Ray. 08
麻衣ちゃんと握手したり、麻衣ちゃんとご飯行ったりした俺は、心の中でこっそりうわ〜生麻衣ちゃんだ〜とはしゃいでいた。良い歳した男がそう思ってるなんて大変アレなので誰にも内緒にしよう。
森さんを空港まで送りながら、俺が日本に居た間の双子の話を沢山してもらう。ナルとジーンが大変自由にしてる話は母さんからの手紙で聞き及んでいて、おまけに『からも叱って頂戴』とまで言われてたので、森さんに強請ったのは主にナルたちの仕事っぷりの話とかだ。
「ナルとジーン、手がかからない?大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
随分前に森さんには頭が上がらない姿を見てるので、俺は冗談半分に聞いた。
良い子にしてるわ、じゃなくて大丈夫、なんだね。
「にとっては手のかかる弟だった?」
「ん?別に」
「あら」
森さんは意外そうに口を隠す。そしてちょっとだけふてくされた声を漏らす
「あの子達、の前では良い子ぶってるんだわ」
「なにそれ」
思わずぶはっと笑ってしまい、ハンドルをちょっと強く握る。
「俺の場合は、一緒に居る時間が少なかったし……あーナルの我儘は無理矢理黙らせてたけど」
「無理矢理?」
「ハグアタック。……あれ嫌がるんだよねえ。ジーンも時々、ナルから逃げる時にキスハグしてるんだぜ」
一度みかけたことがあったなあと笑う。
ナルはスキンシップが苦手っていうのは結構周知というか、もう見るからにそうだから森さんはあんまり驚いてはいない。
「ジーンは聞き分けが良いし……どっちも遠くからじっと観察してくることはあったな。ん?あれって避けられてたのかな」
あれれって思って首を傾げながら空港の駐車場に入った。
昔は珍獣扱いかよ〜とか、ハグハグお兄さんだぞ逃げろ〜程度にしか考えてなかったんだけど、ナルやジーンからしたら変なおじさんだったのかなあ。やだ信じたくない。
ある程度成長していた頃に出会う同年代の他人だった前の俺ならまだしも、小さい頃に会う大分歳の離れた血のつながらない兄である俺には感じ方とかも違うか……。今更気づきました。
「ねえ俺、ツインズに嫌われてると思う?」
どうしようって考えてた俺は、丁度車を停めたので森さんの方を見る。
……すんごい笑いを堪えてるので多分嫌われてるってわけじゃないんだろうけど、俺がその結論に至ったことはそんなに面白い状況だったかな?
だってナルは研究以外で俺に話しかけて来ることは滅多にないし、ジーンはすごく当たり障りない話くらいしかした覚えが無い。人当たりのいいジーンとの方が会話の内容が薄いのは、むしろ普通に過ごして来たからなんだけど。
「ジーンは人のこと嫌いなる子じゃないし、ナルは嫌いな人にハグされて何も言わない子じゃないでしょ」
「そうだけど……うん」
車から降りてトランクを開けると、森さんが自分の荷物を取り出した。キャリーはともかく少し大きめのボストンは俺が持ったので軽くお礼を言われた。なんのなんの。
出会ったとき、俺はナルとジーンに馴れ馴れしくしてた記憶があった上に、ちっこくて可愛いかったから勝手に親しみを持ってたけど、よく考えたらあっちにはそういうの一切ないから、ちょっと考えなきゃいけなかったなと今更ながら思う。
あんまり会えてないから大丈夫と思っていたけど、大丈夫じゃなかったんだな。うん。気をつけよ。
森さんを見送った後は家に戻り、次の日からまた大学の仕事が始まった。
夏休みに入っても俺は当然学校に出勤しているんだけど、ある日の昼休みに研究室に客人がやってきた。生徒と思しき年代の青年と、小さな女の子。きょろきょろ周りを見ているから、女の子は初めて来たのだろう。
「すみません、ここに・デイヴィス先生がいらっしゃると伺いまして」
「ああ、はい。ぼくがです」
彰文さんってここの生徒だったんだっけ、と思いながら青年に笑いかける。そう、この人は吉見彰文さんである。
東京の大学に通ってるって言ってたことを思い出していた所に、ここの生徒じゃないのですがと前置きして自己紹介をした彰文さんに納得した。大学内って割と簡単に入れるんだよな。あれ、でも研究室とかって部外者入っちゃいけな……まあいいか。だれか付き添いに来てたなら良いんじゃないかな、俺は見てないし、気にしないよ。
葉月ちゃんと彰文さんをあいた席に案内してから、俺は備え付けの冷蔵庫に入ってる麦茶をグラスに注いで持って行く。
彰文さんは、おばあさんのやえさんからの使いでここに来たらしい。そしてやえさんは大橋さんの紹介だという。
そういえばそんな繋がりもあったなあと思い、彰文さんがナルの所じゃなくて俺の所に来たことに合点が行く。
「この子をちょっと、診ていただきたくて」
「はい」
俺は医者でも心霊現象研究者でもないので、本来ならこういう依頼はお断りなんだけど、いかんせん二人を知っているだけあって、素直に頷いた。
「びょういんきらい」
「あはは、病院じゃないよ」
俺は先生とも呼ばれてるし、大学って大きい建物だし、怖かったのだろう葉月ちゃんは彰文さんの影にかくれてしまう。
にこにこ笑って否定したけど、俺の言葉よりも彰文さんの大丈夫っていう言葉に安心してようやく顔をだしてくれた。
葉月ちゃんには、案の定首を一周する発疹と背中の戒名がある。
痛ましいけど、怖がらせないためにも顔には出さないでおいた。
急に明日から長期で休むとか俺には出来ないので、とりあえずナルたちの事務所に行くことにした。
事務所に入って行くと、麻衣ちゃんとぼーさんと綾子が三人で冷たい飲物を飲んでるところだった。
「あれ?さん!?」
ぱっと立ち上がった麻衣ちゃんと、ぎょっとしたまま固まる大人二人。カランコロンという音を聞いて別室から出て来たジーンもえっと固まっている。なんだ、俺はまだ珍獣だったか。
「一也は?」
あえてきっちり偽名で呼ぶと、ジーンは呼んでくるねと引っ込んだ。
そして麻衣ちゃんは俺にアイスコーヒーを持って来てくれて、ナルはすぐに出て来てソファに座った。
「麻衣、お茶」
「ハァイ」
たった今俺にいれて来たばかりだった麻衣ちゃんは何度も立ち上がるハメになり、なんか申し訳ないなと思った。
「アイスコーヒーで良いならあげるよ」
「アイスティー」
一口だけストローで吸っただけなので、麻衣ちゃん可哀相だしあげようかと言ったけど、足を組みながら麻衣ちゃんにリクエストしてるので俺は二口目をちゅーっと吸った。久々にわがままな所見た。
でもまあ、そうか、ナルが人の飲みかけなんか飲むわけないか。
next.
双子はお兄ちゃんとあまり会わなかったこともあるけど、多分我儘なところとかも見せなかったのかなって。
まどかさんに、ナルとジーンはお兄ちゃんの前だと良い子ぶってるのよ!!って感じのことを言わせたかった。
May 2016