弱弱しく消えた。
この家に入ってきたときに感じた妙な孤独感はこれか、と拳を握る。
家族の住む家に帰って来たのに、誰の気配もない、違和感と寂しさ。……きっといつもは賑わう家だったんだろう。
「では僕はこれで。谷山さんにもよろしくお願いします」
「お疲れ~い」
ふいに、玄関にいた俺の横を安原さんが通った。いつの間にか滝川さんが見送りにも来ていて、あっと思った時にはベースで目を覚ましていた。
「起きたのか」
のっそり起き上がった俺を、ナルが見下ろしてる。リンさんもちらりとこっちを見たし、その時丁度滝川さんがベースに戻って来た。
「よう。安原少年は丁度いま帰ったぞ」
「ンー」
しきりに頷いて、髪の毛をかき混ぜる。
「つーかお前、あんな急に寝るって、もはや気絶だろ。大丈夫なのかよ」
「いやー、うっかり。でもちょっと成功した気がするんだよな」
再び畳に腰を下ろす滝川さんは、俺の跳ねた前髪を指で戻してくれた。
「玄関に小学生くらいの女の子がいて……どうして誰も家にいないんだろう、って留まってた」
は、と言葉を失いかけた滝川さんをよそに、ナルが「ほかには」と尋ねてくる。
「全部で五人いた」
「場所は?何か言ってたか?」
「わかんない、動いたり消えたりで。でも、家に入ってくるなと、その子は見逃してと、コソリがいるっていうのはこいつらなんだろうな……」
「コソリってーのはなんぞや」
ナルと俺はしばらく問答を繰り返していると、次第に滝川さんも口を挟み始める。
コソリについては、俺はなんとなく『造語』やら『渾名』みたいなものだと思った。勝手な想像だけど、そう名付けるということは、その声の主は子供なんだろう。
「翠さんが見たという男はわかるか?」
「どうなんだろ、今は見なかったけど」
「あれかね、家から出るように警告するために見せてるみたいな」
「リン、どう思う」
「私にはなんとも。正体不明の霊のことは管轄外です」
「真砂子ちゃんを呼べば?」
夢で見た以上に想像力が逞しいせいか、どう過不足なく伝えられるのかと口ごもっていると、霊が居る可能性を見出したことで原さんが呼ばれる事態となった。


そして夜も遅い時刻となってしまった数時間後、原さんは仕事を終えてすぐに阿川家に来てくれた。
リビングで阿川母娘と広田さんと雑談を繰り広げていたので、インターホンが鳴ってすぐ俺たちはぞろぞろと玄関に出迎えに行く。
原さんはしばらくぽかん、としていたけどすぐに自我を取り戻し、俺を含めて四人に丁寧にあいさつをして家に上がった。
翠さんと軽くお話をしている横で、広田さんが俺の肘を引きヒソヒソと話しかけてくる。
「原真砂子ってテレビによく出てるタレント霊能者だろう、大丈夫なのか?」
「俺の大丈夫を信じてくれるなら、大丈夫」
「……」
ぐ、と広田さんが黙り込む。
この人にとっちゃここにいる誰も信用に足るわけじゃないだろう。
「さー原さんとりあえずベースに案内するね」
「ええお願いします」
挨拶を終えた原さんをベースに案内しようとすると、しずしずと歩いていた原さんが息を飲んだ様子で立ち止まる。そして廊下の突き当りにある姿見を指さした。

「……覗いていますわ───そのドアから、霊が覗いています」



next.

偽薬の話でモメるのは麻衣ちゃんが広田さんに全員お茶で良いか聞いてきて、と言ったらアヤしい話を立ち聞きしたという経緯だったと思うんですが、今回主人公が問答無用でお茶でよかろうと決め、広田さんと身の上話をしていたのでそういう展開にならなかった……という巡り合わせ。
June.2023

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