Remember. I_08
春休みが終わって二年生になった。俺は変わらずSPRでバイトをしている。のどかな平日の午後に依頼人が来ることは滅多にない───というかそもそも依頼人がさほど来ない。
だから予期せずドアが開いたのは一週間ぶりのことだった。既にナルとリンさんは引きこもって仕事をしているし、ぼーさんたちも遊びにくる前には俺にメールを入れるようにしてくれてるので十中八九お客さんだ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませご依頼───へ?」
椅子から立ち上がり笑顔を浮かべた所で、俺は固まった。
入って来たお姉さん───森さんだろう、きっと───の後ろにナルがいる。あれ?さっき、ナル所長室に居たよね。
ぎこちなく首を傾げていると、ナルがふわっと笑った。
「所長にお目にかかりたいんですけど」
固まってる俺をよそに二人はにっこり笑って俺の傍に歩み寄って来た。
そのとき所長室のドアが開いてナルが出て来る。あ、本物。
え、じゃあやっぱり、お姉さんの隣に居るナルは、ジーン?俺はとりあえずそっくりすぎる二人を見比べた。挙動不審になるのも仕方ないと思う、だってジーンは死んだと思っていたのだ。生きてたの!?って言いそうで口をぱふっと抑えるのが精一杯だ。
さすがにこれいったらヤバイって。
「、お茶」
「はひ」
驚いた、本当に驚いた。
お茶を入れる為に、人数分のお湯を沸かしてヤカンがしゅんしゅん言ってる音を聞きながら鼓動を落ち着ける。胸に手を当てたらばっくんばっくん揺れていて、笑いそうになるし泣きそうになる。ああっ~こんなに動揺してるのって久しぶりかも!いや、調査中は吃驚まみれか。
……いや、それとこれとはちょっと違うんだ。───うれしい……。
ティーポットで茶葉を蒸しながら、少し思う。そういえばナル、旅行するそぶりは見せなかったな。大抵事務所にいたし、留守にしてたとしても時々、しかも一日くらいだ。
俺には見せなかっただけかと思ってた。
俺が麻衣ちゃんでないのと同じで、ナルは小説のナルとは少し違う所が見えた。そりゃ、麻衣ちゃん視点で見る小説と俺が目の当たりにする現実は違うだろうと思っていたが。
でもジーンの死は、決定事項だと思ってた。でなければ、日本に来る意味がないし、あの洋服は喪服だと思ってた。
好きこのんで着ている感じもするから納得しちゃうけど。
紅茶を入れてる間にリンさんも顔をだしていたのか、あっちで話声が聞こえる。
「どーうぞー」
俺は四人分の紅茶をテーブルに置いていくと、森さんとジーンがティーカップを置く時ににっこり笑ってくれるのでにっこり返す。エ、エヘ……照れるな。
「出てた方が良い?」
リンさんとナルの前にも置いてから傍にいたナルに小さめの声で問う。
「いや、いい、ここにいて」
「え」
せ、せめて、席について仕事してろとかじゃないの?ソファに座った方がいいの?え?
おどおどと腰が引けてる俺を森さんとジーンがにこにこ見ていて、リンさんが可哀相な物を見る目で俺をナルの隣に促したので座った。
森さんとジーンは名乗ってくれたけど、ジーンはやっぱり偽名だった。ナルの一也も似合わないっていわれてるけどジーンもなんか似合わないなって思えて来たので心の中ではジーンと呼ぶ。どうせナルはナルって呼んでるからジーンのことを口に出す時は渋谷さんだけど。
「、この依頼内容は他言無用だ」
「え?あ、ハイ」
一応依頼内容は基本的に人に言わないぞって思ったけど、あとから「ぼーさんたちにも」って付け加えたのでこくこく頷く。
ジーンはティーカップを持って啜りながら、上目使いで俺たちのやり取りを見ていた。
ナルが説明したのは、やっぱりあのドラキュラお化けの居る洋館の依頼であり、オリヴァー・デイヴィスの偽物を調べて来るのが本題。普通だったらなんでデイヴィス博士?ってなる所だけど森さんが持って来た依頼だって言われればそこまでだし、もうなんか、聞くの面倒!そういう素性調査って勝手にぼーさんがやってれば良いと思うの、俺は。
「へえ……えーそれで?調べるってどうやって?」
「調査をしながら様子を見る。具体的に何をするかはまだ決めていないが」
「その本来の調査目的は内緒にすれば良いわけだ?」
まあおおかた、俺に事情をしらせておいた方が動きやすいってこったろう。麻衣ちゃんと俺では性別とかの違いからか、ナルたちとの距離が近いであろうことは理解している。
こくんと頷いたナルに、「りょうかいでーす」と言いながら、話は終わったと思って立ち上がると、「」と呼び止められる。俺は中腰で固まったまま首を傾げた。
「おすわり」
「いぬ───?」
突っ込みつつもストンと元の位置に腰を下ろすと、森さんジーンが口を抑えて顔をそらした。きっとジーンも犬って思ったんだろう。
話は終わってなかったらしく、俺はじっとり睨まれたのでちょっと身を屈めてナルを伺う。なんと、本来なら安原さんに頼む影武者を俺に頼んで来た。た、たしかに事情を知ってて、男で、霊能者じゃないけども!このためか、このためだったのか!!
