I am.


No, I'm not. 76


ユージンを殺したのだろうと真っ向から言われて、少なからず驚いた。警察はそのへんデリケートで、頑なに言ってこなかったから。
だけど心のどこかで、いつか言われるだろうと思っていたことだったから、諦めも感じていた。
にしたって、広田さんがやけに俺がこのバイトをしているきっかけを気にかけていたのはこのためだったのかも。
それに、給料の話とかもしていたし。俺が働いていることに対して『学校は?』と聞いた癖に『親は?』と聞いてこなかった。おそらく俺の身上をわかっていたんだ。

───バキッ!
───ドッ
───ガラガラ……!!

突如、俺の思考を揺さぶるように、家のどこかで物音が鳴った。
俺はリンさんと一緒にベースに居て、ナルたちは原さんの証言を聞くべく翠さん達とリビングにいるから、おそらくさっき、ドア越しに風呂を使うと言った広田さんだろう。
「見てこようか」
「ナルか滝川さんが向かうでしょう」
「それもそうか」
本当にその通りになったようで、原さんだけがしずしずとベースに戻ってきて、その後滝川さんも来た。どうやら広田さんは服を着たまま浴室でなにかしていたようで、その時に風呂の蓋に足を乗せたら転んだとかなんとか。
「どういう状況?」
「さあな、明らかに何か見たって感じなのに、何も言わねえ」
「で、渋谷さんは?」
「シブヤサン、じゃねえーんだろ?そういやさっき、お前なんて呼んでた?」
滝川さんは肩をすくめて今起こったことを横に置き、有耶無耶になっていたナルの身元についての話題を引き戻した。
どうせ本人は何の話もしなかったんだろう。
「オリヴァーの愛称が、ナルだからそう呼んでる。そのナルはどこに?」
「へえ~親しげ。いつから知ってたんだよ。あ、ナルちゃんなら広田と話してんじゃねーかな」
早速呼ぶあたり、神経が図太いな、滝川さん。いや、俺も知るなりそう呼んだけど。
「俺がナルという呼び名を初めて聞いたのは、ユージンから」
「───え」
思わぬ発言だったんだろう、滝川さんや、原さん、リンさんまでもが驚く。
ナルと呼ぶのはリンさんもだったけど、それは今言わないでおこう。
「ユージンとは生前会ったことがないといったけど、死後にならある」
三人ともぐっと息を飲みこむ。
彼らから感じられるのは、否定でも、不信でもなく、沈痛。
「ナルのそばにいたんだよ、ユージンが。俺はたびたび、夢で会ってた」
「……じゃあ遺体の場所は、ユージンが知らせたのか?」
滝川さんの問いには、緩く首を振る。
「いや、俺がたまたま通りかかった湖で、誰かの遺体が遺棄される夢を見た───それが結果的にユージンだった」
「なにも知らずに、引き上げようとしましたの……?」
「ン」
原さんの絞り出すような声に、苦笑しながら頷いた。
それがどういった行為なのかを、皆わかっている。そして俺がどんな思いをしたかも。
「今回は騒がしちゃってごめんな」
「謝るなよ、お前が悪いんじゃない」
滝川さんの手が伸びてきて、俺の頭をくしゃりとかき混ぜた。


───にしても、なんか言い争ってる声が聞こえてきた。
滝川さんが苦笑してそろそろ様子見てくるといって部屋をでた。
そしてそんな滝川さんを見送った途端、リンさんが機械に反応があったと言い出す。
インカムはないので、俺は反射的に立ち上がり、滝川さんを追い部屋を出た。
そして二度も言うのが面倒なので彼を追い越して、キッチンのドアを勢いよく開ける。
「ナル、2階の温度下がり始めた」
それだけ言えば、ナルはすぐに話を切り上げてベースに戻っていく。
遅れて広田さんが戸惑うように、それが何だというのかと聞いて来たので、霊が現れる前触れみたいなものだと手短に説明して背を向けた。


リンさんの言う通り、2階の部屋は軒並み温度が下がり始めている。
特に四畳の誰もいない部屋が低い。2階では今翠さんたちも就寝しようとしているところなので、注意深く反応を見守った。
ただし暗視カメラに何かが映ったりすることはなく、翠さんの悲痛な声が上がる。
滝川さんが飛び出していき、原さんも立った。そして広田さんもついていこうとしたが、それをナルが阻む。
「僕とリンも上の様子を見に行く必要があります。広田さんはここで機械を見ていてください」
「な───」
「それとも、2階で何かが出来るというのですか?」
「……わかった」
お、素直。反論なく座り直した広田さんにちょっと感心。
は翠さん達の様子を見に行ってくれ」
「はいよ」
原さんと滝川さんがいったのに、と思ったが広田さんとここで二人になるよりはマシかなと思って素直にナルの言うことを聞く。そうじゃなくても、そのくらいの言うことは聞くけど。

