I am.


Remember. I_05

夜遅く、礼美ちゃんが寝たあとに帰って来た典子さんは、香奈さんとともに壁にかかれた『わるいこにはばつをあたえる』という文字を見て俺を呼びに来た。ナル曰く、告げ口がバレたからだそうだ。
礼美ちゃんはきっとこれからますます狙われるようになるんだろう。
「───この家の所有者を遡ってみたが、八歳前後の子供が頻繁に命を落としている」
「なんだって?」
壁にかかれた字を礼美ちゃんに見せないよう掃除に取りかかる前に、ナルがそう言いだした。いつの間に調べてきたんだ。
ぼーさんもぎょっとして、その事実に驚愕していた。
特に礼美ちゃんが危ないって結論になったんだけど、だからって俺を護衛につけるのはどうかと思います……。

掃除中、気を逸らすように礼美ちゃんと典子さんと外遊びに興じる。
付き添ってお花を摘んでると礼美ちゃんは急に焦りだし、「手が抜けない!」って叫んだ。くさっぱらの中に手を突っ込んでいる状態で、俺はそのまま連れて行かれないように胴体に腕を回してつかまえて、礼美ちゃんの手にそっと自分の手を重ねる。
うーん、なんかおかしな感触は無いけど、こわい。
俺がしっかりつかんでいるからか、すぐに手は開放されたけど、礼美ちゃんには見えるミニーが現れたようで様子がおかしい。
「こっちにこないでえ!」と逃げ出そうとするので、このまま一人で逃がしたら危ないと判断して礼美ちゃんを抱え上げてだれか人のいるところへ避難することにした。


本格的に除霊に取り掛かるそうで、一旦ホテルに避難する礼美ちゃんは、見送りの場で子犬みたいな顔をして俺を見ている。
くんも行こう?」
……行きたい。天を仰いで顔を覆いながら声にならない声で答えた。行きたいよう。俺も行きたいよう。礼美ちゃんと安全な所に居たいよう。
護衛にはなれないけど、こっちで除霊だの浄霊だってできないぜ、俺。
あ、カメラの監視は出来るんだわ……居なきゃ。
「ごめんねえ」
色素の薄いふわふわの髪の毛を撫でてお別れした。
「さーて、行くか」
「ドナドナドーナードーナー」
「んな悲観すんなって、やるのは俺たちなんだから」
口ずさんだ歌だけで理解してくれたぼーさんは、俺の頭をわしわし掻き混ぜた。
ナルは「歌うな」の一言でした。

いざ除霊となった時、実行係のぼーさんは礼美ちゃんの部屋から戦場が居間に変わったことにてんやわんやだ。
おまけに何かに纏わりつかれているみたいで苦戦している。
「あ、なんか……いる……」
「!?ぼーさん、後ろだ!」
俺はモニタ越しに見える、揺らめいた黒い何かを指さした。だけどぼーさんにはどうやら見えないらしい。
結果、戦略的撤退という結末に終わったんだけど、居間の床が突如割れて井戸の跡が出て来た。真砂子に見てもらったら女の霊がいて子供達を母親のふりして呼んでいるっていう。「富子」という女の娘を呼び続けているそうだ。
ナルはなるほど、と納得するように頷きベースに戻る。そして調べものの書類を漁りながら、この家が建つ前にあった家に関する情報にまで遡って『大島ひろ』という女の正体を突き止めた。
そんな、半日寝かせた生地がこちらです、みたいな用意の良さよ……。

井戸に引きずり込まれることにはならなかったのは良かったんだけど、俺は除霊中ベースでリンさんと待機するって宣言する前に真砂子について来てって頼まれたので遠い目をしながら居間に来ちゃった。
ナルの責めるような視線が痛いです。俺、きたくて来たんじゃないし!!

除霊されると思っていた真砂子は、なんとか説得したいっていうんで俺にしがみつきながら女の霊、大島ひろに声をかけた。だけどこれっぽっちも響いた様子はなく、虚しい結果に終わる。
ナルが一歩踏み出すと真砂子は除霊を恐れて声を上げた。だけど、俺は大丈夫だと思ったから真砂子の肩を安心させるように優しく抱いた。
「大丈夫、ナルはそんなことしない」
「え……?」
俺が小さな声で囁くと同時に、ナルはヒトガタ投げるところだった。



「ほんとうに、ありがとうございました」
典子さんと礼美ちゃんがホテルから家に帰って来て、晴れやかな夏の日が戻って来た。ミンミン鳴く蝉さえも気味が悪かったのに、今は少しもそんなことがない。
「兄も……できるだけ早く帰って来てくれるそうです」
「ホント?よかったです、女性だけだと心細いですもんね」
「ええ……あの、ほんとうにもう大丈夫でしょうか」
ちょっと心配そうにしてる典子さんにも、ナルはもう大丈夫だし何だったら引っ越せばって答えてる。いやそんな簡単な話じゃないけどな。
くんまた来てくれる?」
「ん、礼美ちゃんが呼んでくれたら飛んでくるよ」
「ほんと?」
しおしおと別れを惜しんでくれている礼美ちゃんに、目線を合わせてしゃがんだ。
俺がまた会えると伝えれば、ぱあっと花が咲いたように喜ぶ。
典子さんは足元にいる俺たちのやり取りに気づき、うふふって笑った。
「礼美ったら、すっかりくんに懐いちゃって。お兄ちゃんが出来て嬉しいのね」
「あはは、俺も妹が出来て嬉しい~」
元々懐っこい子だったとは聞いていたが、このくらいの歳の差の人と過ごすのは初めてだったんだろう。特に俺は身の安全を考慮してほとんど毎日顔を合わせていたわけだし。
わははーと笑っていた俺の手を、しっとりとした小さな手がきゅっと握った。かわい……。
「あのね、礼美……およめさんがいいの」
え、と硬直したのは俺だけではなく、ナルや典子さん、そして少し離れたところで見送りを受けて見守っていたみんなである。
待って、みんなもうちょいフォローしてくれんか?しん……としてしまったじゃないか。
「ありがと!こんな素敵なお嫁さんがもらえたら嬉しいなあ」
ナデナデ、と頭を撫でて笑いかける。礼美ちゃんもニコニコ喜んでくれたので、ヘンな空気にはならんで済んだ。
「───そろそろ、帰ります」
「あ、はい!本当にありがとうございました!」
ふいにナルがしゃがんでる俺の首に手をかけて服をひっぱるので、それを合図にして立ち上がる。でもそれ、首苦しいから……犬じゃないから……。
姪と俺の急展開に言葉が出なくなっていたらしい典子さんも我に返り、俺に目くばせしてから深々と頭を下げた。
そしてばいばいと手を大きく振って別れ、ニマニマしているみんなのもとに戻る。
「まいったね、初恋泥棒だったりして」
えへっと笑って見せたけれど、ナルは一切合切無視でした……。



next.

今回は麻衣の存在を皆に覚えてて欲しいとか、いつか自分は皆の前から消えようとか考えてないので、ナルって呼びかけてるのもその差だと思ってもらえたら。
公園のお姉さんはカットします。
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