I am.


Ray. 02

ナルとジーンは内緒話を日本語でする。まあ、内緒話といっても、そんなマジで秘密な内緒話じゃない。でも父さんと母さんが聞いていたら叱りそうな話とか、面倒事があるときとか、結構他愛ない内容。それが俺には全部筒抜けだということを、二人は知らない。
母さんは双子のその様子を見てちょっとでも近づけたら良いな、みたいな感じで日本語の勉強をしてるみたいだけど、内緒話を理解するにはまだほど遠い。
しかもこいつら、テレパシー的な物があるので、マジで秘密な話は頭の中でしている節がある。だからもう気にしないことにした。

俺は今年から大学院に進んだ。
折角頭のいい大学に来たのならもっと勉強したら良いんじゃないかなと思ったのだ。あと、父さんみたいに大学教授を目指そうかなーって。本当の教授の地位を得るには数十年かかるけど……。
それにしてもうちの院は修士課程が一年なので、急がしい。
「———?……めずらしい」
おかげさまで家のソファにかけていた俺を見て、学校から帰ったナルがこういうことを言い始める。
日本の家庭のお父さんみたい……。この家のお父さんはよく顔を合わせるんだけどなあ。
「教授が体調不良になった」
「ふうん」
「あれ?が居る」
つづいてやってきたジーンにもきょとんとされた。あれ?パパがいる、みたいな顔するのやめて。早く帰って来るなら言ってよご飯ないわよ、とは言われないだけマシかな。
いるよ、そりゃ、いるよ、家だもの。とふざけるのはやめてソファの背もたれに頭を預ける。なんか勉強しないのって久しぶりな気がする。なんもすること無い。レポートの考察でも推敲しようかなあ。
受験勉強の合間はドライブ連れてってくれる友人が居て、その友人がおしゃべりな奴だったので上手に気分転換してたけど、家に帰って来るとマジでやることない、ヤバい。
何で居るの?って首を傾げていたジーンにナルが俺の代わりに休講になったことを答えてくれていて、……俺、口のきき方も忘れてる?思いのほか疲れてたらしい。虚無感すごい。
何て言ったら良いか分からないとかじゃなくて、もう口をきく必要性を感じない境地になってきてる。いや、友達は居るし、雑談だって学校でするんだけど。双子に対しては何も言うことが無いっていうか。うわ……冷めてる訳じゃないけど俺冷たいな。嫌いじゃないよ?むしろ前よりは二人が可愛く見えてるよ??
「はー……」
コーヒーいれよ、と口にすらせずにため息を吐いて立ち上がると、二人は目で俺を追った。珍しい物体が動いたらそりゃ見るよね。
「コーヒー飲む?」
ようやく誘い文句が出たけど、二人はちょっと驚いた感じにきょとんとしていた。あ、いらないですか、と思って背を向ければジーンが慌てて追いかけて来た。
「飲む!手伝うよ」
「ありがとう」
コップを素早く三つ出したので、三人分のお湯を沸かす。ぼけーっとしたままポットを眺めている俺の隣にジーンも付き添っていて、ちらちらと観察されていた。なんだか珍獣扱いである。
俺はこのおうちに住むお兄さんであって、滅多に姿を見せない幻のモンスターではないんですけど。一応毎日家に帰ってますし。

そういえば、と思い出してジーンを見る。学校から帰ってきてすぐ俺を発見したから、ソファの傍に二人の鞄がおいてあった筈だ。ちらっとナルの方を見たら、大人しくコーヒーを淹れてくるのを待っているみたいだし、ジーンもずっとここにいるし、動いた気配がない。なにも、お湯が沸くのを待ってぼうっとしてる俺に付き合う必要はないぞ……。
「……荷物置いて来な?」

