Ray. 10
二日遅れで吉見家に行くと、既にジョンと真砂子も来ていた。ナルとジーンは定期的に連絡を取ってたので無事なことはわかっていたし、自殺未遂の騒動があって靖高さんが入院中ということ以外は家族に欠員はなし。「遅い」
「すいません」
家に行くなり、よく来てくださりましたと言ってくれた彰文さんややえさんとはちがい、顔を見るなり厳しい口調で言う弟に俺はついつい謝る。ナルの隣に居たジーンがぷっと笑い、リンはこころなしやれやれだぜって顔をしている。
俺だって次の日には行ける筈だったんだけど仕事が終わらなかったの……!
東京から石川まで車でくるのはキツかったし。
どへえと座り込むと、ナルは素知らぬ顔で細かい報告をしてきた。
ジーンの見立てではおこぶ様の祠は霊場の気配がすること、複数の人物に霊が憑いているっぽいこと、麻衣ちゃんが子供に九字を切って火傷をさせちゃったこと。
同胞の裏切りにあって生きたまま首を落とされる、などと供述しており……。ええと、そうか、そんなこともあったのか。
むむんと腕を組んでどうしようかと考える。ナルとジーンは俺の依頼を受けたっていう体でいるので、支持を仰ぐように考え込む俺を見ていた。その視線を感じつつちらっとリンの方を見ると、ちょうどリンも俺を見た所みたいで視線が合う。
「どうしよ」
俺はへらっと笑いながらリンに問うけど、リンは思うままにと頷くだけで、更にくにゃっと顔が曲がる。
一人で行くのは危険だってリンが言うから相談したし連れて来てみたけど、そこ任せてきちゃう?
「とりあえずやっとく?」
「良いんじゃないですか?」
足を崩しながら、おどけたように息を上に吐いて前髪を持ち上げる。
リンにはこれだけで、とりあえずは綾子に任せちゃおうということは伝わったみたいだけど、双子は訝しげにこっちを見ていたので、おふざけモードは一瞬で成りを潜めた。
「じゃ、あや……松崎さんに力を借りようかな」
「松崎さんを?」
真面目に話を戻すと、ジーンは少し驚いたように首を傾げる。
「ここは神社があるだろ、松崎さんが応急処置をしてくれると思うんだけど」
「……たしかあったな、敷地内に」
「家系図やら時代のことなんかは調べられたんだっけ」
「ああ、ひととおり」
あらかじめ土地柄がちょっと関わってくる事を伝えたので、安原さんを臨時で雇っているらしい。
テーブルの上にどっさり置いてある資料をちょこっと眺めて、未だ俺をじっと見てるナルとジーンを見返す。
「───どう思った?」
「おこぶ様だろう」
俺の問いかけに、ナルは即答した。さすが有能!俺なんて未だにこの資料見ても想像つかない。たぶん。知ってるから知ってるだけで。
小さく頷いて、ぱさりと紙の束を落とす。
「あと一日来るのが遅いようなら、こっちで勝手にやるところだった」
「分かってたならやってもよかったけど」
「事を荒立てないようにと言ったのは誰だったっけ?」
「……ええと、ごめんね?」
不機嫌なナルの頭をなでなですると、ものすっごく嫌そうな顔をして身体を引いて行く。
ジーンはその横で笑いながらナルの様子を見ていた。
───なんか俺、来なくても良かったんじゃね?
煙草の煙とともに吐き出すと、隣に居たリンが肩をすくめた。
今は綾子にとりあえずの浄霊をして貰ってる所。麻衣ちゃんが既にブレーキオイルのことは子供に憑いてた霊から聞き出してるので大丈夫だし、ナルとジーンが居ることで和泰さんと奈央さんは無事。そのナルがいるのはリンが止めてくれたお陰ってこともあるわけで、……俺やっぱり要らなかったな。
依頼をこっちに回されちゃったので、俺がいなきゃ始まらなかったんだろうけど。
「この後どうすっかな」
「この後とは?」
「学校の件。麻衣ちゃんにお願いするわけにもいかないから、やっぱりジーン?」
「───ああ」
リンにちょろっと相談すると、少しだけ遠い目をする。
「一番手っ取り早いのはジーンだけ俺の車に乗せて寄って帰る感じ」
「そうですね」
返事をききながら、携帯灰皿に軽く煙草をぶつけて灰を落とす。
「ナル、来ると思う?」
「どうでしょう、興味は無さそうですが。データも取れませんし」
「だよねえ」
まあ、どっちでもいいけどさ。
「あ、リンはどっちがいい?」
そうだと思って俺は顔を見る。
「私は良いです。ジーンが居るなら危ないこともないでしょう」
「あらら、心配してくれてた?」
「───美山邸に一人で来た時は驚きました」
「一人じゃないもーん。それにアラサーだから真っ先にってこともないかと……」
「ご自分が一度攫われたのをお忘れでしたか」
あ、ちょっと馬鹿にされてる?
