Ray. 04
博士との面談は何度か行われたけどそれ以外の時間はほとんど大学院で研究に没頭し、指導教官と目を数字にしながら論文を作り上げた。課程博士をもらえると決まったころには、博士が俺のことを発表していたので、ちょっとした有名人になりかけた。まあ、俺の研究分野と超心理学分野界隈のみの話なので、たとえば大学構内を歩いていてすげーじゃんお前とか、街中でほらあの人とはならない。ちなみに、リンとナルとジーンは博士の論文を読んだらしい。俺の論文は読んでないと思うけど。いや、別に良いよ?数学なんて興味ないもんな?博士号とったの〜〜〜!やったね〜〜〜ってリンに電話をしたときはちゃんとおめでとうございますって言ってくれたのに、お祝いで一緒にご飯してたらなんか疲れた顔して電話のタイミングが悪かったとか言われた。なに?授業中?じゃあ出るなよ。
「ジーンとナルが居たんですよ」
「そぇで?」
焼き鳥食べたくて日本料理屋さんにリンを連れ込んだは良いけど、リンは普段からあんまり肉類を食べないからお皿は切なげだ。
俺は頬にタレをつけつつ串に噛み付く。
「彼らに、連絡先を教えてないそうですね」
「家には一番に電話したケド。え?あいつら携帯持ってんの?」
「……」
リンが頭を抱えた。
……も、持ってるのかぁ。で、つまりなに?どういうこと?
弟さしおいて、電話を受けたリンは気まずかったと?
「二人はあなたが日本語を喋れることを今の今まで内緒にしてきたことにも驚いていたのに」
「ははーん」
まるで分かったような顔してみたけど、よく分からないまま頷いた。
ジーンやナルからしたら、俺は意味不明な生き物なんだと思う。家に居ないし、いつのまにか発表されてたESP能力者で、さらには大学で何を勉強してるのかも多分あんまり知らなかったに違いない。
「わかってないでしょう」
「ハイ」
じっとり睨まれて頷いた。リンはもう、大分俺に遠慮がないし、俺の考えを見透かしつつあるな。
ところがどっこい、さすがに俺の進路は予想してなかったようで驚いていた。
「まさか、日本に行くんですか?一人で?何故」
熱燗一本空にしたあたりでそういう話題になったので、ぺろっと進路を話したら驚かれた。
俺は来年から日本の大学で数学課の准教授について助教授になる。助教授っていっても、准教授の補佐なので末端の末端だけど。学会も顔出せるから研究もしつつ、経験を積んで行くつもりだった。父さんと母さんには大分前から打診してたけど、リンにはその話いってなかったかあ。あれ?じゃあ双子も知らないかもなあ。
「だってさ、日本に居ないとじゃん?」
「そうですけど、でも、これからジーンが大変な時なのにあなたがいないなんて」
いやいや俺がイギリスに居てできることはないだろう。
ジーンが日本に来ることを止める術は知らん。あ、予言する?ややこしいなあ。
「それで、何をするつもりなんです?」
「深く考えてるわけじゃないけど。ジーンは死なせないよお」
くぴりと小さく一口酒を飲む。
へらへらしている俺に説得力は皆無かもしれない。
「あ、ジーンが日本行くことになったら、俺に連絡入れて」
「その前にあなたはジーンと連絡先を交換してください」
「ああするする、さすがにするよ」
軽く返事をしながら、くいっと酒をのみほした。
もう大学院に行く用が無くなって、久しぶりに友達と飲みに行ったり旅行したりしてようやく落ち着いて家に帰って来た俺は昼までベッドで惰眠を貪る気でいた。
なのに、部屋の外からジーンかナルの声がして俺は呻き声で返事をした。
ドアが開く音がして、うっすらと目を開けると部屋は明るい。おお、朝か。いやでも、俺はまだ寝たい。今日は一日休むんだい。
「……寝てる?」
「うん」
この素っ気ない口ぶりは多分ナル。
目がしぱしぱするし眩しいので目を瞑って、シーツを抱きしめる。用があることから珍しくて、部屋にだって入って来たことは殆どないだろうに、何なんだろう。まあ、ようやく俺が忙しくなくなったからなのかもしれない。
「今日は休み?」
「休み」
ナルの用は十中八九研究だろうから、俺は自分の睡眠を優先するつもりだ。
「起きない?」
おきねーよ!!!!ちょっと甘えた雰囲気だしても駄目だかんな。
日本で言うと中学生になったばかりの年齢で、ぶっちゃけまだ可愛いので、俺はうずうずする。あのねえ、俺が意地悪みたいじゃないか……。俺は夜中に帰ってきたんだよ!
