I am.


Ray. 11

リンから見たは絵に描いたような好青年だった。
それは谷山であったときからもそうだし、・デイヴィスである今も変わらない。

第一印象は、怪我をさせられた上に元々嫌いな人種だった為に最悪で、仕事仲間となってもなるべく関わりたくはない人だった。しかし怪我のことは勿論一度謝られ、わざとではないと分かっていたためにしばらくすれば苛立ちも風化してゆく。人種に対する生理的嫌悪感は簡単には拭えないが、これもまた一緒に過ごして行くと個人として見てしまうようになり嫌いになれないのが本音だった。

出会ってから四回目の春、彼は大学に入学することになった。
明日は入学式だから早めに出勤ができる、と言って帰って行った筈だった。その次の日、リンは目が覚めたらイギリスのケンブリッジにある自室にいたので困惑した。
記憶と相違ない環境だった為、日常生活に支障はなかった。半信半疑になりながらそのときの年月日とスケジュール帳を照らし合わせて予定を遂行し、数日程『過去』の日々を送る。
一週間程経つといまの方が現実味を帯びてきた。とうとう自分の意識が過去に戻されてしまった事を認め始めた頃、に再会した。
記憶の中の彼は多少色素は薄くとも日本人の範囲内で、今のは少し印象が違うのだが、年齢や顔の作りは最後に見たときとあまり変わっていなかった為にリンは気づけた。
思わず声を掛けてしまってから後悔したが、以前とは違う紫の瞳を見開いたをみて、自分と同じ経験をしていることは分かった。

歳の離れた仕事仲間であったは、同級生の友人に様変わりした。この歳にこの環境で『同級生』というくくりは全く重要ではないのだが、聞いてみれば本当に同い年だったのだ。
急に縮まった年齢差に違和感を感じたが、それでも態度は変わる事無くに接したし、ももともときっちり畏まっていたわけではないので問題ない。
呼び捨てにするようになったり、より一層仲が深まっていたと気づいたのは、ナルとジーンがとさほど仲良くないことに気づいてからだ。
彼ら兄弟の関係は、悪いわけでもないが、良いわけでもない。そんな微妙な距離感に、リンはひっそりと胸を痛める。
ナルとはかつて、謎の信頼関係で結ばれていた。は未来の記憶を有していた所為なのかナルをほとんど無条件で信じていたし、ナルはとの関係を好んでいたはず。これはリンの勝手な印象だが。
ジーンとならばきっと良い関係を築くであろうし、幼い頃から接していればナルとはより深く関わっているだろうと、普通なら想像する。しかしは、兄として関わる事はほとんど出来なかったようだった。
「リンって、と仲良いんだね」
博士課程を終えたからの電話のあと、ジーンにいわれてリンは少し考え込む。
確かに付き合いは長く、自分からすれば今の所周囲に居る人間では一番仲が良いと判断できる。しかし基本的にリンや周囲からすると『友人の多い』の友人の一人なのである。人とつるまないリンにさえが近づいて行く、そんな印象を抱かれる事が多いし、リン自身もにとって自分が一番親しい友だと断言はできない。
「彼は誰とでも仲が良いですよ」
「そうなんだ」
ジーンは少しだけ意外そうな顔をするが、リンにはその表情の意味が分からない。
と双子は今まで接する機会が少なかったとはいえ、普段の様子くらいは知っているだろう。家族にも友人にも分け隔てなく朗らかで、懐っこく接している筈だ。
って友達がいっぱい居るタイプなんだ」
リンは少し首を傾げる。
正直、の友人の多さを把握するのは難しいことだろう。普段傍に居ないのだから。
けれどの様子を見ていればなんとなく想像がつく筈なのだ。
は僕たちの前ではあまりはしゃがないから」
今まで黙っていたナルは補足するように呟いた。
電話の向こうの、のはしゃいだ声を聞いて彼らは驚いたのだろう。だからこの話題になったのだとリンは理解した。
つまり、は双子の前では年相応の落ち着きを持って、節度ある態度をとっているということだ。
変な鼻歌を歌いながら廊下を闊歩したり、話しかける時に体当たりをしてきたり、売店でおまけしてもらったガムひとつではしゃいで報告してきたり———そんなことを、弟の前ではしないのだろう。

結局、双子とが一緒に居る所を実際に見かける事は無く、彼は日本へ行ってしまった。数年後にフィールドワーク研究室の日本支部を設立し、ようやく時折三人で居る所を見るようになり、ゆっくりとリンは理解した。
は、弟の前でも時にはへらりと笑うし、冗談も言うし、半ば嫌がらせでハグさえもする。しかし、リンや過去の知人たちの前で見せていた子供みたいに無邪気で、ふにゃふにゃした言動は見せなかった。しいていうなら、仕事中と似ている。
特に双子の前での笑みは殆ど、大人びていて、それで柔らかい、おちついた印象を抱く微笑みだ。
だからジーンもナルも、あの日の受話器の向こうの興奮したの声に驚いたのだろう。

