I am.


Remember. I_02

俺には前世の記憶というものがある。
だけど、かつて俺が勤めていた学校は実在せず、死因となった交通事故の記録もなければ、俺が生きていた形跡は一切無かった。
じゃあ今俺の身にある、俺が生を受けてからこれまで経験してきたもの"以外"の記憶はなんだ?
その謎を、深く考えたことは今までなかった。ただ、唐突にその違和感が浮き彫りになったのは───渋谷さんとリンさんに出会い、ゴーストハントという職業を聞いたこの瞬間からだ。
その仕事は実在するものではあっただろう。だけど、『ゴーストハント』とは俺の中では架空の話であり、この世には架空の話としてすら存在していなかった筈だった。それなのに、今目の前に『その人』が実在するっていうのは、……つまり、俺は物語の中の世界っていうのに生まれたってことになる。

しかも、苗字や立ち位置からして、俺はヒロインなわけだ……。

「ま、まさかぁ……」
「なに?」
ゴーストハントを生業としていて渋谷さんはその所長だって聞いて、かる~く宇宙をみていた俺は蚊の鳴くような声で嘆いた。
「いやあ、……そんな職業あるんだなって思って」
とりあえず俺は現実見て、目の前の仕事に取りかかる事にした。
渋谷さんもといナルのナルシスト発言やら、ちょっとばかり質問した俺に対してため息つきで説明する態度やら、使えるものはとことん使う鬼っぷりやらを身を以て味わい、その日は開放された。


次の日は朝から女子になんでナルに呼ばれたのかって質問攻めにあって、旧校舎の調査に来てる心霊現象の専門家だよって教えたら黒田さんにも食いつかれた。口がね、滑ったと言いますか……。
そのせいで放課後、俺とナル、霊能者の綾子とぼーさんのいるところに黒田さんがやってきてしまった。
彼女の霊感発言から始まった綾子の厳しい指摘、そしてぼーさんとナルのどこか冷たい態度を口を挟まず見守る。結局黒田さんは不穏な言葉を残して去っていき、その場には決して良いとは言えない雰囲気だけが残った。
まあこうなるとは思っていたんだが、実際に目の当たりにすると居心地が悪い、というわけで。
空気を払拭するように、パンパンと手を叩いて気を散らした。
「あー、仕事しよ、仕事。ねえナル」
「……、今の」
「あ」
やべ、ポロッと渾名を出してしまった。いかん。
「───それ、どこで聞いた?」
「え。……ナルシストの、ナル」
正確には前世?って言いたい所なんだけど、目をそらしてぽそっと答える。本人にナルシストって言うのって気が引ける。
とはいえナルは俺の悪口みたいな言い訳を怒らず、深いため息をついてから仕事の指示をくれた。
それ以降、麻衣ちゃんと同じように俺も呼び捨てにされることになった。


ジョンと真砂子も加わると、もう目をそらせないレベルで、ここ『ゴーストハント』です。
俺、何回遠い目したんだろう。そんな俺の耳に、綾子の叫び声が届いたのはすぐだった。俺はナルに「カメラはない部屋みたい」って報告してから皆と廊下に出る。真砂子は着物だからしずしずついて来た。どうせぼーさんがドア蹴破るだろうから俺手伝う事ないなって気づいて、俺もゆっくり歩いて向かう事にする。
「あなたは……こちらの生徒さんですのね」
「あ、うん。ナル───渋谷さんのとこのバイトとして手伝ってる」
「ナル?」
「ナルシストだから」
言ってしまったからには普及率上げていこう!とおすすめすると真砂子は小さく笑った。
そして俺たちがつく頃にはぼーさんは綾子を救出していて、ナルは調べものついでに中に入っている。
皆も検めるように周囲を見ているけど、だいたい部屋の全体を見ているから、ドアの足元を見ていたナルには気づいてない。
敷居に刺さってた釘を引っこ抜いてたナルを、俺だけは知っている。