俺は散歩から帰りたくない犬のごとく嫌がったんだけど、お給料アップのご褒美を前に、ころんっとお腹をみせた……。
なんかデジャヴュ。……思えば旧校舎のときもバイト代出すって言ったから手伝ったんだった。
何故かそのあと俺は、事務所から連れ出されて駅ビルで洋服を調達している。所長のフリってことでそれなりの服で着飾って取り繕うって魂胆なんだろうけど、すんませんねえ俺、大人っぺえ服なんて持ってなくて~。
そんな買い物に当然、ナルとリンさんがついて来るわけもなく、大人目線とお財布担当ってことで森さんと、面白そうだからってジーンがついて来た。
そこそこ値の張る店で服を購入し、三人でカフェに入るころには俺はすっかり疲れていた。
森さんとジーンはやけに明るく積極的で、俺にあれこれいろんなことを聞いてくるんだ。
なんだこれ、ナルとリンさんが恋しいぞ……?
「連れ回しちゃってごめんなさいね、谷山くん」
「あ、いえ、選んでくれてありがとうございます。助かりました」
実際連れ回されたって程じゃないんだけど、俺が遠くを見ていたのに気づいた森さんが苦笑した。
「いいのよ。わたしたち、ナルとリンが一緒に働いてる子って凄く興味あったのよね」
「うんうん」
森さんとジーンは顔を見合わせて笑った。俺はそっと視線を落として乾いた笑いを漏らしながらコーヒーに口を付けた。
「渋谷さんは、普段違う仕事してるんですか?」
ふと思いついたので、聞いてみた。
湯浅高校のときとかは特にジーンの手が欲しかっただろうし、旧校舎だってジーンが居ればもっとナルも早く判断ができたんじゃないかと思う。とにかく、ジーンは立派な信頼できる霊媒であって、そういう人がいたらもっと調査が楽だろうと、俺は勝手に思ってる。
ナルが実際どれほどジーンに頼ってるのかは知らないけど。
それに、ナルはPKを使う時にジーンが必要みたいだし、───ほんと、なんで連れて来なかったんだろう。
「ああ、ナルったら僕に来るなって言ったんだよ、酷いよね」
「来るな?」
「そう。僕も皆と調査したかったなあ」
多分リンさんかナルから、一緒に調査するメンバーの話とか、一応俺の話とかもされてたんだと思う。
羨ましそうに笑ったジーンがなんだか仲間はずれで可哀相に見えた。
「今度のは来るんですよね?」
「うん、でも、まどかと近くで情報収集の手伝いをするよ」
「まあ、事前調査もしてあるけどね」
調査は片手間とはいえ、危険なところに泊まるのだからそれなりに準備をしてから行きたいようで、ナルに指示をされてジーンと森さんはすでに調査を始めていたらしい。
「よかった、それは心強いですけど……」
「、絶対に一人になっては行けないよ。かならず、リンとナルと一緒に行動するんだ」
「は、はい」
すでに不穏を感じてたらしいジーンが忠告するときの顔は、ナルにとてもよく似ていた。
next.
ジーン生きてた!?ってなる主人公。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正