もんにょりとした視線を送ると、ナルとジーンは鞄を持って二階に上がって行き、戻って来る頃にはお湯を注ぎ終えていた。
少し熱いマグカップの縁を持って、取っ手の方を向けて二人に渡すとジーンが小首を傾げた。
「手、熱くないの?」
幸い二人とも早く受け取ってくれたので火傷はしてないけど、じんわり熱を持つ手をちらっと見て軽く振った。赤くはなってないな。
「平気」
「今のは平気な人の仕草じゃない」
ナル、目聡い。いや、誰が見ても熱かったという意志表示だけどな。
ちなみにこの二人、ブラックで飲むと言うので俺だけ砂糖とクリープを入れた。おかしいなあ、あいつら十二歳くらいの筈で、俺はもう二十歳そこそこなんですけど。
そんな双子はさっきまで俺が居たソファに座ってコーヒーを飲み始めた。律義に俺が居た所はちゃんとあけて、隣がジーンで、ひとり掛け用の所にはナル。まさか、そこに俺が行くのか?キッチンに立ったまま一口だけコーヒーを啜って、気まずさに顔を歪めた。
前髪を煽るように空気を上に吐いて、コーヒーの匂いを感じる。話はないんで部屋に戻ろうかとも思ったけど、さっきまでいた所から急に離れていくなんて露骨に避けてるみたいで変だから、コーヒーを飲むのはあすこにしよう。

、この本を読んだことは?」
大人しくソファに座った俺に、ナルが声を掛けて来た。差し出されたのは何かの専門書のようだ。
「俺の分野じゃないんだけど……」
超心理学の本で、タイトルも仰々しいというかなんというか。俺だってそれなりに小難しい本は読むけど、超心理学読むくらいなら医学書の方がまだ理解できる。いや、バイトしてた時の知識もまだあるけどさあ。
ぱらぱら捲っていたら、ナルがとりあげて、ページを開いて俺に差し出す。なんだよ、なんか気になる事があるのか。
「この人物、・デイヴィスは———?」
「え?」
確かにナルが開いたページには俺と同姓同名の名前があった。マグカップをテーブルにおいてその章を読んでみる。内容は前世記憶の話。

は幼い頃から何故か日本語が読めた。それから、やけに車が嫌いで、道路を車が走って行くのを見て怯えていたという。
それからは突然夜泣きをするようになった。しかも、次第にエスカレートをして行く。普通であれば夜泣きはおさまる年頃のはずだったが、原因も不明で、身体に異変もみつからない。夜泣きが始まって三ヶ月が経ったころには、夜泣きに日本語の言葉が混じるようになった。両親は日本語がわからなかったため録音して日本語がわかる人物に訳させた。その内容は、「車が」「危ない」「逃げて」だった。目を覚ましたにその記憶は殆どなかったが、ある日ふいに夢の話をすることがあり、「彼は、車に轢かれた」「お兄さんを庇った」「おっきい車」と答え、彼とは自分のことだと言った。
の父は超心理学の専門家でもあり、周りの研究者と話をすることによりには前世の記憶があるのかもしれないと考えるようになる。
今度は普通に起きている時にの不思議な話が始まる。いつも不意に始まるが、両親は注意深くその話を聞き、記録した。
日本人だった時の名前や、庇った人物の名前、それから車の事故で死んだこと————

