I am.


Ray. 09

オフィスに突然やってきたさんは、渋谷兄弟やリンさんの知り合いの人であり、有名なデイヴィス博士の二人居るお兄さんのうちの一人で、予言者だと言っていた。眠りながら予知をして、未来や人物を透視して見るそうで、さんは前世の記憶まで有しているらしい。
森さんが偽物のオリヴァーさんについて調べてほしいってナルたちの所に来たのも、さんと森さんが知り合いなことも、ナルたちの師匠だからなのかなってあたしたちは話してた。
帰るって言ってた森さんを送って行ったさんだったけれど、まさかまた会うことになるとは思わなくて、あたしはオフィスにやって来た彼を見て驚きのあまり立ち上がった。
ドアの鐘が鳴ったことで、渋谷さんが顔を出す。
「一也は?」
あたしたちににこっと笑ったさんはそっちに視線をすいっと動かして落ち着いた声色で尋ねる。うちにはナルを一也って呼ぶ人はいないから、なんか耳に慣れなくて変な感じがした。
あたしがさんにアイスコーヒーを出してすぐにナルはやって来て、お茶を頼むもんだから自分のタイミングの悪さと、ナルの傍若無人っぷりの両方に打ちのめされる。
「ハァイ」
ちょっと拗ねた感じで返事をしたら、一瞬だけこっちを見たさんが困ったように笑って目を細めた。
なんだか、大人の男の人って感じで、照れくさくなる。
「アイスコーヒーで良いならあげるよ」
「アイスティー」
すでに一口飲んでたけど、あたしを気遣ったのかナルにそう言ってくれた。でもナルがそんなので納得する筈もなく、わざわざあたしに違う飲み物を頼んで足を組んだ。そしてさんは怒った様子も困った様子も無くストローに口を付けてもう一度アイスコーヒーを啜っていた。

「それで、本日はどのようなご用件で?」
「依頼を受けたから、一緒に行くか聞こうと思って」
「依頼?受けたのか?」
ナルは意外そうな顔をした。
前、ぼーさんが言ってたっけ、さんはあんまり予言しないって。
そのことについて以前ランチした時にちょっと聞いてみたけど、さんは大学のお仕事をしてる一般人で、研究に協力することはあれど、依頼を受けて力を発揮することは滅多に無いって言ってた。
「放っておけない人だったから。えーと、写真も撮って来たんだけど」
緩く笑ったさんは、ナルに携帯電話を操作してから渡す。
「ただの皮膚病のように見えるが」
「もう一枚ある」
もう一度携帯を操作したさんの手元を見て、ナルは少し眉を顰めた。
「———……。ぼーさん、これの意味はわかるか?」
「この子は吉見葉月ちゃんっていう女の子なんだけど」
携帯をぼーさんに渡したナルに続いて、さんはそれを咎めずに情報を付け足した。綾子とあたしも覗き込んじゃったけど、小さな女の子の後ろ姿で、服を半分脱がせた背中には、爛れたような痕があり、文字が書いてあった。首の周りには一周括ったような痕もついていて酷く痛々しい。
「喘月院落獄童女———……こりゃあ戒名だ」
「戒名……って、死んだ人につける名前でしょう!?」
「ああ」
この馬鹿な子供は地獄に落ちるだろう、という意味だとぼーさんが解説したのを聞いてあたしはぞっとする。
「俺は急に仕事休めるわけじゃないから、できれば先行って様子見ておいてほしかったりもするんだよね」
さんは深刻な空気を取り繕うように説明してからそう付け加え、あたしたちは次の日から依頼人の吉見さんちに行くことになった。

