I am.


No, I'm not. 75


(広田視点)

阿川さん母娘が次第に、渋谷サイキックリサーチの連中に心を開きつつあることは感じていた。
奴らは巧妙に二人の不安を拭い、それだけでは飽き足らず仲間を増やして俺たちを囲い、霊があたかもいるかのようにふるまい始めた。
隣人の笹川夫人からの嫌がらせを突き止め、これでこの家から出て行くものだと思っていたところで、オカルトめいた演出で翠さんを怯えさせ、また不安を煽る。
今さっきやってきた小娘───原真砂子はテレビでも顔を出しているタレント霊能者だ。
有名な人間をよこして、知るはずのないことを言わせ、信頼を勝ち取ろうとしている。
───きわめて悪質な手口だ。

「……うがちすぎじゃないでしょうか」
翠さんは事務所を訪れたときから、ややこいつらに傾倒しがちだった。だがなんとか目を覚ましてもらいたいと説得を続けると、今度はおばさんまでもが庇いだす。
「私には渋谷さん達がそんな人たちには見えませんよ」
「こいつらを信用してはいけません」
「でも広田さんは疑いすぎのように思いますけれど……」
俺の声を聞きつけて出てきた滝川の横にいる、渋谷と偽名を名乗るオリヴァー・デイヴィスを一瞥した後、谷山を見る。
目が合った彼は無防備に俺を見返した。
こいつも───。

「───こいつらは、人殺しです」

本来なら人前でこんなことを言うはずではなかった。
だが善良な一般市民を犯罪者から守るためには言うしかない。
俺の言葉を聞いて静まり返った皆に、本来の身分を名乗る。
「俺は阿川さんの従兄弟ではない。東京地検特捜部の者だ───ここへは仕事できた」
当人たちよりは滝川や原さんが大きく動揺した。おそらく彼らは知らないんだろう。
「───ユージン・デイヴィス死体遺棄事件。この夏にあった彼の実兄の事件だ。その重要参考人として、俺は彼らの内偵を進めていた」
「実兄の死体遺棄!?しかも二人して???」
「日本では渋谷一也と名乗っているようだが、あの事務所の責任者はオリヴァー・デイヴィスということになっている。所長は君だな?」
渋谷くんは頷きもしない。谷山くんのほうは、戸惑うように渋谷くんを一瞥した。
この二人の関係性はいまいちわかりかねるが、渋谷くんに対して谷山くんが従っていると見ていいだろう。
「はー……?つまり渋谷は偽名で、ユージンの弟のオリヴァーで?んで、二人が共謀してユージンを殺したっていいたいのか?」
「被害者の遺体はN県の湖の底に、銀色のシートに包まれて遺棄されていた。それを引き上げるようダイバーを手配したのは『谷山』……君だな。やけに具体的に指示をしたそうじゃないか。調書には大きさや遺体を包むシートの色を濁して伝えたとある」
「……夢で、」
「超能力で知ったというのだろう、調書にもそうあった。だがそんなものは存在しない。ましてや君にそんな力があるなんて証拠もない」
全員の視線が谷山くんに集中する。
俺は畳みかけるように、二人を見据えた。
「だとしたら何故、そこに遺体が沈められているかを知っているのか。それは犯人もしくは共犯者だからに決まっているだろうが!」
「納得いかんとしても、ちと狭量な理屈じゃねえ?だいたい、こいつは?たまたま兄弟ってだけで共犯か?」
滝川が差し示したのは渋谷くんの方だ。
確かに俺が今言った説明では、彼の存在は余りにも薄かった。
「ダイバーの捜索作業は途中から彼も関わって増員されている」
「だからそれが狭量だっつってんだよ。だいたいN県の事件なんて管轄違いじゃねえの」
「───俺は管轄地域を問わず事件を扱う部署にいる。現場の捜査官が原因不明と見て回してきた調書に目を通し、違う視点から洗い直すんだ」
「……はーん、つまり心霊関係ってことね。それって閑職───おっと」
揶揄するような態度を黙殺し、俺は阿川母娘に頭を下げる。翠さんは同僚である中井の大学時代の友人であり、たまたま家のことで悩んでいると聞いて紹介してもらっただけの関係だ。
しかし彼女たちは困惑しながらも許してくれた。
「でも、殺人なんて……あの、その事件の調書には谷山くんや渋谷さんが犯人らしきことが書かれているんですか?」
「……いいえ」
翠さんは谷山くんと渋谷くんを見て、視線を下げてから俺に問う。
しかし否定すると、彼女は驚くことにまっすぐ俺を見てきた。
「───でしたら、今は皆さんを信じて調査をお任せしたいと思います」
「翠さん!?」
完全に絆されている、そして、信じようとしている。
人をだますようには思えない、なんて、相手を何も知らないから言えることだ。
谷山は、ある日偶然湖の前を通り、死体を遺棄する夢を見た。そうしてダイバーを手配したら本当に遺体が出た。その相手は雇い主の兄だった───そんなことが実際にありえるだろうか。
それをいけしゃあしゃあと「超能力で知った」などと、平気な顔して宣うなんて、正気の沙汰ではない。
あまつさえ、そんな彼を庇う身内というのも信用できない。