翠さん達の部屋へ行くと、滝川さんと原さんが二人に話を聞いてるところだった。
なんでも、小さな男の子の霊がでたそうだ。それは最初お母さんの身体を借りて翠さんに話しかけたが、とうとう姿を現した。
「その子、『コソリ』がいるって言ったんだってよ」
「───そうか、あの子か」
滝川さんの証言からすると、この家にいるだろう五人のうちの一人だ。それはきっと、玄関にいる子ではない、もう一人の子供。
「お、男の子でした……小学校低学年くらいの」
「うん」
何となくわかる気がして、翠さんの震える声にしっかりと頷く。原さんも同じだ。
すると、翠さんは涙で目を滲ませながら、静かに呼吸をし始めた。落ち着きたい、飲み込もう、とかそんな感じだろう。
「───護符を用意します。それまでちょっと、の歌でも聞いて待っててください」
「へ?」
滝川さんは雰囲気を変えるように言った。おまけに俺の頭をわしっと掴んで、翠さん達に向かせる。
最後はポミポミと叩いてから俺に目くばせをして部屋を出て行くので、どういう意図があるのかわからないが、フられたからには歌ってやろうじゃねーか、と決意する。
まあ、翠さん達がうるせー寝かせろっていうなら遠慮するけど。

「翠さん、これから眠れそうですか」
「……そ、そうしたいけど……」
まだ落ち着かない翠さんと、心配しているお母さんは寄り添って不安そうにしている。
「あたくしも今晩はここで休ませていただこうと思ってますの。翠さんたちがよろしければ」
「それは……助かります」
「ン。じゃあついでに俺もいいですか?一曲歌っても」
翠さんたちはさっきのフリ、本気だったんだ……と驚いていた。そのまま頷いたので、ほんとにいーのかな、とは思いつつ原さんがやめとけって言わないし、俺は音楽の力を信じているので歌わせてもらうことにした。
ギターは持ってきてないからアカペラになるけど、夜だし、静かに歌うくらいでいいだろう。
翠さんと、お母さん、それから男の子にだけ届けばいい。

「叱られた後にある晩御飯のふしぎ」
「あれは、魔法だろうか」
「目の前が滲む」

霊が小さな男の子だった、と聞いて思い浮かべた歌を口ずさむ。
柔らかいメロディと、やさしくて温かく懐かしい気持ちにさせる歌詞。
サビは心を引き上げるような盛り上がりを見せ、また、落ち着いたメロディに戻っていく。

あぐらをかいて、少し俯きながら歌っていた俺の視界には膝と、自分が緩く組んだ手がある。
そこに、小さな手がちょこりと乗せられた気がした。
歌は揺るがず、目だけをわずかに向けると、細い腕と肩、まるっこい顔がある。ただその顔は黒ずんでいてよく見えない。
「君の願いはちゃんと叶うよ」
歌詞に乗じて手を開いて、少年を迎え入れる。
もぞりと動いたかと思えば案外素直に、俺の懐に入り込んできた。
その身体の重みとか、温度とか、血……だとかは、わからない。
ただ俺は心のずっとずっと奥深くにある、彼の本当の希望を追い求めた。家族ともども殺された苦痛、そして恐怖、後悔のその先、奥底にある幸福。───大好きな家族だ。

「こんなふうに、君に説くのかな」
歌がやんだとき、歌い切った自覚があまりにもなくて、周囲を見渡してしまった。
膝の上にいた男の子はいなくなっていて、原さん達は俺をまじまじと見ている。
「いま……」
「見間違い、かしら……」
様子をうかがっていると、翠さんとおばさんは戸惑うように、俺と周囲を見比べる。
口ぶりからして、俺と同じように男の子の姿が見えたのかもしれない。
「谷山さんの膝にいましたわね」
「ああ、うん。近づいて来たから……少しはいい気分になれたらいいんだけど」
俺が垣間見た少年の希望が、本人にも希望として湧き上がっているかどうかはわからない。
原さんも、浄化したとは言い切れないようだが落ち着いて消えたという。
それに滝川さんが後から来て部屋にフダを貼ったので、多分今夜は大丈夫だと思われる。
翠さんとお母さんも、放心してはいたけど恐怖の記憶は少しだけ塗り替えられたようで原さんに任せて部屋を出た。



next.

ゴーストハントという物語の最も大きな秘密はナルとジーンの正体で、それをじわじわ解明して最後には全員に明かされるというのが醍醐味だったと思うんですけど、今回のシリーズを書くにあたってその演出はなしにしました。ジーンの正体を知った時しかり。
余談ですがナルとリンさんはささやかに、広田さんと主人公を遠ざけている。やさしいね。

June.2023

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