千葉の安原さんの学校に行くよりも、長野の美山邸よりも更に遠いところへあたしたちはやってきた。さんが説明した時に一緒にいたぼーさんと綾子も一緒に。

「デイヴィス先生からうかがってます、ようこそお越し下さいました」
さんからの連絡はあったようで依頼人の代理としてやってきていた彰文さんという青年があたしたちを出迎え、依頼人であるおばあさん、吉見やえさんの元へ案内してくれた。
あらかた話は聞いていたけれど、前に起きたときは霊能者の人達も三人亡くなっているっていうのは初耳だった。あたしはどっちにしろみそっかすだけど、それでもやっぱり少し怖い。だからって吉見さんちの人を放って帰るなんてこと絶対にしたくないけど。
———先生から何か注意事項は聞いてますか?」
機材を置くベースの準備をしていた時、ナルは彰文さんに話を聞く。
「ことを荒立たせないように、と……その、どういうことだか分からないですが」
渋谷兄弟はそのことを聞いて顔を見合わせたけれど、さんの言いたいことはわからないようだった。
「ことを荒立たせないようにって、どういうことかな?」
「さーなあ。もう何か予知してるってことなのかもしんねーけど」
「それならあたしたちに教えておくべきじゃない?」
「教えて良いことと悪いことでもあんじゃねーの」
こそこそ話しているとナルに仕事しろって怒られたのであたしたちは仕事に戻った。

その日の夜中、霊に憑依されて暴れた栄次郎さんを縛り上げてあたしたちは相談する。っていっても、あたしが相談することはないんだけど。
憑依霊を落とすのはジョンが上手でいつも頼んでいるけどここにはいない。ちなみに、綾子とかぼーさんはそんなに得意じゃないみたい。
「いちおうやってみますか?」
「……いいけど。とりあえず落とすだけなら出来ると思う」
「やめておいた方が良いと思います」
口を挟んだのは、珍しい人だった。
「どういう意味だ、リン」
「———がことを荒立たせないようにと言っていたのは、このことかと」
から聞いてた?」
「いいえ、詳しくは」
皆の視線はリンさんに集まる。
「あー、なんだ?じゃあ俺達は先生が来るまで何もしない方が良いってのか?」
が来たからといって憑依霊は落ちませんが、むやみに手を出さない方が身のためではあります」
皆不満そうな顔をした。
リンさんはさんから特になにも聞いてないというけれど、何かわかってるような雰囲気なんだもん。

「リンとは同じ院に通ってたから」
「へえ〜」
皆の疑心を読み取ったのか、後に渋谷さんはそうこぼした。
あたしはもちろん、ぼーさんやジョンもさんの詳しい経歴までは覚えてないみたいだった。リンさんの事も同時に知れると思ったのでちょっと残念。でも、さんはイギリス人だからリンさんもそっちの大学院だよね。
「じゃあ仲が良いってこと?」
「うん、すごく」
まさか仲が良いなんてことはって思いながら聞いたのに、渋谷さんには神妙な顔で肯定された。え、リンさんと仲が良いって、なんかビミョー、想像つかない。
「森さんみたいに?」
「もっとだよ」
リンさんが笑いかけてる所を唯一見たのは森さんだけ。さんとは既知の仲ってのは見てわかったけど、もっと仲が良いとは思わなかった。
「同年代だし、わからないこともないけど、すごくって言う程?あのリンが?」
皆も、あのリンさんとすごく仲良い人が居るってことでちょっと表情がぎこちない。
渋谷さんは綾子の問いに小さく頷いて笑う。
は人懐っこい、らしいから」
「らしい?」
「僕らは歳が離れてるからあんまり分からないんだ。まあ僕からみても、は屈託なく人に接する人だと思うけど」
渋谷さんは困ったような、寂しそうな笑顔を浮かべた。


next.

双子はリンさんと主人公が仲が良いのすらちょっと驚きだったし、やっぱりそういうところで、自分たちは兄の事をあまり知らないんだなあと思ってしまう『差』を作るのが大好きマンな私です。
実際主人公は人懐っこいところをジーンにも見せてる筈なんですけど、当人はあまりそう感じてないというか、大人ならではのコミュニケーション程度にしか思ってない。多分これは歳の差がある所為。
May 2016

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