「───それで?もちろん兄が死亡した当時僕が日本にいたか否かについても調べられているのでしょうね?」
今までだんまりを決め込んでいた渋谷くんが口を開く。
その点をつかれることはもちろんわかっていたが、そんなのは大した障害ではない。
「当たり前だ。だがこの世には偽造パスポートというものもあるからな。それに、谷山くんは日本国内にいただろう。彼が実行するのは可能だ。君たちは表向き去年の春に初対面を装っているが、秘密裏に以前から交流を持っていたんじゃないのか?」
おそらくは金で彼を雇い、今もそうやって縛り付けている可能性があると踏んでいる。

「俺はユージンを殺してなんかいない」

突如、声が投じられた。
はっとしてその音のする方を見れば、谷山くんが一歩足を踏み出し俺たちに近づいて来た。
会った当初から感じていた、軽薄な言動からは想像もつかない静けさがそこにある。

「ナルとの初対面は去年の春で間違いない。ユージンとは生きているときに会ったことも、一度だってない」

彼の口から紡ぎだされる音は不思議な揺らぎで空気に溶けだして、俺たちの耳に届き鼓膜を震わせる。
彼の失せた表情に涙があるような気がして目が離せない。
それと同時に、周囲の空気が張りつめて俺に突き刺さるようにすら感じた。
何を言われても表情を変えなかった渋谷くんが、俺を底冷えするような目で見ているような気がする。
これじゃあまるで、俺が悪者だ。
谷山くんを虐めているようではないか───。
酷く罪悪感にかられた。

「……疑わしいというのならいくらでも調べればいいでしょう、そちらの勝手です」

言葉を失い、戸惑う俺の意識を引き戻したのは渋谷くんのなげやりな声だ。
まるで時間の無駄だというようにため息を吐く。あたかも俺の価値を貶められたように感じ、声を荒らげようとしたその時───おばさんの態度が豹変した。
「……お願い」
「許して」
「あの子だけは見逃して」
「お願いだから殺さないで……」
肩や腕を強く握られて、年嵩の女性とはいえものすごい力だった。
おばさんは必死に何かを守ろうと俺に言い募る。
その内容は、支離滅裂だ。
「───その方の背後に女性がいます」
困惑した俺に投げかけられたのは、原さんの涼やかな声。
おばさんは一時的なパニックに陥っていたのか、ふつりと茫然自失になって黙り込んだ。



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主人公を泣かせた(泣かせてない)のでしっかりヘイトをかう広田クンです。
ナルは根が良いやつなので、主人公がユージンに友情を抱き、大切に想っていることは認めている。だから「無関係」と言わざるを得ない状況を嘲るような気持ち。憐みとか怒りとかではないけど、広田さんに対して心の距離がグッと広がった。

June.2023

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