Remember. I_07
安原さんがやってきた。あたらしいなかまだ!!いや、まだ事件の依頼人側なわけだけどさ。つまりまあ、緑陵高校の調査が始まった。この辺からどんどん危険度とか恐怖度が上がるんだ……。
前回頭を切って一日と言えど入院までしたので、今回はなるべく人と行動しようと思ってる。俺お利口さんになる。
まあ、それを忘れて、仕事を頼まれたからって何故一人で行ってしまったのか、永遠の俺の課題だ。
「……、───!」
「ナ、ル……?」
ぺちぺち頬を叩かれて、ひんやりした床で目を覚ました。
ちょっと心霊現象に巻きこまれてホルマリンのガス吸っちゃって、倒れていたみたいだ。
「立てるか?」
「ん」
ほぼ引き摺られながら廊下に出ると、少し空気がすっとしていて気が楽になる。
「むかえにきてくれたのかあ……」
「ああ」
さすがに危ないと思い直したのか、戻るのが遅かったのか、ナルとリンさんが迎えに来てくれたらしい。
俺はリンさんに負んぶしてもらって、保健室に向かう。リンさんの背中は、当たり前だけど床よりあったかかった。
ベッドに寝かされてうとうとしていたら、皆が心配そうに声をかけてくるのが聞こえて、集まってくれたのかとほっとする。ちなみにリンさんはまた見張りにベースに戻ったそうだ。
「ケガがないなら問題はないな。それぞれ作業に戻って───」
ナルが俺を見下ろして言うけど、俺は皆を行かせちゃ行けないことは分かってる。
夢を見ないから具体的に皆の様子は知れないし、どこの教室が危ないのかは分かってない。ただし、保健室が危ないのは知ってる。
だってこの後床と天井落ちてくるんだもん。───ああ、俺に霊感があれば、もう少し具体的に何か言えたかもしれないけど。
「いかないで」
とにかくコレしか言えない。ナルの裾を掴んだら、動きを止めて俺の顔を覗き込んで来る。
「……危ない」
「?」
頭ガンガンするけど、無理矢理起きる。ふらふらしたのをナルが咄嗟に支えてくれたから、がしっと掴まってベッドから足を降ろす。
「こ~ら、まだ安静にしてなさい」
「保健室もだめだ……」
引き止めようとする綾子に答えようとした時、ぐらっと地面が揺れた。それは俺が揺れたんじゃなくて、保健室が揺れてるのだ。
「おちる、かも」
うへへ、やべえ、どうしようって顔しながらナルに伝えると、ナルはすぐ保健室から出るように指示を出した。
ぼーさんとジョンは傍に居た真砂子と安原さんを逃がし、綾子とナルは俺の傍に居たから俺を気にかけている。俺はなんとかナルに掴まりながらベッドから降りて、綾子が部屋を出た所で身体がべちんと地面に叩き付けられた。ナル、ごめん巻き込んで。
上から見下ろして手を伸ばしてる綾子が目に入って、咄嗟に「戻れ!」って叫んだ瞬間に天井が落ちて来た。
ナルが庇ってくれたのと、天井はそんなに強度のある材料使ってないので多分大丈夫。
「傷口開いてねーな?」
「大丈夫だって」
「傷?どうしたんです?」
ベースに戻って手当をしている俺の頭をぼーさんがチェックする。
もー、猿の毛繕いじゃないんだからー。
「前の調査で、さんはマンホールの中に落っこちしもて、頭切ってはるんです」
「しかも、梯子壊れてるのに自力で上がって来たから悪化して」
綾子は未だに、俺の愚かな行動で心配したことを根に持ってるので余計な事まで言う。
「わ~、そういうときは動かず、助けを呼ばなきゃですよ、谷山さん」
「へーい」
安原さんが心配そうにしつつ爽やかに重たくない感じで流してくれた。
「原さん、今校舎内で感じるものは?」
「……四つですわ。どれも、とても強い……」
「喰い合ってるんだったか」
ぼーさんが首をかく。
俺は良い話の流れになってたので静かに安堵した。四つになってることすら、俺には分からないから言いようがなかったけど、良かった。
「この後も続くんですやろか……そしたら」
「強くなって、悪化する。さっきの保健室のヤツも、その証拠だな」
「すると、最後は最も強いものがひとつ、残るというわけか。───これは、霊を使った蟲毒だ」
会話の中で、ナルはその有能な頭でたどり着く。
「もしだれかが意図的にやっていることだとしたら残った蟲は呪詛の道具として使われる」
神妙な顔つきのナルの説明に、皆言葉少なく聞き入った。
知ってた俺ですら、目の当たりにすると事態の深刻さは段違いに感じる。
「だが偶然に、たまたま学校が霊的に閉ざされた場所だったためにおこったことだとしたら、何がおこるかわからない」
「……なあ、最強の霊が残ったらそれがとりついた学校は食わせてやらなきゃならないんじゃないのか?その……定期的に人間一人を」
「うえぇ……」
ぼーさんの『もしかして』に俺は、思わず場違いな声を上げた。
もしも呪詛であったならリンさんが始末をつけられるからギリギリまで調べてみる……という結論が出たけど、次の日の朝には職員会議で調査は中断を命じられた。さすがに危険をそのままにして出て行けるわけもなく、ナルは校長室に行き説明をすることになった。そして残った俺たちはなにか手がかりがないか調べる事に。───ただし、危険な場所には絶対に手を出さないと言いつけられて。
「うーんとりあえず事情を整理してみましょうか」
ぼーさんと綾子が口喧嘩をしてジョンがそれを宥めているのをよそに、安原さんがにっこり笑って場を取り仕切ってくれた。さすが安原さん!頼りになる!