「なんか俺、来なくても良かったんじゃね?」
煙を吐き出しながら呟いたは、少し眉を顰めていた。本人曰く、ビミョーな顔らしく、ふざけているわけではないのだが、ふてくされた子供みたいに露骨な表情だ。
煙を吐いただけでは、溜め息がつきたりないのか、唇を突き出して息を上に吐き出し、前髪を浮かせて遊ぶ。
まったくもって、成長していない。
大人になったからこういうことをしない、というのではなく、リンもナルもジーンも、子供のときだってこんな事はしないので結局の人柄と癖だが。
この後どうすっかな、と呟いたにリンは尋ねる。そういえば、帰り道は『谷山麻衣』が霊を浄化することになっているのだ。リンも深くは分からず、とりあえずの行動に任せる事にはしている。けれどだからといって必ず一人で行かないようにと叱ったのだ。
今回もナルに依頼を持って来た形を取っていたが、本当はリンに相談と報告のつもりで来たのだろう。

は結局ジーンが居れば事足りるだろうから、自分の車に乗せて帰るかと意向を固めつつある。
そんな話をしているところに、綾子やジーンたちがぞろぞろと帰ってくるのが見え、リンとは二人揃ってそちらを向く。の表情は見えなかったが、手を腰に当ててラフに立っていたのをさりげなく整えて、優しい声色を発した。なんだ、その落ち着き様は、と言いそうになるくらいだった。そっと様子を窺うと、声と同様落ち着いた表情をしている。
他の面々が———特にナルとジーンが———来たから、態度を変えたのだ。おそらくは無意識に。

ナルからの解散指示がでて、皆がぞろぞろと中へ戻って行くのを、リンとは二人で見送り最後について行こうとする。
とうぜん屋内にもどる為は靴底で煙草の火を消し、携帯灰皿に吸い殻をぽとりと落とした。ふいに振り向いたジーンはそれを見ていて、リンとが二人で歩み出すまで足を止めて待っていた。
「どした」
「ううん」
携帯灰皿をしまったは顔を上げ、ジーンの視線に気がつき首を傾げたが、答えはない。
撤収作業はいつの間にかも手伝っていたが、リンはあまり違和感を感じなかった。だということを知っているから、手伝っている光景にも納得してしまう。
様子見の為に一泊したが、とくに事件は起きる事なく次の日にはおこぶ様が祀られ、吉見家からは深く頭を下げられて見送られる事になった。
は依頼を受けた責任者という立ち位置にいるので、吉見家の人達に応対している。
普段の依頼ならばナルやジーンがその対応をしているのだが、今回ばかりは彼らも会釈のみで車が停めてある方へと歩きだそうとした。
「あ、はいこれ」
はそれに気がつき、ポケットから出した車のキーをジーンに渡した。
先に車に乗っているように言外に匂わす。
「え……?」
まさか車を開けるためだけに渡された訳ではないと分かるのだろう、ジーンは戸惑ってキーとの顔を見比べる。
「あれ?渋谷さんはさんの車で帰るの?……でも、そっか、車ぎゅうぎゅうだもんね」
麻衣はあっさりとの思惑を補足してみせ、はひとつ頷く。
最後に二言三言、吉見家の人々と言葉を交わす為に背を向けてしまったので、リン達はその場を遠ざかるしかない。
「ナルはのらねえの?」
「双子が同じ車に乗らなきゃ行けない法律でも?」
「そうじゃねえけど」
滝川はふいに、ジーンとナルを見比べて、の方を指さしつつ問う。
もちろん、ジーンを乗せるからといってナルを乗せなければならない理由もない。
「ナルも乗って帰ろうよ、の車も五人乗りだし」
「僕はお呼びではないらしいので」
顔をそらしてリンの車の方へ歩くナルは、何故だかとても拗ねているようにも見えた。
実のところ本当にナルのことはお呼びではないと、悪い意味ではなくともそう判断したを知っているリンは、ほんの少しだけ胸を痛めたのだった。


next.

リンさんが文中で二回胸を痛めています。
弟がお兄ちゃんに対して良い子ぶってるのと同時に、お兄ちゃんは弟の前でかっこつけてる(というか、はしゃがない)と面白いなって。ほら、家族の前ではそんなにはっちゃけないタイプ。
ナルは別に心からお兄ちゃんの車に乗りたいとは思っていないですし、もしジーンがリンさんの車に乗るなら自分があっちに乗せてもらいたいくらいには思ってたかもしれない。なんか静かそうだから。そしてジーンがリンさんの車乗らないならリンさんの車で全然良い。
June 2016

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