読み進める間、ナルもジーンも何も言わない。俺はさらっと読んで終わりにしようと思ってたけど目がはなせなかった。
「ぜんぜん、記憶に無い……」
読み終えた俺は、素直に口にした。
これ二歳の頃の話だし、それを記録されてたとしても知らないし。
幼少期の俺の写真と、俺の記憶の元と思しき日本人男性の写真があるので、まぎれもなく俺なんだろうけど。
「俺、こんなこと言ってたの?」
文章中にも、四歳になった頃にはすっかり夢や事故の話をしなかったというし、そういうことで完結していた。小さい頃の記憶なんて俺もないし、そんなこと話していたとは思わなかったわあ。
それにしても、俺って実在したんだ?前は存在しなかったはずなんだけど。今回は違うのねえ、としみじみ最初の自分の古い写真を撫でる。俺が庇ったお兄さんというのは、小さな俺にとってはお兄さんだけど俺にしてみたら学校の生徒である。この本の中では名前も出ていて、俺の写真を父に送ってくれたのはその生徒だ。
「興味があるなら、父さんに聞いてみたら?」
まさか同じ人生を二度生きてるとは言い辛いし、それなら他人から見た俺を知った方が早い気がしてナルに本を返した。
だからってさ、その日の晩ご飯の席で率直に聞かれるとは思ってなかったよね、俺は。
「なんだ、ナルはもう見つけてしまったのか」
俺より先に見つけるだろうとは思ってたけど、と父さんは笑った。
たしかに俺は超心理学関係ないところで生きてるから、ナルが見つけなきゃ一生気づかなかっただろうなあ。
「その本に書いてあることは、ほんの一部なんだよ」
「へ」
思わず素っ頓狂な声を上げたのはもちろん俺。ナルとジーンは感心したような感じで、父さんのはなしの続きを待っていた。
俺は前世の記憶をこぼすように、不思議な予言をよくしていたらしい。前世の俺の事情とは合わない、それも見つからない人物の名前がどうして予言になるのか全く分からなくて首を傾げた。父さんは勿体ぶっていたけど、母さんが全員分の紅茶を入れて持ってやってきてくすくす笑う。
はね、小さい頃からジーンとナルの事を知っていたの」
「僕たちを?」
「えぇ?うそぉ」
思わず驚いたので声をあげる。俺、記憶を思い出す前に、記憶を見てたわけ?そんでもってそのことも忘れてたと?
というか、父さんも母さんも、俺が小さい頃にナルとジーンって言ってた双子を引き取ることになって色々驚いただろうなあ。というか、納得したのかもしれないな。
「僕たちのことをどんな風に?」
「弟になる、とかは言っていなかったが、ゴーストハントをすると言っていたね」
ナルは興味津々なご様子だ。
「ジーンはいつも調査を助けてくれる人、とか、ナルは凄い頭が良いとか」
小さい俺が、客観的にそれを見て語った内容だと思うけど、なんか照れくさい。
果たして俺はどこをどう見てそう語っていたんだろう。
俺であるときの記憶か、作品としての記憶か。
は質問をされるとゆっくり目を閉じて、うーんと考えながら潜在意識にアクセスをしていた。そしてゆっくり答えをだす。うとうとと半分眠っているようだった」
「———スリーピングプロフェット?」
ジーンがぽつりと呟いた。
なにそれ?眠れる予言者という意味だけど。
「エドガー・ケイシーもそう呼ばれていた。予言者で、心霊診断を得意としていて、病気や治療法等も見透かしていたらしい」
首を傾げる俺にナルが隣で親切に説明してくれた。
そういえば前にもエドガー・ケイシーの名前をちらっと聞いた事があるけど、こんなに関係してくるとは思わなかった。
眠りながら情報を得るのは麻衣ちゃんの専売特許なのでは??
俺はまたその能力を軽く引き継いでるのか?
まあ、小さい頃だし、その頃ってそう言う気の高まりがどうこうっていうし?
結局俺がぽけーっとしてるし、今では全然予言じみたこともしないし、質問してもうとうとすることはないのでこの話は終了した。
……したかに、思えたんだけど、終わらなかった。ナルが俺に興味を持ったのだ。
真性の霊媒であるジーンだけでも良いのに俺まで!ああ、死んだら解剖されちゃうんだ俺!父さんや父さんに知り合いの研究者は俺にテストをさせたことは無かったけど、どっから持って来たのか知らないけど、懐かしのアレを手にしたナルに、数時間にも渡るESPテストをやらされた。二回目だよ!全部当てたよ!知ってた!!!起きてるのにね!
俺はこれ以上テストをされてボロを出すのが嫌だったので家に帰らないようにした。うそ、修士課程をやっとこさ終了させたので、博士号とる為にせっせとお勉強してるだけ。
それを理解したナルは邪魔をしてこない。自分より頭のいい人間に会ったことがないとか言える天上天下唯我独尊な天才ちゃんだけど、研究大好きな学者バカだからお勉強頑張ってる人の邪魔はしない。良い子良い子、よしよししてやろうね〜ってやったら多分掴まって研究されるから遠くから慈愛の目で眺めておくことにします。

next.

主人公珍獣扱い(被害妄想)されてるけど別に仲悪くないです。
エドガーケイシー何回出すんって思うでしょうけど内緒ですよ!あと、世界仰天で前世の記憶を持つ男の子をやってたのでその症状?をちょっとだけ拝借しています。彼の場合は同じ国?だったけど。
小さい頃の記憶はあるけど、それはあくまで自分が幼かった頃の記憶なので、曖昧っちゃあ曖昧です。
Dec 2015

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