意を決してむくりと起き上がると、ナルはシーツの風圧でふわっと前髪を浮かせた。
がばっと抱きついたら案の定固まるのでそのまま抱っこして部屋の外に連れ出したら、丁度ジーンが部屋から出てきた所で、俺たちの姿にきょとんとしていた。
「え、?ナル?」
ちょっと戸惑いつつ、ナルの部屋の前にきた俺を追いかけてきたジーン。
俺はそこでナルを降ろして、極めつけとばかりにすりすりぐりぐりしてナルを可愛がった。
ぱっと手も身体もはなしたら、髪の毛が乱れたナルがいる。茫然としているナルに満足して踵を返し、通り過ぎ様にジーンの頭もぽんぽんしてから部屋に戻って二度寝した。ナルは当然リベンジしてこなかった。勝った!!!
結局俺を起こしにきたのは、あれから二時間経ったころに昼ご飯を作ってくれた母さんだった。
「、今日の予定は?」
「食べたらシャワー。あー買い物も行かなきゃ」
俺の前に皿をおいた母さんに問われたので、斜め上を見ながら予定を口にする。ナルの用事も別に聞いてやってもいいけど、日本に行くときの鞄を買うだけで買い物はそんなに時間は掛からない筈。
「買い物?」
「ああ、キャリーね」
ジーンはこてんと首を傾げたけど、母さんには前々からでっかい鞄欲しいわーって言ってたから納得したように頷いている。ちなみにナルは口をきいてくれないので多分不機嫌なんだと思う。俺がハグハグしたからかな?でもお前は俺の睡眠を妨害をしたんですう。
「今度はどこに行くの?」
「日本」
双子は同じタイミングで驚いたように俺を見た。
「もしかして、母さん言ってない?」
「あら?」
そういえば俺はナルとジーンに結局話す機会がなくてまだ連絡先はおろか日本に行くことも教えてなかった。というか、母さんから話が行ってると思ってた。だって俺は母さんからいっぱい双子の話を聞くから。たとえば警察に協力してサイコメトリをしたとか、ナルはもう既に色々研究を始めつつあるとか、近々SPRに入るとかなんとか。
「俺、日本で仕事するんだよ」
案の定双子は初耳だったらしい。リンも言ってなかったか。あれから一週間経ってるから、一度くらい会ってるかと思ってたんだけどなあ。会っても言わなかったのか??
博士号とったあと一度家族でそろってお祝いしてもらったけど、進路の話は出なかったし、教授を目指すことは知っていたから進路が決まっても場所は気にしてなかったみたい。
「日本には、いついくの?」
「二月」
俺が日本に関心を持ってるのは前世のせいにすればいいし、二人に怪しまれることはなかった。
まだ大分先なのでジーンはほっとしたような顔をしているけど、ほっとするほどのことかな?俺に遊んで欲しかったとか言わないよね?