「雉も鳴かずば撃たれまい、だね」

目が合っちゃったのでつい声をかけたけどナルはことわざの意味が分からないみたいで「雉、」と復唱した。
「余計な事いわなきゃよかったのにって」
「ああ」
納得したのか肯定したのかよくわかんない感じで頷かれた。


次の日も俺は元気にバイトなので、午前授業の後にベースにやってきた。なんと俺よりも先に黒田さんがいて、モニタの前に立っていた。ええ、うっそー。
「触った?」
「いいえ」
ツンっと返事をされた。いやこれ、ぜったい触ってるな?
曰く、黒田さんはここに来る途中で襲われたらしくて、ちょうどベースに戻って来たナルにそう報告した後、三人で黒田さんが入って来た時の映像を見た。でも廊下を歩く部分とかは消されていたみたいだったので、何も記録はされていない。霊障と言われてしまえばそれまでなんだが。ナルは黒田さんに乗る事にして、霊の波長が黒田さんに合ってるのかもねっと言っていた。

その後行われることになった綾子の祈祷にはあんまり興味がなかったので、俺はモニターを監視する係に立候補した。
するとカメラは、綾子の祈祷後にドアのガラスが割れたと同時に、上の教室で椅子が動くのを捉えた。ポルターガイストともとれる地盤の歪み現象が起こっている証拠だ。
「おかえり~」
「何かあったか」
「椅子が動いてた」
俺がいかなーいって言ってた時もナルは俺に「よく見ておけ、居眠りするな」と言いつけて残したので、帰って来て早々俺に声をかけてくる。椅子が動いた時間をメモした紙を見ながら早戻しをかけ、椅子が動くシーンを皆に見せた。
これはポルターガイストや~!ってなってるんだけど、椅子に温度の変化がないってことでナルは半信半疑である。俺はそういう事情はしらんので黙ってると、ナルがちらっとこっちを見る。
「他には?」
「??地震はなかったみたいだよ?」
携帯を弄って情報を確認してみたけど、地震があったという速報は来てない。
すると綾子が呆れた顔を向ける。
「あんたね、……地震なわけないでしょ」
「だって俺霊能者じゃないし、霊がいないって意見もあるし」
真砂子をみると、こくりと頷かれた。ナルは中立を気取っているわけだが、俺は真砂子に一票。
でもポルターガイストの条件は満たしてるっていう話に戻っちゃったので、俺は話を挟む必要は無くなった。黒田さんが襲われたのはややこしくなるからだまっとこ、と思って口を噤んだのに黒田さんは自分から言っちゃって、ビデオをもう一度見直す流れになる。あーあー、とため息を吐いてる俺と同様に、ナルもふうと嫌そうに息を吐いていた。
黒田さんが綾子を閉じ込めるためにイタズラで敷居に釘さしてると疑っているので、襲われた発言もあんまり信じてないんだよな。

「もう一度中を見てきますわ」

真砂子は皆の視線を受けて、ショックをうけた感じでしずしずと教室を出て行こうとした。それでも気の強い女二人でここぞとばかりに責めるので、俺は真砂子が可哀相にみえてくる。
「……この校舎に霊はいませんわ」
「───俺も行こ」
廊下に消えた真砂子を追いかける為に俺も立つと、綾子がぴくりと眉を上げる。
「あら~、随分肩を持つのねぇ」
「巫女萌え趣味はないので」
「!?!?~~~あんたねえ!!!」
「あっはっはっは!残念だったなあ綾子」
ぼーさんの笑い声と綾子が怒った声を聞いて真砂子を追いかける。
途中で追いついた真砂子が手をついた壁が崩れたけど、咄嗟に俺がひっぱったので大事に至る事は無く、とりあえずこの校舎がメチャクチャ危険だってことは実感した。



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麻衣ちゃんになった認識は薄く、それなりに普通の男子高校生やってます。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正

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