でもそうだね、俺はあの時リンとナルと一緒に居たのに攫われたもんね。
こほっと咳払いをして誤摩化すと、俺達の居る庭に話し声が届く。どうやら綾子達が浄霊を終えて帰って来たらしい。そっちに目をやると、巫女服のお姉さんが先頭を歩いて来たのが見えた。
「おかえり」
短くなった煙草を指先に引っ掛けたまま、帰って来た皆を迎える。
「あら、外に居たの」
「お出迎えしようと思ってね」
あと一服したかったから、というのは内緒にしとく。
「どうだった?」
「使役されてた霊は居ないと思いますわ」
「でも、相手が神様でしょ?引き戻そうと思えば出来るんじゃないかしら」
真砂子と綾子は俺の問いに答えた。
「うんだから、早くお祀りしないといけないね。手配はするようにいっといたから明日には出来るんじゃないかな」
「はー……ってことは、これでおしまい?」
「おしまい」
ぼーさんが拍子抜けした顔をするので、景気良くぱんぱんと手を叩く。そして所長のナルをちらっと見た。
「麻衣、撤収準備を」
「ハァイ」
ナルはため息を吐いてからそう指示をだして、麻衣ちゃんは特に思う事も無さそうに口を開いた。
前もこんな感じだったし、おこぶ様のホンキってやつは俺しか知らないのであっさりと撤収にとりかかる。
どやどや片付けをしているのをほえー懐かしいーと思いながら眺めつつ、暇だったのでちょっとだけ荷物運びは手伝った。
「え、さんにまで荷物運びさせてんの!?」
「よくやるわ、ナル坊も」
麻衣ちゃんがぎょっとしていたけど、俺はにこにこ笑いながら大丈夫と答える。
ぼーさんは『デイヴィス先生』に手伝わせるナルにちょっと呆れた顔をしている。いいのいいの、俺は数学のデイヴィス先生なだけで、デイヴィス博士より地位は低いの。
「こんな大量の荷物、よく積み降ろしするねえ」
大分昔は俺も手伝ってたけど、久々にやると結構大変だ。
「さんはあんまりやらないんですか?」
「うん、俺ゴーストハンターじゃないから」
安原さんと一緒に荷物をぱっぱと詰め込みながらもそもそ会話をする。
「たしかに、数学者さんですもんね」
「学者……うーん、ただの大学の先生だよ」
「そういえばお父さんも大学の先生なんですよね、同じく数学なんですか?」
「ううん、法学とパラサイコロジー」
「やっぱり渋谷さんのお父さんも?」
「うん、父さんが一緒で」
コードをわっかにぐるぐるする。
あれ、これってナルか俺の身辺調査?
このころには大分、ナルの正体がバレつつあった筈だけど、やっぱり気功とか使ってないし。あ、でも麻衣ちゃんとマンホール落ちた時にやむを得ず使ってぶっ倒れて入院してたっけ……。
「───おしえてあげようか」
隣あってしゃがんでいたので、顔を寄せながら安原さんの瞳を覗き込む。
「なにをです?」
「知りたいこと」
どうせバレるんだろうし、と思って楽しくなりながら答えると、安原さんは一瞬だけきょとんとしてから苦笑した。
「今は遠慮しておきます」
「ざんねん……オフィスに遊びに行く理由が出来ると思ったのに」
「あはは、さんなら理由がなくとも大歓迎だと思いますけど」
「え〜?カァくんに睨まれちゃうよお」
斜め後ろでその辺だけ聞いていたらしいぼーさんが膝をついて踞り始めた。
ひくひくしながら「カァくん……っ」と漏らしているので、どうやら俺のふざけた呼び方がお気に召したらしい。
next.
ナルとジーンの正体は、主人公が歴とした外人さん(?)で似てないってこともあって、ちょっと疑わしいですよね。それはまあ触れないでおこうと思います。聞き込みがんばれ名探偵ヤスハラ。
オフィスに遊びに行く理由は、正体バラしてお兄ちゃん顔して堂々と行くことが出来るってことです。
主人公は勝手に安原さんやぼーさんに親近感を抱いてる(まま)なので、割と素でふざけます。
May 2016