「どのくらい日本語が喋れる?」
『───日本人と同じくらい』
ようやく口を開いたナルにわざわざ日本語で答えてからご飯をもぐもぐした。
論文読んだんだから知ってるだろお前ら。俺は読んでないけど。
「あら、初めて聞いたわ。の日本語」
「喋る必要ないからね」
母さんがくすっと笑う。
心の広い人だなあと、今更ながらに思う。まあ父さんの職業柄理解もあるだろうし、俺はもう良い歳した大人だし?ナルとジーンだって十分不思議な子だから、今更俺がいきなり日本語喋れても問題ないだろう。案の定、今度教えてとまで言われた。
「普段の言語は?」
「今は、英語」
「今?」
食事中は団欒をするものだけど、ナルの楽しいお話っていうのはまあ十中八九そっちネタだった。でもナルはそんなに記憶とか興味ないだろうな。論文を読んで気になった事があった程度だと思う。
「思い出したときは、思い出した瞬間の記憶に引っ張られて、日本語で色々考えてた」
記憶が戻った瞬間の俺は、日本人の俺が気づいたらイギリスに居たという感覚だった。でも俺の肉体はイギリスに居たままで、イギリスに居た記憶だってしっかりあったから、日本に居た筈の日本人の俺はだんだん遠い昔の俺という認識になった。
記憶が定着して上手に混ざり合ったんだろう。
リンはリンでちょっと違うのかな。ただの時間逆行だった筈だけど、やっぱり新しく記憶が積み重なって行くから、二度目だとしてもこっちのほうが現実味を帯びていて、過去の記憶でありながら未来を少し知っているような……うん、わからない!
俺もリンも昔の自分たちの関係は分かってるけど、もうすっかりただの同年代になりつつある。でも今こうして仲良くしているのは前の関係があったから。
「んーよくわかんないな」
一人で勝手に考えて、分からんくなったので考えるのを投げ出して食事をつづけた。博士とも色々話したけど、話すの面倒になってきたし、別にどうでもよくない?と最初から最後まで思ってた。つくづく俺に超心理学は向いてない。
仕事の始まる時期に違いがある為に俺は長期休暇をもてあますことになり、予言者についての論文のせいか俺に予言をして欲しいという依頼がよくくるようになってしまった。博士から父さんに渡って来るので、家がバレていたりするわけじゃないんだけど、手紙の量がどっさりしていてしんどい。まあ、ナルに来る救済の手紙よりはマシかな。俺はサイコメトリーしちゃうわけじゃないので読もうと思えば読めるけど、それでも事情を知っちゃったら辛いだろうからなるべく見ずに断った。
「ツインズ」
父さんが二人をまとめて呼ぶ時にこう呼ぶので、俺もよくこうやって呼ぶ。というか、片方に用事とかないな……兄としてどうなのっていうのはね、もう言わない約束だよね。
買い出しやら車出しは頼まれるし、院に居た頃よりは全然時間は合うようになったけど子供みたく遊んだりするわけじゃない。前までは普通に親しくしている程度の関係が、今でも普通に親しくしている程度のまま。……ていうか、それが普通だよね?
「なに?」
「日本に来ることがあれば、ちゃんと連絡するように」
「なぜ?」
返事をしたのはジーンで、理由を聞くのはナルだ。いや、なぜってあんた。
「時間があれば送り迎えするし、泊まっても良いし、父さんと母さんの様子も聞かせて欲しい、あと───」
ひとことで言えば家族だから、なんだけど通じない気がしてわざわざ口にする。
「たまにはお前たちの顔が見たいから」
付け足すと、ジーンはちょっとはにかんだ。
ナルはふん仕方ねえなみたいな感じで表情をそのままに視線を落とす。納得ってことでいいのかな。
別にわざわざ会いに来いって言ってるんじゃなくて、日本に来た時にしらせてくれれば俺が会いに行くんだから良いだろ。
どっちにしろ、日本に行くことになったら父さんと母さんが俺に会って来いとか俺によろしくとか言うに決まってる。
next.
ナルの子供時代の口調は素っ気な可愛い感じです。ねつぞう。
お兄ちゃんは遠慮なくナルをだっこしていただきたい。この、距離感っ。
Dec 2015