だが結局、事情の整理っていっても、ただの伝言ゲームのようになって終わってしまった。
……オホン、と心の中で咳ばらいをひとつ。
「───ヲリキリ様って、関係ないのかなあ」
「え?」
俺の呟きに反応して、ぼーさんの胸ぐらを掴んでいた綾子がこっちを見た。
「変な紙だったし」
「そう?」
綾子は実際には紙を見ていないので興味深そうに首を傾げる。
「だって、鳥居じゃなくて違う模様?書かれてたし、鬼の字で囲ってあるんだよ?不吉じゃ~ん」
俺の言葉に、部屋の隅に居たリンさんが音を立てて立ち上がった。
「鬼……?どんな模様でしたか?」
「あー、えっと、安原さん、覚えてる?」
「え、僕も一度やっただけだからなあ」
「ヲリキリ様と言っていましたね、それは呪文から来ているのではありませんか?」
リンさんはすぐに合点がいったようで、安原さんに確認しつつ確信を得ていく。しばらくして、安原さんが実物の紙を探しに行って戻って来た。
そしてその紙をみたリンさんは「やはり……」と暗い顔で頷いた。
松山には散々嫌味をいわれたけれど、やっぱり死ぬと分かっていて放っておくことが出来ないってことで俺は後はナルに任せる事にした。みんなも割り切ってるので、呪詛を生徒達に返すということになっても、誰も反論しなかった。本当だったら麻衣ちゃんが生徒を思って怒る所なんだけど、ナルが生徒を傷つけない方法をとるって知ってるから食いつく気も起きなかった。
体育館に散らばったヒトガタを確認して、傷がついてないヒトガタの生徒には連絡をとってヲリキリ様をやった事があるかないかを確認して、その作業が終わった頃には昼になっていた。残す所は撤収作業だけとなるが、まず全員が無事だった事をナルに伝える為に姿を探す。
「ナル、全員怪我とかなかったよ」
「そうか」
校庭に佇むアンニュイな背中を追いかけて行くと、ゆっくり振り向いてこっちに歩いて来た。
「落ち込んでいるのか」
「へ?」
ベースに戻る為に階段をのぼっていると、ナルがふいにこぼした。俺の話だよね?ナルはあんまり関係ない事言わないし。
「落ち込んでるように見える?」
「あまり」
「じゃあ何で聞いた……いや落ち込んでないわけでもなくない?大変なことを目の当たりにしたし、一歩間違えたら死人が出てたわけだから───ああ、でも坂内くんは」
言いかけて、言葉を止める。坂内くんにさほど思い入れが無い。
純粋に同情はするけど。俺は、丸く縁取られた顔写真でしか、彼を知らない。
「真砂子みたいに坂内くんの姿を見ていたなら、うんと辛かったのかもしれないね」
最後の一段を登って振り向くと、ナルと目が合う。
「死んだ人に会うって、辛い事なんだろう」
麻衣ちゃんはさぞ辛い思いをしたんだろう。坂内くんが食われたって真砂子も泣いていたし、麻衣ちゃんもそれを見てショックを受けていた。あとやっぱりジーンのことかな。好きになってしまっていたみたいだから余計に辛かった筈。それが死んでいる人なら尚更だ。俺は麻衣ちゃんのように色々な事を見られないから、目の前に居て確かに触れられる人のことしか考えなくて済んだ。
目をそらして遠くを見た俺に、ナルは何も言わなかった。
next.
坂内くんにもジーンにも会ってないので、実感がない。人並み。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正